【閲覧注意】怪談の森【怖い話】

当サイト「怪談の森」は古今東西の洒落にならない怖い話~ほっこりする神様系の話まで集めています。 随時更新中!!

カテゴリ: ホラーテラー




当時まだ1才だった娘を連れて夏祭りに行った時の話です。

屋台を見ていると金魚すくいがありました。
娘にも何か生き物に触れて欲しいと思い、何回か失敗しながら1匹の金魚を取って帰ったのです。

金魚鉢に入れて部屋に置くと、娘は珍しいのか近寄っていって中を眺めています。
まだ言葉を話せないのに金魚と合わせて口をパクパクさせて、まるで会話している様でした。
かわいいなと思っていた途端、何故か娘が火がついたように泣き出したのです。
赤ん坊ですからよくあることなんですが、いくらあやしてもなかなか泣き止まず、理由もわかりません。
その日から娘は、絶対に金魚に近づかなくなりました。
無理に近くに連れて行っても、泣き出して離れてしまうのです。

特に気にも留めていなかったのですが、ある午後、
娘の昼寝中に部屋で一人ぼーっとしていた時、ふと金魚と娘のことが気にとまりました。
この金魚、何か変なところでもあるのかしら?
そう思って、金魚鉢を覗き込んだんですが、金魚はただ口をパクパクさせるだけ。
かわいいものだと見つめていたその時、何気なく部屋の電気で反射して金魚鉢に映ったものを見て、
私は全身の毛が総毛だつのがわかりました。
そこには私の顔と部屋の景色と、それから、私の右肩から覗く知らない男の人の顔が映っていたのです。
そして何より驚いたのは、
鉢の中の金魚のパクパクという口の動きと、その男の人の口の動きがまったく同じだったこと。

あの金魚は一体なんだったのか。
金魚鉢に映った男の人は誰だったのか。
近くの川に金魚を放してからもう5年たちますが、未だに金魚を見るとあの男性の顔を思い出します。









ガキの頃うちの近所にいたおばちゃん。ネタというかある意味すごい都市伝説だった。
名前はテリアン・グール。もちろん本名じゃない。自分でそう名乗っていた。仮の出身地は和歌山だ。
本当はマテリアル・ガールと言いたいのでは?という噂もあったが、テリアン・グール以外の発音は聞いたことがない。

驚くことなかれ、このおばちゃんの職業はなんと!怪盗なのだ。自分でそう明かしていた。仮の姿はピザ屋だ。
当時小学生だった俺達に万引きや窃チャなどを教え、タバコや酒ものませてくれた。カブや麻雀などの遊びも教わった。
マドンナという名の秘密組織を作り、俺達は知らない間にその一員にされていた。
会長兼世紀の怪盗テリアン・グール。
末端構成員・俺達七人。
秘密なのになぜか会員カードが渡された。テリアン・グールの顔写真入り。
俺達以外に深く関わってた奴はいないはずだが、会員数という欄のとこに『100万人突破!』と派手に書いてあった。
999993人はどこにいたのか。
働くときは「週明けと週末って、つまり休日なんだよね」がモットー。俺達ガキ相手にそう説いていた。
しかし、ピザ屋では届ける途中でつまみぐいしていたらしく、ある日泣いて帰ってきた。
俺達が慰めに行ってみたら、店長らしき相手と電話でバトル中。
電話を切った後、おもむろに日記に書いた言葉は『テリアン激怒!!』。なぜかその後もそこに勤めていた。

口癖は「それは小さなミステイク?いいえ、それはきっと…」という変なフレーズ。
元ネタがあるのか知らんが、きっと…でいつも必ず途切れる。口癖なのに、言い慣れないのかたまに噛む。
ミステイクを変な発音で言うので、ミッティンとしか聞こえない。

電話をかけて最初に言う言葉は「もしもし、テリアンですけど」。
理解している人以外にはほとんど通じないため、挫折して本名を言ってしまう。
かかってきた時は「合い言葉は?」。
俺達はよくかけていたが、合い言葉はその時によって変わるうえ、
テリアン・グールが昨日何時に寝た?とか、今見てるテレビ番組は?とか、完全にクイズだった。

