320 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 17:58:36 ID:3YqwWs8A0
「このことは話すな」
そう言われていたけれど、もう時効だと思うので、書きます。

僕は幼いころに両親が交通事故で死んでしまったので、叔父のところに養子に出されました。
しかし、叔父は僕の存在をあまり快く思ってないみたいで、
僕を塾に行かせることによって、出来るだけ家に僕を置くのを避けていました。

きっかけは中2の夏。
進学塾の授業が終わり、外に出ると辺りは真っ暗。僕は電灯の明かりを頼りに、歩きながら家路に向かっていた。
すると自分の数十メートル先を歩いていた女性に、いきなり車が突っ込んできました。
一瞬の出来事なのに、その瞬間スローモーションのようになったのを覚えている。
すさまじい音とともに、空中に舞うフロントガラスの破片。
ぶつかった衝撃で、脚がありえない方向に曲がりながら、吹き飛ばされるOL。
そして反対側の民家の垣根へと、吸い込まれるように消えていった…。

呆然と事の成り行きを見届けた後、こりゃ一大事と思い、事故現場に駆けつけてみる。
ぶつかった車は(当時はどこのメーカーか分からなかったけど)マセラティのセダンで、
フロント部分が完全に潰れていた。かなりのスピードを出していたのが分かる。
粉々に割れたフロントガラスの奥には、ドライバーの顔が見えた。おっさんだった。
芸能人で例えるなら阿部寛に似ている。
そのおっさんが車から出てきた。サングラスに黒スーツ。
まるで映画に出てくるスパイみたいな格好だ。変な緊張が走った。
おっさんは僕を見て一言。
「見るな」
とんでもないものを見てしまったと後悔した。まさかこんな事件に巻き込まれるとは…。
あぁ、今日で僕の人生が終わる。天国のお父さんお母さん、今からそっちに向かうよ。
自分の中で何かが崩れ始めるのが分かった。
逃げたいけど、足がすくんでしまって言うことを聞いてくれない。
そんな僕を見て、おっさんは口元を緩め、ニコっと笑う仕草を見せる。
「別に君を殺しに来たわけじゃない。むしろ助けに来たんだ」
へ?その言葉を聞いて頭の中が混乱した。僕を助けに?意味が分からない。


321 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 17:59:19 ID:3YqwWs8A0
この人、何言ってんだ?
でも、自分に殺意がないことが分かった僕は、なぜか妙な安心感に満たされた。
と言うかなんだろう…どこかなつかしい気持ちがする。

「まだ生きてやがったか。あのスピードならいけると思ったんだけどな」
穴の開いた垣根からは、さっきの女性が倒れているのが見えた。
死んでる?まったく動く気配がない。助けに行こうとすると、おっさんに行く手を阻まれた。
「行ったら殺されるぞ」
思わず足が止まる。殺される?いよいよ分からなくなってきた。
あっけに取られている僕を、サングラスごしにおっさんは見ている。
「君、変だと思わないのか?あんなに馬鹿でかい音で事故ったのに、私たち以外に誰もいないだろ?」
言われてみれば、たしかに変だ。
事故った場所は、民家が立ち並ぶ閑静な住宅街。
あんなすさまじい音ならば、家の中にいようが絶対に聞こえるはずである。
近所の住人なら、何が起きたんだ?と窓から覗いたり、現場にやって来たりと、
何らかのアクションを起こすはずだろう。
家々には明かりこそ付いているが、まるで人の気配を感じなかった。
いや、そもそも女性に会ってからは、通行人はおろか走っている車すら見ていない。
なるほど、さっきから感じていた妙な違和感はこれだったのか…。
完全なる静寂。
風の吹き抜ける音。その風で揺れる木のざわめき。
遠くで聞こえる車の走る音といった、些細な音すらしなかった。
耳鳴りで鼓膜が痛くなるほどの無音状態。ひたすら不気味だった。
もぞもぞと女性が動いている音が響いた。生きてた。
それを見て、おっさんが焦り始めた。動揺の色を隠せない様子だ。
マセラティに乗り込む。
「とにかく後ろに乗れ。詳しい事情は後で話す」
僕は乗らなかった。誘拐だと思ったからだ。
唯一の目撃者を始末するために、どこかに連れて行く気だ。そう推理した。


322 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 18:01:50 ID:3YqwWs8A0
「俺を信じろ」
そう言われるが無理だった。やはりここは救急車と警察を呼ぶべきだ。

