【閲覧注意】怪談の森【怖い話まとめ】

当サイト「怪談の森」は古今東西の怖い話~ほっこりする神様系の話まで集めています。 随時更新中!!

カテゴリ: 石じじい



61 :本当にあった怖い名無し:2018/09/19(水) 19:29:24.21 ID:SK5YB4GZ0.net
石じじいの話です。

満州国への旅行の話をしてくれたときのメモがあるので
そこから解読したものを。

(1)
モンゴル人の視力はとても良いとか。
「ほら、向こうから誰々が馬に乗ってやってくる」
とモンゴル人指差すのでその方向を見てみると、じじいには何も見えない。
それから数十分して馬に乗ったモンゴル人が現れたそうです。
視力5.0ちゅうやつですかいのう。

(2)
モンゴル人が言うには
「首の無い(頭の無い)遊牧民」に真っ昼間に出会うことがあるそうです。
また「頭の無い馬にのった頭のある遊牧民」
「頭の無い馬に乗った頭の無い遊牧民」に出会ってしまうこともあるそうです。
いずれも無視してかかわらないようにすると向こうから去っていくとか。

『首切れ馬みたいなもんよのう。』
今回調べてみたらばけ物としての「頭のない馬」は日本にもあるようです。
「首切れ馬」とか。

また「首なし騎士」についてのフォークロアは欧米にもあって
「スリーピー・ホロウ」などは有名ですね。
もうすぐハロウィンです。

(3)
「いつまでたっても近づいてこない灯り」が、夜出現することがあるそうです。
夜の草原に小さな明かりが遠くに見えていて
それがゆらゆらと揺れてだんだん明るくなってくる。
旅人がカンテラを下げてやってくるのだなと思って待っていると
いつまでたってもその明かりが近づかない。
でも明かりは見えていて動いている、と。

(4)
何度も出会うラクダの群れというのもいたとか。
馬に乗って旅をしているとラクダの群れに出会う。
そのうちの一頭のラクダにはコブの間に乗れるように鞍がおいてあるが人はない。
不思議なことよと思って通り過ぎると
あとでまた同じようなラクダの群れに会う。
よく見ると同じ鞍ののったラクダがいる。それに何度も行き会うのだと。

そういうときには、ラマ教のお経を唱えて行くと会うことはなくなるそうです。
これは欧米や日本にある都市伝説に似ていますね。






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211 :本当にあった怖い名無し:2018/10/23(火) 20:31:20.50 ID:mkRBSf5x0.net
石じじいの話です。

九州に地獄石というのがあったそうです。
一抱えほどの石で、その下に穴があって、それが地獄につながっていたということです。
穴をよく見ようとして、その石を横に移動させてしまうと、穴が消失してしまうので、
それはタブーだったそうです。
(子供のときには疑問に思いませんでしたが、
もしそれで穴が無くなるんだったら、どうやってそうなることを確認したのでしょうか?)

ではどうするか?
石の端っこを持って、ぐっと石の片方を持ち上げるのです。
すると、石の下に、地獄につながっている穴がある、という。

その穴からは、地獄の音(罰を受ける亡者の叫び声、鬼の吠え声など)や
熱風、炎の光、煙、匂いがでてきたそうです。

あまり開けたままにしておくと、近くにいる人間の寿命が縮むということで、
すぐに石をおろして閉じてしまっていました。

その穴に入ると、地獄の財宝(??)が手に入る、という噂もあり、
その穴に入ろうとした者もいました。
穴が狭かったので、子供(自分の子供かどうかは不明)の体に綱を縛りつけておいて、
穴に入らせました。
その子供は、穴に入ってすぐに死んでしまったそうです。
子供が入っていけるほどには、その穴は深かったということですね。

「怖いねや。その石は地獄の蓋になっとって、今もあるんで。」

遅かれ早かれ行くことになるので、急いで地獄を覗く必要はないと思いますが。
楽しみはとっておかないと。





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 547:名無しのオカルト 2019/04/02(火) 01:46:15.85 ID: ID:RPW3ORPq0.net

石じじいの話です。

脳の障害は怖いですね。まさに他人事ではありません。
脳のやることはよくわかりません。

人生を二度生きた人がいたそうです。
これは、じじいが子供の頃に聞いた話なので、かなり古いものでしょう。
初老のその男性は、街で大きな遊郭を経営していましたが、それ以前の人生では僧侶だったそうです。
いわゆる「前世の記憶がある」ということでしょうか。
その以前の人生を明確に覚えていたらしいのです。
僧侶として托鉢をしながら修行に勤めていたのですが、いっこうに悟ることができる気配がない。
彼をとりまく世界は苦しみに満ちていて、毎日のたうちまわっていたそうです。
ある真夏の暑い日の午後、修行の旅の途中、彼は山村の橋に行きあたりました。
その川では、子供達が何人かものすごく楽しそうに泳いでいたそうです。
全く悩みもなく苦しみもないと思われました。
子供達は、今、涼しく楽しい世界に身をまかしているのだと考えて、自分の人生との大きな違いに「恍惚」となったそうです。
彼の体は自然と動いて、欄干の無い木橋から川に向かって歩を進めました。
つづく

