家は昔質屋だった、と言ってもじいちゃんが17歳の頃までだから
私は話でしか知らないのだけど結構面白い話を聞けた。

田舎なのもあるけどじいちゃんが小学生の頃は幽霊は勿論、
神様とか妖怪やら祟りなど非科学的な物が当たり前に信じられていた時代で、
そう言った物を質屋に持ち込む人は少なくは無かったそうだ。
どういった基準で値段をつけていたのかは分らないが、じいちゃん曰く「おやじには霊感があったからそう言う神がかった物は見分ける事ができたんだ」と言っていた。

店からおやじと客の話声が聞こえて来た。
チラッと覗くと一組の夫婦が見えた。
友禅の着物、パリッとしたスーツにキッチリ整った鬚。
こいつは金持ちだ!と感じた喜一はチョコでも貰えるのでは!?とすかさず茶を用意し、おやじの後ろからそろりと「粗茶ですが」と茶を差し出した。
普段、用もないのに店をうろつくなと言われているためこうでもしないと自分の存在をアピール出来なかったのだ。喜一の腹の中が読めているおやじは眉を寄せ て邪険にしたが、跡継ぎの勉強だと言えば客受けも良かったため、おやじはそれ以上何も言えず居座ることに成功した。

客が売りに来た商品は立派な日本人形だった。
着せ変え人形にされていたのか立派な着物が何着もあり、素人目でも高価な事がわかった。しかしおやじは「好かんな」と一言。
喜一はピクリと反応した。おやじの(好かん)と言う言葉は(良く無い)と言う意味などが含まれ、駄目だしや説教のさいに使われたからだ。
おやじは人形から何か感じ取ったのか、
執拗に人形の出所などを聞いていると観念した客は重い口を開いた。

ある日蔵を整理しているとが人形が出て来た。
いつの物か分らない人形を蔵のゴミと共に捨てたそうだ。
次の日の朝起きると仏間に人形が置かれ、何とその人形は涙を流していた。
驚いた夫婦は寺に持って行こうとしたが人形がまたぽろぽろと泣き出し嫌がる。
燃やす事も捨てる事も出来ないが恐くて家にも置いておけず、
途方に暮れここへ来たのだった。
おやじは少し考えたが結局その泣き人形をタダ同然で買い取った。

喜一には商売事はやはり興味はなく、
何の収穫も無かった上におやじに店じまいを手伝わされむくれていると、
「明日お払いに住職んとこ行って来るから店番頼むぞ」とおやじに言われ、
喜一はさらにげんなりした。
「そんなに良くない物なんか買うなよ」と反論すると「そんなに悪くも強くも無いんだがな…よく解らんもんを売るのは性じゃねぇ、念には念って事だな」おやじはそう言うと部屋へと戻り、喜一は明日のイワナ釣りを断念し、人形を恨めしく思いながらその日は眠りについた。

その日の夜喜一は夢を見た。
あの人形が自分に泣いて縋るのだ。
何を言っているのかは分らないが泣きながら何か頼んでいる感じだった。
朝、喜一は夢の事をおやじに話すとおやじも同じ夢を見たそうだ。
おやじは夢で人形と会話したらしい。
「普通はこけしを使うからな金持ちはやる事が違うな、気付かなかった…」
そう言うとおやじは店に入り人形の着物を剥ぎだした。
「見ろ、背中に文字が書かれてるだろう?」
喜一は消えかけている文字を目をこらして読んだ。
長々と前置きの後、亡き子を偲んで…トヨ。と書かれていた。

喜一の住む辺りでは水子の霊を供養するときこけしが使われた。
生まれて来る筈だった子の名前を書いたこけしを1年仏壇に置き(その間子を作ってはいけない)その後お払いをして燃やすのだ。
そのこけしを御悔やみこけし、供養こけし、亡きこけしなどと呼ばれていた。
そう、あの人形は泣き人形ではなく、亡き人形だったのだ。

おやじの話では人形には母親の念が憑いていた。
子供を流産した上にもう産めない体になってしまった女は亡き人形を燃やさず、
ずっとわが子の様に可愛がっていたのだ。
その残留思念が人形に残り、燃やされる事を嫌がったのだった。
「寺にもって行かれると燃やされると思ったんだろう…昨日の晩、燃やしたり捨てたりしない事を約束に寺でお払いを受けると言ったから、もうこの人形が泣く事は無いだろう」おやじはそう言うと人形を持って寺へと出かけて行った。

その後人形はすぐに買い手がついた。
おやじは趣味の悪い金持ちに人形を燃やしたり捨てたりしない事を約束させて高値で売り、亡き人形は喜一の前から姿を消したのでした。





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