908 :本当にあった怖い名無し:2007/03/27(火) 08:16:23 ID:5RBLSVtM0
蔵観音
一之助が縁側に腰掛け、池に集まる蜻蛉を目で追っていると、祖父の彦衛門が白飯と杯を並べたお重を持ち、提灯を掲げ蔵の中へ進むみ入るのを見た。
祖父も母も今日は朝型せわしく出て行ったきり留守だったはずである。
いつの間に戻ったのか、また何ゆえ今時分蔵へ行くのか、さっきまで遊び相手をしてくれていたお花が夕餉の準備にかかり、暇に飽きていた一之助は、あわてて草履を突っ掛けると縁側を飛び降り彦衛門の後を追った。
追いかけながら、お爺様と呼びかけたが、彦衛門はそんな一之助の様子にとんと気づかぬ風で蔵の入り口へと消えて行った。
一之助の家、佐嶌家は城の勘定方に代々勤めていた。
勤めていたと言うのも父の征一郎は一之助が生まれて直ぐに流行り病で亡くなり、今は隠居した祖父の彦衛門と母のおつう、一之助に飯炊き女のお花の4人で暮らしている。
町の外れに近い佐嶌の住まいは古くからある武家屋敷で、昔の絢爛振りを示す造りはことのほか広く、部屋数は10を超える。さらに広い庭園と、これまた大きなふるぼけた蔵があった。
父が亡くなった後も不都合なほど広い屋敷を手放すことを祖父が頑なに拒み、使わない部屋が多いままこの屋敷で4人暮らしていた。
彦衛門が入っていった入り口を正面に少し離れて立ち、お爺様と呼ぶ。
夕暮れにぼんやり佇む蔵を正面から見ると屋根近くにある2面の格子窓が目に、また大きな観音開きの入り口が開いた様は口に見え、まるで巨大な亡者の首がそこらのものを吸い込もうとしているようにも見える。
うす赤い夕日に照らされた蔵を正面から見て一之助は一寸臆したが、しかし子供ながらの勝気な好奇心と中に祖父がいると言う安心感から後を追うべく蔵の中へ分け入った。
秋の夕暮れに蔵の空気はひんやりと冷えている。
入口より入って直ぐ暗く、2-3歩進んだだけの一之助を湿った闇が包み込んだ。
お爺様、無断でつけて来た遠慮もあってか小声で呼びかけるも蔵の奥からは返答がない。
闇の先に天窓があり、そこから薄ぼんやりとした夕暮れの陽が差し込んでいる。
あそこまで行ってみよう、一之助はそう決めるとかすかに鼻につく腐臭に気後れしながらも、闇の中を手探りで進んだ。
この蔵の中へ入るのは一体いつぶりだろう。
普段は蔵の扉は硬く閉ざされ、優しい祖父からも絶対に一人で入ってはいけないときつく言われていた。
ただ七五三の時だったかにお参りの後、祖父に連れられこの蔵へ入ったのを覚えている。
奥に大木のように大きな観音像があり自分の長寿を祈るように言われ手を合わせた時のことだ。
天窓の下につくと、お爺様と呼んだ。すると中2階へ続く梯子の先から祖父の笑顔がにゅうっと飛び出した。
お爺様、上にいらしたの?やもするときつく戒められるやもしれないと考えていた一之助は暗闇の先にうっすら光る祖父の笑顔に安堵し、梯子を掴んだ。
4帖程の床の中2階に上がると奥の祭壇に奉ってある観音像を挟み、両脇に油を焚いて明かりを灯していた。
観音像の腹が灯りに照らされ、夜の沼の水面のようにぬめぬめと光っている。
何で下からこの灯りが見えなかったんだろう、不思議に思いながらもようやく見つけた祖父に目をやる。
こちらへおいで。饅頭を食べよう。天井まで届きそうな大きな観音像の右手前に祖父が座している。
ここへおかけ、祭壇の正面の座布団をぽんぽんと叩いた。
いつぞやか、手を合わせた場所である。
彦衛門はお供えの饅頭を1個手に取り一之助に渡すと愛でるように一之助の頭を撫でた。
一之助は目を細めて自分を撫でる祖父を見て笑った。。
お前に面白いお話を聞かせてやろう。まだわしがお城に勤めていた時の話だ。
征一郎、即ちお前の父が九つになったばかりの頃、はしかにかかった。
うちは貧しくは無かったがはしかの治療には大金を要す。わしは出来心から藩の金に手をつけた。
おかげで何とか征一郎は回復したものの藩の金子を使い込んでしまった。
それから遠からぬうち、勘定が合わぬことが上役に知れた。
勘定方の一人一人にきつい査問が及び、わしは当時わしの部下であった木下兵衛と言う男に疑いありと進言した。
先祖代々お城に尽くしてきたわしの信は固く、やがて木下は捕らえら拷問にかけられた。
そして弁解も通らぬまま、石を抱かされ悶死したと聞いた。
征一郎が九つになって三月めのことじゃった。
木下の家は取り潰され、事は済んだのように見えた。わしは心苦しくも安堵した。
それから暫く、ある夜、家の者が寝静まった後、女がわしを訪ねてきた。
女は木下兵衛の嫁と名乗り、兵衛が捕らえられる前に彼の口から藩の金子使い込みはわしが怪しいと聞いていると言った。
そしてわしに木下の汚名を晴らすべく自白の書と切腹を求めた。
わしは已む無く女を切って亡骸をこの蔵へ運び込むとこの観音像へ塗りこめた。
と彦衛門は観音像の腹を指差した。
なるほど、言われてみればそこだけ色が濃くなっている。先ほどぬめぬめと光っていたのは、他に比べてまだ新しいからだろうか。
いまわの際に女はわしにこう言った。あなたが私から奪ったものを私も奪いに行く、と。
一之助は祖父の話も、また祖父の意図も上手く汲み取ることが出来ずにただ黙って聞いていた。
優しい笑みの祖父の顔が風に吹かれた蝋燭の炎のようにゆらりと歪んだ。
お爺様?