548:名無しのオカルト 2019/04/02(火) 01:56:44.75 ID: ID:RPW3ORPq0.net

>>547
つづき
気がつくと、彼は、冷たい川のなかで泳いでいたそうです。
驚いて河原に上がると、彼は子供になっていました。
大人の僧衣を纏った、まったくのこどもに。
身体だけこどもに戻ったのですね。
とても大きな幸福感に満たされていました。
彼は、旅を続けることが困難になりましたが、そんなことはまったく気にしなかったそうです。
「一緒に」泳いで遊んでいた子供達が、「彼の家」に連れて行ってくれました。
そこには、両親がいたそうです。
彼は、そのままそこで育ち、早くに商家に奉公に出て苦労して成功し傾城屋となり富豪となったのです。
僧侶の時の記憶は残っていましたが、子供としての生活があまりにも嬉しくて、他人に話す気はおきなかったと。
彼は、次の人生では僧侶の道を再び選択することはなかったのです。
じじいは、この話を半信半疑で聞きましたが、妙に説得力があったそうです。
その後、じじいが旅の途中ある寺を訪れた際、その人物が以前そこで修行をしたことがあると言っていたことを思い出して、寺の老僧に、その人物(前世の時の)について尋ねてみました。
老僧は、昔、修行の旅に出たまま戻らなかった、そのような名の僧がいたという記録が寺にあると話したそうです。

「坊さんの生活にこりて、地獄にいかんといけんような仕事をするようになったんかね。まあ、その人は、悟ったんかもしれんがのう。」



549:名無しのオカルト 2019/04/06(土) 02:57:43.90 ID: ID:kJQc7VsB0.net

久々だな


550:名無しのオカルト 2019/04/06(土) 10:31:43.31 ID: ID:1fJc/uJf0.net

気づいたら人喰い虎になってたよりマシじゃね?


552:名無しのオカルト 2019/04/08(月) 19:26:10.31 ID: ID:IzmTYQTF0.net

>>550
山月記だっけ





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107 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/11/16(月) 11:07:47.77 ID:pUDLUdg80.net
石じじいの話です。

じじいは、戦前朝鮮で生活をしていたのですが、朝鮮の野山を各地、仕事でおとずれたそうです。
そのときは、石あつめはおこなっていなかったのですが、地面から出るモノ、自然物には仕事柄興味があったとのこと。
「チョーセン人は、便所の下に犬を飼っとって、たまに金玉を喰われることがあってのぅ、金玉の無いチョーセン人がようおったわい」
というのが彼の決め言葉でしたw(これはヘイトスピーチではないですよ。あくまで、じじいの記憶です)
朝鮮の山林でも、へんなものに遭遇したそうです。森を切り倒して焼畑をしていた人々もいたとか。

石にまつわる話もありました。
このころから石に興味をもち始めたということでしたが、石に呪いを込めるというのもあったそうです。
朝鮮に住む日本人(当時は同じ国でしたから)もあまり褒められた人間もおらず、
現地の学校の日本人の校長が、さかんに古墳を盗掘して中に納められていた陶磁器を集めていたそうです。


108 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/11/16(月) 12:19:52.36 ID:pUDLUdg80.net
>>107
石じじいの話です。

「石に呪いをこめる?」どういうこと?と聞いたのですが、じじい曰く、
「昔のシナにはのう、フコちゅうもんがあってのう、それはのう、入れ物にのう、いろんないやなもんを入れるんと。
 それでフタしとくと、そこにのろいが集まってのう、そんなかに毒ができるんじゃと。それをつこうて、人を殺すんじゃ」
そういうものが朝鮮にもあったようです。今調べると、「巫蠱と蠱毒」ですね。
各種毒虫を1つの壺に入れて、互いに殺し合いをさせて、最後に生き残った奴から毒を得るという。
同じような呪術は、チョーセンにもあったと。

日本も石を使ってある種の超能力を得るというのはあったようです。
本田親徳の「本田式鎮魂帰神法」というのがあって、
まず、山奥や神社の境内など、人間の気の影響を受けてない清浄な場所で、
できるだけ球に近い自然石を見つけてきて、それを,塩などで清めて、他人に見せないように秘匿する。
それに精神を集中させて、自分に憑霊させるということらしいです。
石はあくまで道具であって、霊力がつくのはその行為者です。
それができると、割り箸一本で家鳴りを起こしたり、樹木の枝を揺らしたりすることができるようになるとか・・・


110 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/11/16(月) 18:34:29.56 ID:pUDLUdg80.net
石じじいの話です(朝鮮編)

