133 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:28:21 ID:OzhAcJcS0

「そこから絶対に離れないでね」
そう言うと、ハルさんは静かに目を閉じた。
後ろにいて見えないが、おっさんも同じように目をつぶったのだろう。
これから何が起こるのか全くわけが分からないまま、事の成り行きを見ている僕。 
ハルさんは精神統一しているのか、目をつぶったままだ。 

しばらくそのままの状態が続くと、ふいに僕の視界が揺らぎ始めた。 
電子機器が唸るようなノイズが、耳元で聞こえる。 
同時に、自分の意識が身体から離れるような、不思議な感覚を味わった。 
自分の存在がそこから消えるような、そんな感覚。目に映るものが、どんどん真っ白になっていく。 

僕は起きた。目に映るのは、僕の部屋の天井と、シーリングライト。 
夢だったのか?起き上がろうとするが、身体が思うように動かせない。 
そういえば、風邪で動けないんだった。ワンテンポ遅れて把握する。 
僕はもう元の世界に戻っていた。 
あの世界とは違い、僕の部屋にある目覚まし時計が、
一秒ごとにカチカチと規則正しく音を立てながら、針を動かしていた。 
あまりのあっけなさに、自然と笑いがこみあげる。 
今回、呪いがした事といえば、不気味なチャイムと校内アナウンスくらいだ。 
目を勉強机の方にやると、椅子の背中にもたれかかって、おっさんがだらしなく座っている。
僕が起きたことに気付き、おっさんはニコっと微笑んだ。 
ハルさんが見当たらない。 
「ハルさんは?」 
「あぁ、あいつか。風邪をひいてる君に、何か作ってあげようってことで、買い物に行ったよ」
途切れ途切れの息でおっさんが答えた。疲労困憊しているのが伺える。 
「とにかく化け物だよ、あいつは…。俺なんかこんななのに、すました顔して出て行きやがった」
おっさんは、悔しそうだ。 
「おじさんとハルさんってどういう関係なの?」
僕は聞いた。 
「俺の仕事仲間。一番腕が立つ」
「おじさんの妻?」
笑いながらおっさんは否定した。 
「あんなのが女房なんて死んでもごめんだね。ああ見えて俺より歳食ってんだぜ」
え?僕は思考がストップしてしまった。 


134 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:28:51 ID:OzhAcJcS0
「ま、正確な歳は俺も知らないけどな。でも60は裕に超えてるよ」
ハルさんに少し惚れていた僕にとっては、とんでもない衝撃だった。 
思考は停止していたが、聞いてはいけないものを聞いてしまったというのだけは分かる。 
ニヤニヤしながらおっさんは身体を起こすと、僕の布団をかけなおしてくれた。 
「君を見ているとね。我が子を思い出すよ」 
そう言いながら、どこか懐かしそうな目で僕を見ている。僕と同じくらいの歳の息子が一人いるらしい。 
「ちゃんと家族に会ってる?」
心配になって聞いてみた。 
おっさんは首を横に振る。 
「もうね、会えない」 
離婚して会わせてくれないのか?もしくは、仕事のために家族を捨てたから、家族に会わす顔がないとか? 
この人のことだから、家族をないがしろにしていても、別におかしくないかも。 
頭の中で僕は、会えない原因を推理していた。
「君も知ってるだろ?俺が呪われているのを」
「え?」
「気付いた時にはね、もう手遅れだった。それでもあきらめずに頑張ったよ。 
 それこそ、当時は若かったし、今より力もあった。でも…助けられなかった」
僕の推理は見事に外れた。
おっさんの家族は殺されたのだ。それも自分の呪いに…。 
「俺が殺したも同然さ」
そう言うとおっさんは、下唇を噛んだまま黙り込んでしまった。自分を責めているようだ。 
涙こそ見せなかったが、僕はそこにおっさんの家族を想う深い愛を、確かに感じることが出来た。 

「たっだいま~」 
重苦しい空気の中、何も知らないハルさんが帰ってきた。そして僕の部屋に戻ってくる。 
それを合図にするように、おっさんは腕時計に目をやる。 
「悪いな。俺はもう行かなきゃ。ハル、後はまかせたぞ」
「分かった」とハルさん。
そしておっさんは、また呪文のようなものをつぶやくと、瞬時に消えてしまった。
部屋には俺とハルさんの二人だけとなった。 


135 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:30:27 ID:OzhAcJcS0
「君、お腹空いてる?」 
もちろんお腹はペコペコだったけど、ハルさんと二人だけで食事をするのは気まずかったので、
「ううん」と答える僕。 
「あら、そう。じゃあ、料理だけ作っておくわ。ちょっとキッチン借りるね」
そう言うと、ハルさんはキッチンの方へ行ってしまった。 
進学塾の定期試験が近いので、その間に勉強しようと思ったけど、
意識が朦朧としているので、内容が頭に入りそうにもないのでやめた。 

何もせず、天井をじっと眺めながら待つこと数十分。ハルさんが、戻ってくる。 
「テーブルの上に作ったのが置いてあるわ。ちゃんと食べなね」
声も無しに、ただ頷く僕。
「じゃあ、私もそろそろ行くね」
そう言うとハルさんは、おっさんと同じようにその場からふっと消えてしまった。 
部屋には僕一人だけとなった。
だるい身体を引きずりながら、僕はリビングに向かう。 
テーブルの上に書置きが置いてあった。『早くよくなってね。ハル』と書いてある。 
その横にラップがされたお椀。まだ温かいので、蒸気で白く曇っている。中身が見えない。僕はラップを取った。 
卵粥だった。 
それを口にする。 
うまい。おふくろの味ってやつ?とにかくうまかった。 
せっかく僕のために作ってくれたのに…。 
ハルさんは、僕がどんな顔して食べるのか見たかったのでは? 
そう考えると、すごくハルさんに申し訳ない気がした。 

次の日、嘘のように風邪が治っていた。 
薬の効き目なのか?それとも卵粥のおかげなのか?それは分からない。 
身体が軽い。鬱だった気分も晴れ晴れとしていた。 
実に気持ちいい朝である。 
支度を整えると、軽快な足取りで僕は学校へと向かったのだった。

 
☜1日1クリックの応援お願いします