461 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/28(日) 00:38:44 ID:uSB9VWyu0
おっさんと出会ってから半年以上が経っていた。
相変わらずおっさんの正体は分からない。
どこの誰なのか?仕事はしているのか?妻や子供はいるのか?そもそも人間なのか?聞きたいことが山ほどあった。
おっさんは「僕のことは知らないほうがいい」と言っていたが、少しくらいなら教えてくれてもいいのに…。
そう思ってた。

話が飛んでしまって申し訳ないが、僕は母方の叔父のところにお世話になっている。
僕の両親が交通事故で死んでしまったからだ。
葬儀の後に親戚みんなで集まり、誰が僕の面倒を見るか?それを決めるために話し合った。
そのとき、なぜか父方の親戚は集まりが悪かったらしい。
聞けば、不慮の事故や病気で、次々と死んでしまっているそうな…。
一応集まるには集まるんだが、寝たきりの祖母を抱える祖父だったり、精神病の子供がいる伯父だったりと、
とても養子を育てる余裕なんかない人たちだった。
そんなわけで、母方の叔父が僕をもらい受けることとなったのだ。

今でこそ僕に冷たい叔父だが、最初のころは本当に優しかった。まるで別人かと思うくらい。
休日には必ずどこかに連れてってくれたし、欲しかったおもちゃだって、すぐ買ってくれた。
じゃあいつから叔父と僕は、こんなに冷め切った関係になってしまったのか?
原因は僕にある。僕が叔父に全然なつかなかったから…。
叔父は他人の子供にもかかわらず、まるで実の子供のように僕をかわいがってくれた。
しかし、わけも分からないまま叔父の家にいきなり連れて来られ、大好きだった両親にも会えない僕は、
いつも泣き叫んでばかり。
真夜中に突然泣き始めて、寝ていた叔父を起こすこともしばしばあった。
「ねぇ、お母さんは?お父さんはどこ?会わせてよ、おじちゃん!どこにいるの?ねぇ…」
腫れた目をこすりながら、嗚咽交じりで叔父にすがりつく僕。
「お母さんとお父さんはね、どこか遠いところに行っちゃったんだよ」
「嘘だ!おじちゃんの嘘つき!お母さんとお父さんを返せ!」
そして大声を上げてまた泣き出す。頭をおさえて黙り込んでしまう叔父。
そうやって日数を重ねるうちに、僕は叔父にまったく心を開かなくなっていた。
また、叔父を悪者だと思い込み、ついには叔父が両親を殺した人殺しと勝手に決め付けさえした。


462 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/28(日) 00:40:13 ID:uSB9VWyu0
そして事件が起きる。
独身だった叔父には交際相手がいた。
自分はあの子に嫌われている。あの子は愛情に飢えている。このままだとあの子はダメになってしまうだろう。
あの子には愛情が必要だ。母親がいればきっと変われるはず。
そう叔父は考えていた。そして結婚を決意する。
「(僕の名前を呼んで)この人が新しい母親だよ」
叔父は、交際相手を僕に紹介した。だが荒みきっていた僕には、その人を母親と思うことが出来なかった。
うらめしそうに睨み付ける。
「死ね」
その瞬間、叔父のビンタが飛んできた。泣き出す僕。
「なんてこと言うんだ!」と僕をしかりつける叔父に、僕はひたすら「人殺し!」と叫び続けた。
それからだ。叔父が僕に冷たくなったのは…。
今でも叔父は独身である。あの事件がきっかけで、交際相手とは別れてしまったらしい。

叔父は仕事がいそがしいのか、めったに家に帰ってこなかった。
僕には、叔父の家が広すぎた。
友達の家でご馳走になった時、家族団欒の光景を見て、泣いてしまったことがある。
リビングにはロボットの形をした小物入れがあって、お金が入れてある。
そのお金で、スーパーでお惣菜を買ったり、外食したりしていた。
僕にはそれが当たり前の日常だった。ずっとそうやってきた。

一人で朝食を済ませ、学校に行くための仕度をする。
玄関の戸を閉めると「よぉ」と呼ばれたので、振り返るとおっさんがいた。一ヶ月ぶりである。
何にもないときに現れるのは初めてだった。
「元気ないな。どうしたんだ?」
おっさんは心配そうだ。
僕は最初こそ黙っていたが、あまりにもおっさんがしつこく聞くので、
今まで叔父と自分にあったことを思わず話してしまった。
話している間、おっさんはずっと黙ったまま僕の話を聞いてくれてた。
全部話し切ると、胸のつっかえが取れたような感じがした。
おっさんはずっと下を向いて考え込んでいる。