キャッツアイの話をするとマジ切れ。盗みも見た目も自分の足元にも及ばないと言い張る。
非常に残念だが、見た目はほんとだった。しかし、若さがない。
切れる割りにはやたら詳しかった。

テリアン・グールには毎年かなりの数の年賀状が届いていた。意外に友達は多いのか…と思っていたが自演だった。
ただ書いて自分の家のポストに入れただけ。しかもテリアン・グールの名は一切ない。
だが、こちらに出す葉書にはテリアン・グールの名で送ってくる。
律儀に毎年出してくれていたが、その名では届かないかも…と不安だったのか、これもわざわざ自己配達。

家に遊びに行くと、いつも違う職業の服を着ている。どれもこれも一発でコスプレとわかるような雑な出来。
「盗んできたに決まってるじゃない」と言っていたが、自作と判明。

婦警のカッコをしていた時、俺達にのせられて外へ出たことがあった。
前からチャリンコで来た警備員だか誘導員だかの姿を見てマッハで逃走。警察だと思ったのか。

「ルパンを見習って国家権力をいいようにあしらってみせてよ!」と言ったことがあるが、テリアン・グールは鼻で笑った。
「あたしにこの国を盗れっていうの?ははは、こんな国いらな~い」

長らく偉大な怪盗として俺達に夢を与えてくれていたテリアン・グールだったが、
ある日突然、俺達の前から去っていくこととなった。
保護者の間では猛烈に嫌われていたが、俺達ガキの間ではまさに伝説だった。
見送りに行った時、何とはなしに聞いてみた。「仕事の都合かなんかで行っちゃうの?」とな。
ピザ屋のバイトにそんな都合があるのかは知らない。
テリアン・グールは答えた。
「ずっと盗まれていた娘の命を、やっと見つけたのよ。早く盗み返してやらなきゃ」とうれしそうにな。
テリアン・グールが一人娘を亡くしているという話を知ったのは、かなり後になってからだった。
ヤツは何を盗み返しに行ったのか。
今もときどき思い出す。









僕は山陰地方の片田舎で民宿を営んでいる。
ここで宣伝したいところだけど、削除されそうなので止めておくが、料理には自信あるんだ。
このサイトを知ったのは今年に入ってからだ。
若い人が一生懸命取り組んだ作品を読むのが楽しくて、いつも心待ちにしている。
今から語る話は、僕の母がまだ若かった頃体験した実話だ。いや、実話らしいとでも言っておこうか。
あまりにも現実離れしているから、僕も今まで誰にも話していないくらいだからね。
だって話したところで、たぶん誰も信じてくれないだろうから。
僕の母は若い頃、開業医の兄のもとで看護婦をしていた。
なので、話の中で看護婦と言えば僕の母、先生と言えば母の実兄の事だと思って下さい。


当時の医者は、現在のように役割分担がはっきりしていなくて、
来る者は拒まず、皮膚病患者から妊産婦まで何でも診ていたらしい。

ある日の夕方、頭に大怪我を負った女の子が医院に運ばれて来た。
運んで来たのはその娘の父親で、まさに半狂乱の状態だったという。
先生は一目で『これは到底助からない』と思ったが、出来る限りの手は尽くした。
が、その子はやはり助からなかった。
娘の亡骸にしがみつき号泣する父親。看護婦はただオロオロするばかりだ。
あまりにも哀れで、怪我の理由を聞く事も出来ない。
先生も看護婦も、その親子とは顔見知りだった。
いや、顔見知りも何も、その娘を母親の胎内から取り出したのは他ならぬ先生だったのだ。
看護婦は泣き喚く父親を呆然と眺めながら、いつも手をつないでいた親子の姿を思い浮かべていた。