問いに対し無言でこちらを見る彦衛門。
顔に笑みをたたえるも瞳は闇よりも暗い。
お爺様はおらぬよ。
まだ帰らぬよ。
今日は湯島の遠縁のものが亡くなってねぇ
夜までは帰らないよ
薄く揺らめく彦衛門の口から低い女の声が漏れた。
一之助は時が止まったように目を見開いて祖父を見つめる。
固まった外見とは裏腹に鼓動が火事の夜に聞く半鐘のように早まり高鳴った。
今すぐ逃げなくては、目の前にいるのは祖父の形をしてはいるが、祖父ではない。
この声のぬしの、女こそが、つまり---。
「今日がね、お前が九つになって三月めなのさ。」祖父の形をした女が言った。
観音像が音も立てず倒れてきた。
倒れ落ちた観音像の下で事切れた一之助を、葬儀から戻った彦衛門らが見つけたのは夜半近くになってからの事であった。
物見の結果は真っ暗な蔵の中で遊んでいた一之助がうっかり観音像を倒しその下敷きになって死んだと言う簡単なものであった。
ただ硬く閉ざされていた扉以外に出入り口のないこの蔵にどうやって一之助が入り込んだのかと言う謎だけには誰も答えを見付けることが出来なかった。
この2年後に長く寝たきりとなっていた彦衛門も無くなり、佐嶌の家は絶えた。
初めて宮部みゆきを読んで触発されて書き殴ったものでして、好きなこのスレに書き込ませていただきましたがスレ違い&お目汚しでしたらすいませんです。。。
蔵観音
一之助が縁側に腰掛け、池に集まる蜻蛉を目で追っていると、祖父の彦衛門が白飯と杯を並べたお重を持ち、提灯を掲げ蔵の中へ進むみ入るのを見た。
祖父も母も今日は朝型せわしく出て行ったきり留守だったはずである。
いつの間に戻ったのか、また何ゆえ今時分蔵へ行くのか、さっきまで遊び相手をしてくれていたお花が夕餉の準備にかかり、暇に飽きていた一之助は、あわてて草履を突っ掛けると縁側を飛び降り彦衛門の後を追った。
追いかけながら、お爺様と呼びかけたが、彦衛門はそんな一之助の様子にとんと気づかぬ風で蔵の入り口へと消えて行った。
一之助の家、佐嶌家は城の勘定方に代々勤めていた。
勤めていたと言うのも父の征一郎は一之助が生まれて直ぐに流行り病で亡くなり、今は隠居した祖父の彦衛門と母のおつう、一之助に飯炊き女のお花の4人で暮らしている。
町の外れに近い佐嶌の住まいは古くからある武家屋敷で、昔の絢爛振りを示す造りはことのほか広く、部屋数は10を超える。さらに広い庭園と、これまた大きなふるぼけた蔵があった。
父が亡くなった後も不都合なほど広い屋敷を手放すことを祖父が頑なに拒み、使わない部屋が多いままこの屋敷で4人暮らしていた。
彦衛門が入っていった入り口を正面に少し離れて立ち、お爺様と呼ぶ。
夕暮れにぼんやり佇む蔵を正面から見ると屋根近くにある2面の格子窓が目に、また大きな観音開きの入り口が開いた様は口に見え、まるで巨大な亡者の首がそこらのものを吸い込もうとしているようにも見える。
うす赤い夕日に照らされた蔵を正面から見て一之助は一寸臆したが、しかし子供ながらの勝気な好奇心と中に祖父がいると言う安心感から後を追うべく蔵の中へ分け入った。
秋の夕暮れに蔵の空気はひんやりと冷えている。
入口より入って直ぐ暗く、2-3歩進んだだけの一之助を湿った闇が包み込んだ。
お爺様、無断でつけて来た遠慮もあってか小声で呼びかけるも蔵の奥からは返答がない。
闇の先に天窓があり、そこから薄ぼんやりとした夕暮れの陽が差し込んでいる。
あそこまで行ってみよう、一之助はそう決めるとかすかに鼻につく腐臭に気後れしながらも、闇の中を手探りで進んだ。
この蔵の中へ入るのは一体いつぶりだろう。
普段は蔵の扉は硬く閉ざされ、優しい祖父からも絶対に一人で入ってはいけないときつく言われていた。
ただ七五三の時だったかにお参りの後、祖父に連れられこの蔵へ入ったのを覚えている。
奥に大木のように大きな観音像があり自分の長寿を祈るように言われ手を合わせた時のことだ。
天窓の下につくと、お爺様と呼んだ。すると中2階へ続く梯子の先から祖父の笑顔がにゅうっと飛び出した。
