昭和四十七年の旧七月二十五日、孟蘭盆の日、この日は地獄の釜のフタのあく日で、
「山川せられん」というのに子どもは暑いので、前の谷川でボシャボシャはしゃいでいた。
家の孫も六つで豊というのが行こう行こうというので連れていった。

なかなか遊びをやめんので田の水加減を見に一寸そこを離れたすきに、豊の姿は見えなくなり、
部落中の騒動になった。


次の日の昼すぎ、佐賀町ごしの峠の近くで見つかった。
見つけた人の話では、一休みしていると二匹のやどもり(ガマ)が急に横の葉むろに飛びこんだ。
その方を見あげると大羊歯が両方に押しわけられ、トンネルのようになっている雲すかしに山った木の枝が見え、その枝に裸の子がまたがって、枝をつかまえて坐りよった。
そこへいって「豊ちゃん、何しよりゃ、早ういの」というと目をハッとみひらいて飛びついて来た。

背負って帰ってくる道々「ひだるかった」といい、誰と来たかときくと「天狗のおんちゃんと来た」というたそうだ。





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