その親子は犬神すじとして、町の者から嫌われていた部落の人間だった。
今では考えられない事だが、差別の対象となっていたその村の出身者は皆、犬神憑きだとされ、
町の者から忌避されていたのだ。
先生は元来物欲のない人で、貧しい者からは一切金を受け取らなかった。
ただし無償で診察していたわけではなく、
「秋には少し米を分けてくれや」とか、「美味い肉楽しみにしてるで」とかで済ましていた。
そんな人だから部落の者からの信望は厚く、
一度医院が火事になりかけた時も、消防団よりも早く彼らが駆けつけ、ボヤで済んだ事もあったらしい。

突然、号泣していた父親が立ち上がる。
「先生、俺、絶対許さねえ!みなごろしにしてやる!!」
そう叫ぶと、娘の亡骸を残したまま医院を飛び出した。
単純に不慮の事故だと考えていた先生は『まずい!』と思って、すぐに後を追った。
看護婦も外に出て、何としてでも父親を止めたかったが、さすがに遺体を置きっぱなしには出来ず、先生を待つ事にした。

先生は1人で戻って来た。必死で探し回ったが結局見つからず、家まで行ったがもぬけの殻だったらしい。
先生は仕方なく警察に連絡した。
が、警察にしてみれば、殺しに行った事が例え事実でも、誰を殺しに行ったのかが分からなければ防ぎようがない。

医院に運ばれて来た時、娘にはまだ脈があった。
僅かでも意識があって、思いを伝えられる瞬間があったとすれば、知っているのは父親だけだ。
警察、先生、看護婦、学校の教師らが手分けして、一軒一軒尋ねて回った。
「家族の中でMちゃん(娘の名)の死に心当たりがある者はいないか?」と。
答えはどこの家も、NOだった。

その娘の葬儀は先生が費用を賄って行われ、母親が眠る墓に埋葬された。
葬儀の最中、あるいは父親が姿を見せるのでは、といういちるの望みも叶わなかった。

母親は娘を産んで1年位後に、風邪をこじらせて亡くなっていた。
先生は一度父親を殴った事がある。妻が病に臥せている事を先生に黙っていたからだ。
「出産の時も、娘が熱出した時も、金払わんかったから、言えんかった」
涙を流しながら話す父親を、先生は思いきりぶん殴った。
「金なんか要らん言うたやろうが!」
先生も看護婦も涙が涸れるまで父親と抱き合って泣いた。
「ふんぎゃー」と傍らでスヤスヤ眠っていた筈のM子までが3人に加わった。
看護婦はその時、心から思ったという。
『犬神憑きなんて嘘っぱち!みんな良い人ばかりじゃないか!』

何事も起こらずひと月が過ぎた。失踪した父親の事もあまり話題にならなくなる。
そんなある日、ある家から医院に電話が掛かってきた。5歳になる長男が泡を吹いて倒れたという。
先生が看護婦と駆けつけた時には、既に男の子は呼吸をしていなかった。
心臓マッサージを試みようとした2人は、白目を剥いて倒れている子供の身体に触れ、異変に気づいた。
既に死後硬直が始まっていたのだ。
!!!
先生と看護婦は声を失った。
顔がみるみる土色に変わっていく!
『あり得ない!』
先生は子供の服を脱がせてさらに驚いた。
痩せ細ってあばら骨が浮いた身体は干からびたように水気がなく、とても死んだばかりのものとは思えなかった。
先生は子供の身体を裏返してみる。
・・・そこにいる全員が凍りついた。
背中に紫色の痣があった。皆、口には出さなかったが文字に見えた。