お爺様、上にいらしたの?やもするときつく戒められるやもしれないと考えていた一之助は暗闇の先にうっすら光る祖父の笑顔に安堵し、梯子を掴んだ。
4帖程の床の中2階に上がると奥の祭壇に奉ってある観音像を挟み、両脇に油を焚いて明かりを灯していた。
観音像の腹が灯りに照らされ、夜の沼の水面のようにぬめぬめと光っている。
何で下からこの灯りが見えなかったんだろう、不思議に思いながらもようやく見つけた祖父に目をやる。
こちらへおいで。饅頭を食べよう。天井まで届きそうな大きな観音像の右手前に祖父が座している。
ここへおかけ、祭壇の正面の座布団をぽんぽんと叩いた。
いつぞやか、手を合わせた場所である。
彦衛門はお供えの饅頭を1個手に取り一之助に渡すと愛でるように一之助の頭を撫でた。
一之助は目を細めて自分を撫でる祖父を見て笑った。。
お前に面白いお話を聞かせてやろう。まだわしがお城に勤めていた時の話だ。
征一郎、即ちお前の父が九つになったばかりの頃、はしかにかかった。
うちは貧しくは無かったがはしかの治療には大金を要す。わしは出来心から藩の金に手をつけた。
おかげで何とか征一郎は回復したものの藩の金子を使い込んでしまった。
それから遠からぬうち、勘定が合わぬことが上役に知れた。
勘定方の一人一人にきつい査問が及び、わしは当時わしの部下であった木下兵衛と言う男に疑いありと進言した。
先祖代々お城に尽くしてきたわしの信は固く、やがて木下は捕らえら拷問にかけられた。
そして弁解も通らぬまま、石を抱かされ悶死したと聞いた。
征一郎が九つになって三月めのことじゃった。
木下の家は取り潰され、事は済んだのように見えた。わしは心苦しくも安堵した。
それから暫く、ある夜、家の者が寝静まった後、女がわしを訪ねてきた。
女は木下兵衛の嫁と名乗り、兵衛が捕らえられる前に彼の口から藩の金子使い込みはわしが怪しいと聞いていると言った。
そしてわしに木下の汚名を晴らすべく自白の書と切腹を求めた。
わしは已む無く女を切って亡骸をこの蔵へ運び込むとこの観音像へ塗りこめた。
と彦衛門は観音像の腹を指差した。
なるほど、言われてみればそこだけ色が濃くなっている。先ほどぬめぬめと光っていたのは、他に比べてまだ新しいからだろうか。
いまわの際に女はわしにこう言った。あなたが私から奪ったものを私も奪いに行く、と。
一之助は祖父の話も、また祖父の意図も上手く汲み取ることが出来ずにただ黙って聞いていた。
優しい笑みの祖父の顔が風に吹かれた蝋燭の炎のようにゆらりと歪んだ。
お爺様?
問いに対し無言でこちらを見る彦衛門。
顔に笑みをたたえるも瞳は闇よりも暗い。
お爺様はおらぬよ。
まだ帰らぬよ。
今日は湯島の遠縁のものが亡くなってねぇ
夜までは帰らないよ
薄く揺らめく彦衛門の口から低い女の声が漏れた。
一之助は時が止まったように目を見開いて祖父を見つめる。
固まった外見とは裏腹に鼓動が火事の夜に聞く半鐘のように早まり高鳴った。
今すぐ逃げなくては、目の前にいるのは祖父の形をしてはいるが、祖父ではない。
この声のぬしの、女こそが、つまり---。
「今日がね、お前が九つになって三月めなのさ。」祖父の形をした女が言った。
観音像が音も立てず倒れてきた。
倒れ落ちた観音像の下で事切れた一之助を、葬儀から戻った彦衛門らが見つけたのは夜半近くになってからの事であった。
物見の結果は真っ暗な蔵の中で遊んでいた一之助がうっかり観音像を倒しその下敷きになって死んだと言う簡単なものであった。
ただ硬く閉ざされていた扉以外に出入り口のないこの蔵にどうやって一之助が入り込んだのかと言う謎だけには誰も答えを見付けることが出来なかった。
この2年後に長く寝たきりとなっていた彦衛門も無くなり、佐嶌の家は絶えた。
初めて宮部みゆきを読んで触発されて書き殴ったものでして、好きなこのスレに書き込ませていただきましたがスレ違い&お目汚しでしたらすいませんです。。。
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