380 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/03/27(火) 18:24
大正時代の始め頃。
東京の京橋に『画博堂』という書画屋があって、
そこの3階には同好の志が集まって、持ち寄った怪談話をかわるがわる話し合う、ということがよく行われていた。

ある日、その画博堂に見なれない男がやってきて、自分にも話をさせてくれと言う。
どんな話かと聞くと、田中河内介の話だという。田中河内介は、明治維新時の知られざる尊皇志士の一人である。
その男は、
「田中河内介が寺田屋事件のあと、どうなってしまったかということは話せば、
 よくないことがその身にふりかかって来ると言われていて、誰もその話をしない。
 知っている人は、その名前さえ口外しない程だ。
 そんなわけで、本当のことを知っている人がだんだん少なくなってしまって、
 自分がとうとうそれを知っている最後の人になってしまったから、話しておきたいのだ」
と言う。

始めは「よした方がいい」などと、懸念して止める者もいたが、
大半の人々が面白がってうながすので、その男が話を始めた。
前置きを言って、いよいよ本題にはいるかと思うと、話はいつの間にかまた元へ戻ってしまった。
「河内介の末路を知っている者は、自分一人になってしまったし、
 それにこの文明開化の世の中に、話せば悪いことがある、などということがあるはずもない。
 だから今日は思い切って話すから、是非聞いてもらいたい」
というところまで来ると、またいつのまにか始めに返ってしまって、
「田中河内介の末路を知っている者は」と話し出す。

なかなか本題にはいらない。
その間に、一座の人が一人立ち、二人立ちしはじめた。
別に飽きたから抜けていくというわけではなくて、用で立ったり、呼ばれたりして立ったのだそうだが、
私の父も、自宅から電話がかかってきて下に呼ばれた。

下に降りたついでに帳場で煙草をつけていると、又あとから一人降りてきて、
「まだ『文明開花』をやってますぜ、どうかしてるんじゃないか」と笑っていると、慌ただしく人が降りてきた。
偶然誰もまわりにいなくなったその部屋で、前の小机にうつぶせになったまま、彼が死んでしまったというのだ。
とうとう河内介の最期をその人は話さずじまいであった、というのである。



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