僕の母は言う。
「あれはどう見ても『美」だった。死んだ娘、名前が美○子だったから、さすがにぞっとしてね」

時折、奥の間から咆哮としか言いようのない声が響いてくる。
亡くなった長男にとっては祖母にあたるIさんが号泣しているのだ。
看護婦は子供の父親を見た。先程から何やら、ぶつぶつぶつぶつ呟いている。何を言っているのか全く聞き取れない。
側に座る母親はもはや放心状態だ。目の焦点が合っていない。
突然父親が、家が揺れるかという程の大声で叫んだ。
「○○○○○!!」(聞き取れなかったらしい)
そして、座った格好のまま横に倒れ込んだ。
先生が父親に駆け寄り何か叫んでいる。
看護婦はその時、先生が自分を呼んでいるのが分かってはいたが、
パクパクさせている先生の口をただ見ているだけで、何を言っているのか全く聞こえず、身体も動かなかったという。
ふと、傍らに横たわる死体を何気なく見た。
背中から何かが出ている。
黒い煙のようなもの、いや、煙というよりはもっと質感を伴った、黒い綿菓子といった感じのものが出ていた。
それは背中から抜け出すとゆっくりと浮き上がり、看護婦の目の前で止まった。
彼女はそれから目が話せない。
鼓膜が破れてしまったかのような静寂が彼女を包んでいた。視界に入る周囲の狼狽ぶりが何か他人事のように思える。
黒い綿菓子のように見えたそれは、いつの間にかそこだけが深い闇といった感じのものに変わっていた。
その中にふと視線を感じ目を凝らす。
2つの目が彼女を見つめていた。漆黒の闇に浮かぶただただ黒い2つの目。不思議と怖くはなかったという。
突如、彼女は、自分の中から言い様のない哀しみが込み上げてくるのを感じた。
その感情は急激に激しさを増し、抑える事が出来ない。
彼女の中で何かが弾けた。

母は言った。
「気づくと隣の部屋に寝かされていたのね。兄が心配そうに私の顔を覗き込んでて・・・
 後で兄から聞いたんだけど、突然気が触れたように泣き出したんだって。散々泣き喚いた後気絶したって言ってた」

亡くなった子供の父親は、その後意識は回復したが精神に異常をきたしており、その日の内に精神病院に送られた。
長男には3歳になる弟がいたが、1週間後に原因不明の心臓麻痺で急死。
その翌日には母親が首を吊って自殺した。
長男が亡くなって10日も経たぬ間に、その家には祖母であるIしか居なくなってしまった。
先生と看護婦は、その家族とMちゃんとの関わりの有無が気になって仕方なかったが、聞ける筈もなかった。

家に1人残されたIさんの事が気掛かりで、先生はちょくちょく様子を見に行っていたという。
Iさんは気丈にも「私が死んだら誰が墓参りをする」と話していたらしいが、
長男の死から約3ヶ月後、町の中央を流れる○○川に自ら身を沈めて亡くなった。

Iさんは先生宛てに遺書を残していた。
その内容に先生と看護婦は言葉を失ったという。
以下は遺書の内容であるが、母の記憶も曖昧な為、大体こういう事が書かれていた、ということで許して下さい。


先生、この度は多大なる御迷惑をお掛け致しまして、大変申し訳なく思っております。
先生の数々の励ましの御言葉、決して忘れません。
私は一刻でも早くあの世へ行って、あの家族に何としてでも会って、土下座して謝りたいのです。
Mちゃんを殺したのは私であり、全ての責任は私にあります。
先生は多分ご存知ないでしょうが、Mちゃんとうちの孫は、とても仲が良かったのです。
山に行く時も川で遊ぶ時もいつも2人は一緒でした。
その様子を私の息子はいつも忌々しく見ていました。
「よりによってあんなのと遊びおって!」
息子は常々口にしておりました。
私に息子を責める事は出来ません。息子にあの村の事を話したのは誰あろうこの私なのです。
「あの村の子供と遊ぶな」
今となっては悔やんでも悔やみきれませんが、息子にそう言い続けたのは他ならぬこの私なのです。

実はMちゃんが亡くなった日、あの娘の父親が一度うちに来ているのです。
「M子見ませんでしたか?まだ帰って来ないんだが」
私はT(長男の名)を呼び、尋ねました。
「Mちゃん知らない?」
その直後に私が受けた衝撃は、言葉ではとても言い表せません。
Tは無表情でこう言ったのです。
「Mちゃんなら橋から落としたよ」
「あんた、何言ってるの?寝ぼけてるの?」
すがるような思いで尋ねた私に、Tは平然と答えたのです。
「だってMちゃん、化け物だって、人間じゃないって、お父さんが言ったよ」
目眩がしました。
『夢であってくれ!』
心底そう思いました。
父親はいつの間にかいなくなっていました。
Tは優しい子の筈でした。私が鬼の子にしたのです。

