130 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:25:31 ID:OzhAcJcS0
もう冬が終わろうとしていた。
みんな暖かい春を心待ちにしている中で、僕だけは鬱な気分だった。
理由は簡単である。もうすぐ三ヶ月。呪いがいつ来てもおかしくないからだ。
その鬱のせいで、バイオリズムが狂ったのだろう。
季節の変わり目という煽りも受けて、僕は見事に風邪をこじらせてしまった。
大人しく家で寝る羽目に。高熱でふらふらだ。寒気が止まらない。
僕は、布団にくるまりながらも、なおガタガタと震えていた。身体が衰弱しきっている。
叔父は一昨日から家には帰って来ていない。
冷凍食品を買いだめしておいてよかったと、心底ホッとした。
こんな身体じゃ、とてもじゃないが買出しなんか無理だ。
もしこんなとき母親がいれば、やっぱりお粥とか消化にいいものを作ってくれるのかな?
母親がどんな人なのか分からないまま育った僕は、そんなことを考えながら眠りに落ちた。
気付いたら僕は、学校の教室にたった一人で佇んでいた。
なぜか二年の教室ではなく、三年の教室にいた。
僕はいったい何でここにいるんだ?そんな疑問はすぐに絶望へと変わった。
そこが音の無い世界だったからだ。僕の大嫌いな世界…。
くらっと眩暈がした。呼吸が、どんどんと荒くなる。
とうとうこの日が来た。
僕は完全にその場に固まってしまった。目だけ動かすかたちで周りを見る。
教室の蛍光灯は、片っ端から粉々にされていた。
かろうじて教壇の上にある一本の蛍光灯だけが、弱々しい光を放っている。
黒板の上に掛けられた時計も、ガラスの部分がバキバキに割られ、中の針は握りつぶされたように丸まっていた。
教室の窓ガラスも何者かによって全て割られて、なんとも無残な有様だった。
その窓の外は、何も見えない漆黒の闇である。
見るだけで吸い込まれそうな暗黒地獄が、教室の外に広がっていた。
風もないのにカーテンが、『こっちにおいで』と手招きするがごとくゆらゆらとなびいている。
あまりの異様な光景に絶句してしまった。
ギュイーン ギュオーン ギュワーン ギュオーン
いきなり無機質なチャイムがしたので、身体がビクッと反応し机にぶつかった。
音程が外れ、ねじって歪めたような音。それが学校中に鳴り響いた。
131 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:26:54 ID:OzhAcJcS0
『おえああ、あいおあいえあう(これから、狩りを始めます)』
滑舌が悪い校内アナウンスが流れる。明らかに人間の声じゃない。
やばいやばいやばいやばい…
もう完全に頭の中がパニックだった。
汗が、ポタポタと床に落ちる。おっさんは一向に現れる気配がない。
時間にしておよそ数分。自分には何十時間にも感じられた。
ふいに人の足音が聞こえた。それに混じって、男と女の言い争う声。
どんどんこっちに向かってきているのが分かった。おっさんなのか?それとも…。
人の声ではあるが、明らかに二人いる。逃げようにも、すぐそこまで声が迫っていた。
心臓が爆発しそうだ。そして…
「あ、いたいた。やっと見つけた」
おっさんが廊下から教室を覗き込んでいた。
「二年の教室にいないから、探すのに苦労したよ」
肩の力が抜けるのが分かった。思わず安堵のため息が出る。久しぶりに見るおっさん。
「もう君とは会わないようにしよう」と言われて以来、全く会っていなかったので、懐かしかった。
「探すのに苦労したのはこっちの台詞よ」と女性の声。おっさんの背後に、その声の主と思わしき人が見えた。
すらっとした身体に、パリパリの黒いパンツ、そして黒いライダースジャケット。肩までかかるさらさらの髪。
蛍光灯の明かりが廊下まで届かないので、顔までは見えなかった。
「あんたさ、ケータイくらい持って行ったらどうなの?」
その人が、おっさんに怒鳴っている。
「使い方が分かんねぇんだよ」
おっさんはそう言いながら、僕のもとにやって来た。
間近で見るおっさんは、実に頼りなさそうだった。
頬はこけて髪が乱れている。無精髭もうっすら生えていた。声もどこかしら元気がない。
「君に紹介するよ。あの人は俺の仕事仲間でね。名前は『ハル』さんだ」
そのハルさんと言われる人も、教室に入って来た。
「君が○○(僕の名前)クンね?話は聞いているわ」
若い女性だった。見た目は20代後半くらい。顔は、芸能人に例えるなら夏目雅子に似ている。
今のおっさんとは対照的で、すごくきれいな人だ。
132 : ◆J3hLrzkQcs :2007/02/05(月) 08:27:25 ID:OzhAcJcS0
ハルさんは、挨拶がてら僕にいろいろと話してくれた。
まず、おっさんがよく使っている爆竹の音がする技。
あれは、たいていの相手であれば、一撃で葬れるほど強力なものだそうだ。まさに一撃必殺の技。
足止めにしかならないものだと思っていたので、すごいびっくりした。
「強力だけど、術者の身を滅ぼす危険もあるわ」とハルさんは言う。
そんなのを二発食らっても死なない呪い。つまり、それだけ呪いも強いわけで。
そんなおっさんをサポートするために、新たにハルさんが加わったそうだ。
「よろしくね」
ハルさんが、僕に微笑んだ。
『いうう、おういんいうあえいえうああい(至急、職員室まで来てください)』
また校内アナウンスが入る。
「どうする?行く?」
おっさんが、笑いながらハルさんに聞いた。
「馬鹿じゃないの?死にに行くつもり?」
「冗談だよ。さすがに、こんな身体じゃ今日は無理」
「あんたの冗談は、冗談に聞こえないわ」
おっさんとハルさんって夫婦なのか?
二人が話している間、僕が会話に入り込める余地は全く無かった。完全に、受け身の状態である。
僕は複雑な気持ちだった。おっさんを取られたような気がして、ハルさんにちょっと嫉妬してしまった。
「とにかく、奴が仕掛けてくる前にここを出よう」と、おっさん。
「そうね」と、ハルさんも頷く。
おっさんとハルさんは机や椅子をどけ、出来たスペースの真ん中に僕を立たせた。
その僕を挟むようなかたちで二人が立つ。僕の前方にハルさん、背後におっさんという感じ。
「これやると、死ぬほど疲れるから嫌なんだよなぁ」
背後から、だるそうに呟くおっさんの声が聞こえた。
「あんたがケータイ持って来ないから、これやる羽目になったんでしょうが」
ハルさんもだるそうに言う。何か始める気らしい。