463 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/28(日) 00:44:01 ID:uSB9VWyu0
「おじさんってさ。家族いるの?」
僕は聞いてみた。するとおっさんは顔を上げ、ニコッと笑うと「いるよ」って答えてくれた。
絶対に独身だと思っていたから、すごい意外だった。

僕が学校に向かうと、おっさんも付いてきた。
サングラスに黒スーツという、誰もが目を止めてしまう格好だったので、
さすがに一緒に歩くのは勘弁して欲しかった。
周りにどんな目で見られるか分かったもんじゃない。
しかし、すれ違う人は、まったくおっさんに気付かない様子だった。不思議だ。
たまに散歩中の犬が威嚇するくらいで、みんな気にも留めてない感じだった。
他の人には見えてないのだろうか?
「おじさんって幽霊なの?」
思わず聞いてみる。
「幽霊か人間かって言われれば人間だよ」
「どういうこと?」
「人間が生むのは人間だけじゃないってことさ。」
言ってる意味が分からないので首をかしげる僕。それを見ておっさんは笑う。
「つまり式神だよ」
おい。またそのパターンかよ。
おっさんは腕時計を見ると、「まずい。そろそろ行かなきゃ」と言い残し、いきなり走り出した。
呼び止める暇もなく、ひょいっと路地の角に消えてしまう。
僕はあわてて後を追い、角を曲がったが、そこにはもうおっさんはいなかった。
隠れてそうな場所を探すが、見つからず。

僕はゆっくり息を吐きながら、今の出来事を何気なく思い返してみる。
頭をポリポリとかきながらふけっていると、あることに気付いてしまった。
いや、正確に言うと、気付いているのに気付かないふりをしていた。
たった三回しか会っていないのに…。明らかに不審者なのに…。
なのになぜ僕は、『おっさんがお父さんだったらいいのに』なんて思ってるんだ?いったいなぜ?
僕の気をひこうと必死だった叔父の苦労もむなしく、僕は決して叔父を『お父さん』と呼ぶことはなかった。
それなのに…。どうして?
あまりにも理不尽すぎる。
悶々とした気持ちのまま、僕は学校に向かった。


468 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/28(日) 03:28:10 ID:uSB9VWyu0
週末のこと。
朝から夕方まで部活で、そのあと進学塾というスケジュールを何とかこなした僕は、
くったくたに疲れて、家に帰る途中だった。
もう季節はすっかり冬になっていて、吐く息も白い。乾燥した冷たい風に吹いている。
そのせいだろうか、喉が痛い。
そんな寒い夜の道を、月明かりが照らしていた。
「おい」
いきなり背後から声が聞こえたので内心ヒヤッとしたが、聞きなれた声だったので安心した。
おっさんが立っていた。
どうやら家まで送ってくれるそうだ。
一緒に歩きながら話していると喉から痰が出てきたので、道端にペッと吐いた。
「唾を吐くな」
ハッとしながらも、自分のやった行為を反省し、素直にすいませんとあやまる僕。
「天に唾を吐くようなもんだぞ。血ほどすごくはないが、唾だってかなりの力を秘めている。
 下手にそこらじゅうに吐いてると、自分の顔に戻ってくるぞ」
そう言うとおっさんは、吸っていたタバコを指でピンとはねた。
「ねぇ、おじさん?」
「ん?」
「じゃあ…逆に聞くけど、タバコなら道に捨ててもいいの?」
「あ、いけね」と言いながら、おっさんは捨てたばっかりのタバコを拾った。

おっさんは、それからもごく稀ではあるが、僕に会いに来てくれた。
正体は相変わらず謎のままだったが、それでも分かることは多々あった。
まず、おっさんには決まって数分に一回のペースで、時間を見る癖がある。
そして時間になると、いつもそそくさと走り去ってしまうのだ。

おっさんは僕の生い立ちをはじめ、あらゆることを不気味なくらい知り尽くしていた。というより、知り過ぎていた。

たいていのことなら何でも答えてくれる。例えば、明後日の競馬のレースはこの馬が一着になるとか。
後日、見事に的中して、なんで中学生が馬券買えないんだと心底悔やんでたのを覚えている。

もっとも今は今で、もっといろんなことを聞いておけばよかったと後悔しているけれど。
ほとんど脅迫に近い感じで口止めされていたので、
あの当時はこのことを、こんな形で人に話すとは夢にも思ってみなかった。
だから、どうせ聞いても人に言えないんじゃ知る意味がないって思って、あまり質問しなかった。
質問するにしても、おっさんのことばかり。それが心残りだ。






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