朝鮮半島の南部には、昔、陶磁器を焼いていた窯の跡がたくさんあったそうです。
その当時は、すでにきれいな焼き物を焼く技術は絶えていたそうですが、
その窯跡を「発掘」すると、完成時に破棄された陶磁器の破片がたくさんでてきて、
それを集めるて売るとお金になったそうです。もちろん日本人に売るのです。
完品であればそれこそ高額で売れるのですが、そのようなものはほとんどなかったと。
じじいは、そのような発掘はしなかったのですが、発掘者の戦利品はよく見せてもらったそうです。
なかなかきれいな破片だったとということでした。
しかし、たまに、掘っていると素焼きの粗末な壺が見つかったそうです。
中には何も入っていませんでしたが(あるいは、発掘者がすでに取り除いたのかも)、なかから腐敗臭がしたとのことです。
そんなものは、もちろん売れません。

或る日、知り合いの発掘者が興奮してじじいのところにやってきました。(じじいの家は、朝鮮式のオンドルだったそうですw)
「せいじのかんぴんがでたんだ!これはかねになるぜ!」
見ると、碧い色のきれいな壺です。しかし、これも臭い。とても臭い。
「これは、きれいやけど、売れんのとちゃいますか?」とじじいが言うと、
その発掘者は、きれいにすれば臭いもとれて売れる!といって、ホクホク顔で帰って行ったそうです。
その人がすぐに死んだのは言うまでもありません。



567 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/08/17(水) 14:54:38.21 ID:RiEdFfmP0.net
石じじいの話です。 

以前、「話しかけてくる石」の話を紹介しましたが、それに似た話です。 
朝鮮での話です。
ある朝鮮人の知り合いの家に行くと、みたこともない石が奥の間(「男性の部屋」)に絹織物を敷かれて鎮座していたそうです。
全体に淡青色で真っ黒な筋模様が入った石でした。
これは何か?と尋ねると、その朝鮮人主人は「これはね、神様をよぶ石だよ。たいじなものだよ」と答えました。
どうやってよぶのか?と再び尋ねたら、
五日ほど後にその神様を下ろす儀式をするので、途中まで見せてやるから家に来い、と言います。

じじいは酒を持って家を訪れると、主人は真っ赤な着物を着用していました。
数日前から肉類を食べるのをやめて身体を清めており、
(当時は、朝鮮ではそれほど肉を食べなかったそうで、プルコギなどもなかったそうです)
心も平安に落ち着いていて、もってきた酒も飲むことを丁重に断ったそうです。
奥の間の中央部にその石が置かれていて、四隅に灯明が立てられていました。
それは、「バター」を使ったものだったそうです。 
普通のろうそくの明かりは赤黄色っぽいのですが、バターの明かりは白色に輝いていました。
主人は石の前に座っていましたが、座っているその側には、石の前にどんぐりとおそらくリスと思われる小動物の死体が「供えて」あったそうです。
じじいはちょっと引きましたが、主人は以下のように説明したそうです。
これから、この石の前に座って祈るのだ。それは三日三晩不眠不休で行う。その間、飲食をしてはならない。
それが満願となったとき(三日目の明け方時)に「神様」が目の前に現れて、希望をなんでもかなえてくださる。
この方法は成功することがほとんどない難しいものだ。
まず、この石はそう多くないし(しかし朝鮮や中国にはいくつかある、という口ぶりだったそうです)、
三日間も飲まず食わずで居眠りもしないで祈り続ける、ということできないからだそうです。
その日はその家でご飯をご馳走になって、じじいは帰りました。 


568 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/08/17(水) 15:03:44.22 ID:RiEdFfmP0.net
三日目の朝に、じじいはわくわくしながらその家を訪れました。
そこはえらいことになっていたそうです。家人が皆けがをしており、家が荒らされていました。 
どうした?と尋ねると、三日目の朝に心配していたので奥の間に行ってみると、主人は床に突っ伏していたとのこと。
「ああ、途中で眠ってしまったのだな」と思って主人を起こすと、彼は青い顔をして急に暴れ出したそうです。
それでこのていたらくだと。
じじいが身構えて行くと、主人は奥の間に座り込んでいましたが、襲いかかってはいませんでした。
しかし、敵意のある目つきでじじいを睨んだそうです。人が変わったようでした。
それからその主人は、家人に対しても、近所の人々に対しても(だれにでも)残酷に、狡猾に悪意をもって接し始めたそうです。
それで人々は恐れて、その家を敬遠するようになり邑で孤立しました。 
そしてある日、主人は家を出て行って行方不明になってしまったそうです。 
死んだという話は聞かれなかったので、どこか別のところで住み着いたのだろう、ということでした。 

じじいはほうじ茶を飲みながら、落雁をもらって食っていた私に言いました。 
「そうよ、神様はほんとうに降りてきなさったんかもしれない。しかしのう。 
 その神さんは、悪い神やったんやねぇ。
 降りてきたんやが、あの朝鮮人の目の前やのうて、あの人の心のなかに現れたんや。こわいのう」


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