(当時、まだケータイは普及していなかったので)急いで公衆電話を探す。
すぐに見つかった。
よりによって、女性が倒れている家のすぐそばに電話ボックスがあった。
でも、こんな場所に電話ボックスなんてあったけ?いや、そんなことは関係ない。
今は一刻を争う事態だ。ぐずぐずしていると死んでしまう。電話ボックスに向かって走り出した。
「馬鹿!戻れ!そっちに行くな!」
おっさんの叫ぶ声が聞こえる。知ったことか!電話ボックスに飛び込み、急いで119に電話。
電話ボックス側は垣根がないので、倒れている女性が見える。
上半身は塀に隠れているものの、脚だけは見えた。小刻みに痙攣している。
僕はそれを見ないよう背中を向けて、呼び出し音を聞いていた。おっさんは黙って運転席から僕を見ていた。
受話器を取る音が聞こえた。
「ふふふふふふふふ…」
思わず受話器を落としそうになった。そりゃそうだ。いきなり受話器から女性の笑い声が聞こえたからだ。
背中に視線を感じる。後ろを振り返るとゾッとした。
女性が、まさに電話ボックスのガラス一枚挟んで立っていたからだ。
僕はここで初めて女性の顔を見た。
バサバサに散らばった黒い髪と、眼球の無い空洞の目。
それだけしか分からなかった。他の部分は、吐きかけた息でガラスが曇って見えなかったからだ。
蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。背筋が凍ってしまい、何とも嫌な汗が全身に滲み出るのが分かった。
腰こそ抜かさなかったが、筋肉が弛緩したせいで思わず失禁。
脚をつたう温かい尿のおかげで感覚が戻ると、脊髄反射のごとくおっさんのいるところまで全力疾走。
参考書がパンパンに詰まったリュックを背負っていたのだが、そんなのもろともせず、我ながら驚くスピードだった。
どうやらマセラティのエンジンがかからないらしく、
おっさんはいきなり僕の腕をつかむと、そのまま引っ張るようなかたちで走り出した。
「走れ!絶対に後ろを見るな!」
こうなったらもうおっさんに従うしかない。
背後で引きずったような音が、どんどん近づいているのが聞こえる。


323 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 18:03:18 ID:3YqwWs8A0
ずるずるずるずるずるずるずるずる…
「這ってこの速さかよ。脚をだめにしなかったら車でもダメだったな…」
悲鳴にならない叫び声をあげながら、もう無我夢中で走る。
が、リュックを背負って走っているので思うように走れない。
「おい!リュックなんか捨てろ!つかまるぞ!」
そう言われるが、捨てるのをためらう。人間こんなときでも欲だけはちゃんと働くんだなって思った。
そんな僕を見かねたのか、おっさんは呪文のような言葉を唱え始めた。
もう今にも追いつかんばかりに、ずるずると這う音が迫ってくる。
そして、首筋に生暖かい吐息がかかるのが分かった。
耳元で息遣いも聞こえる。もうだめだと思ったそのとき…
バン!後ろで爆竹のような爆発音がした。
その音に紛れてうめき声が聞こえる。何かがのた打ち回るような音もする。もう這う音はしない。
しかし、おっさんはそんなことお構いなしに走り続けた。

どれくらい走っただろうか?
学校の体育で持久走をやっているためか、はたまた火事場の馬鹿力のおかげか分からないが、
よくもまあずっと走れたと思う。
どこをどう走ったのか分からない。
気付いたら、自分の家から300メートルくらい離れた場所にある神社にいた。
失禁してビショビショだった下半身も、いつの間にかすっかり乾いている。
道路を行き交う車が見えた途端、助かったという安心感と疲労感のせいで力が抜けてしまい、
リュックの重さも手伝って、路肩にへなへな~としゃがみこんでしまった。
喉がカラカラに渇き切って唾が出なかった。手水舎があったので水を飲む。
おっさんがやってきた。とにかくお礼をしなきゃ。
しかし、興奮状態で呼吸が乱れてて、うまく呂律が回らない。
「あ…あの…助けてくれ…テ…ありがトう…ございましタ…」
おっさんはネクタイを結びなおしつつ、「なに、礼には及ばないよ。」と一言。
深呼吸を繰り返し呼吸を落ち着けている僕を、おっさんは横目で見ながら、
「どうしたもんかな…」と呟いていた。


324 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 18:06:30 ID:3YqwWs8A0
「あれはいったい何なんですか?」
境内のそばにある電灯の明かりで、おっさんのサングラスが怪しく光る。
「誰にも言わないと…約束できるか?」
「え?どういうことです?」
「約束できるのか?できないのか?どっちかと聞いているんだ」
「どうせ今日あったことなんか言っても誰も信じてくれません。だから僕…誰にも言いません。
 約束します。教えてください」
サングラスで分からなかったが、真剣な目で僕を見ているのが分かった。
タバコに火をつけ一服すると、おっさんは話してくれた。
すっごい複雑な話なので、各々の名称を読みやすいようにアレンジし、簡略化したものを書いておきます。

昔、ある豪族に代々仕える一族がいたそうだ。
一族は2つのグループに分かれており、
結界などによって病気や災いから味方を守る祈祷師グループと、呪詛などによって敵を滅ぼす呪術師のグループで、
互いに対立し合う関係だった。
その一族の助けもあって、豪族も栄えることが出来たので、
一族の有力な人物には、褒賞として位を授けたり、領土を与えたりしたそうです。
そのため、呪詛によって勢力拡大に貢献することが出来る呪術師グループは、どんどん成長していきました。

そんなある日、その豪族の長が病に倒れてしまいました。
当時、病は悪霊による仕業と考えられていたので、豪族は祈祷師に助けを乞いました。
祈祷師グループにとっては手柄を立てる、またとない大チャンスです。
莫大な恩賞を交換条件に引き受けました。
しかし、何か見えない力に邪魔されているのか、なかなか思うように事が進まなかったそうです。
そこで、祈祷師グループのリーダーだった青年が長を看病し、
残り全員がその周りを囲んで、結界を張るかたちをとりました。
祈祷師たちはその間、その場から一歩も動かず、何日も飲まず食わずのままで耐えていたそうです。





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