すぐに出頭すべきだったかもしれません。しかし、可愛い孫を殺人犯にするのは、やはり忍びなかった。
先生がMちゃんの死を知らせに来て下さいましたね。その時の父親の様子も。
私は覚悟を決めました。
息子と嫁、それに孫2人を天井裏に隠し、私は父親を待つ事にしたのです。
息子にそれを指示した時、何と息子はこう言ったのです。
「隠れる必要などない!逆に俺がぶっ殺してやる!」
私は情けなかった。Mちゃんの父親と私の息子、どっちが犬畜生ですか。私は息子の顔を初めてひっぱたきました。
前にも申しましたが、私には息子を責める資格などありません。情けないのは私も同じです。
私は居間に座って、父親をひたすら待ちました。
何よりもまず彼と会って非を詫びなければ、頭の中はそれしかありませんでした。

真夜中、果たして彼はやって来ました。手に凶器らしき物は何も持っていません。
「全ての責任は私にあります!許して下さい!」
私は手にしていた包丁を自分の首にあてがいました。
しかし彼には、そんな私の姿などまるで関心がないようでした。
部屋をうろうろしただけで、そのまま家を出て行ってしまったのです。
考えてみれば、私が死んだところであの人が許してくれるわけがありません。

私はあの人を全く恨んでおりません。もしも立場が逆だったら私も、鬼にでも化け物にでもなったに違いないのですから。
今は孫の事よりもMちゃんを抱き締めたい。涙はもう涸れ果てました。


Iさんが亡くなるのを待っていたかのように、M子の父親の死体が山中で発見された。
彼は大木の下で腐っていた。胃や腸を調べた結果、死因はたぶん餓死だろうと診断された。
その大木には何本もの釘が打ち込んであったという。あの家族の写真だと分からなくなるくらいまで。








敦彦は小学2年の途中から転校して来て、最初は『暗い奴だな』という印象しかなかった。
もやしのようにほっそりとした体に、牛乳瓶の底のように分厚いメガネ。
いかにもガリ勉という印象で、休み時間もみんなと騒ぐ事もなく、一人っきりで物静かに読書をしている、そんな男だった。

ある日の放課後、先生に呼び出しくらって怒られた後教室に戻ると、必死に何かを探す敦彦の姿があった。
下校時間で誰もいない教室。
気になった俺は敦彦に声をかけた。
「香川(敦彦)、何探しているんだ?」
「あっ…谷口君。本…本のしおりを探しているんだ」
よほど大事な物なのだろうか?敦彦は焦っているようだった。
以前勉強を教えてもらった事もあり、俺は一緒になって探した。

「あっ!…これか?」
木造校舎の床、木の隙間に挟まっていた。
「あぁ、ありがとう谷口君!」
敦彦は見たことがない笑顔を向け、それを見た俺は何だか嬉しくなった。
「このしおりはね……死んだおばあちゃんが使っていた物で、死ぬ前に僕にくれたんだ。宝物なんだよ」
「そうか、見つかって良かったな!」
俺と敦彦は教室をあとにした。

校門を出るとなんとなく一緒に帰る流れになった。
しばらくお互い無言だったが、珍しく敦彦から話しかけてきた。
「ねぇ谷口君、うち誰もいないんだけど、遊びにこない?テレビゲームもあるよ」
「マジで!?やりたい!」
テレビゲームなんて買ってもらえなかったので、ワクワクしながら敦彦の家について行った。
(ちなみに、ファミコン以前のテレビゲーム)

「ここだよ」と言う敦彦の家は凄く立派な建物で、入るのを躊躇してしまう程だった。
敦彦の部屋は10畳以上あったと思う。綺麗な学習机に沢山の図鑑、超合金なんかもいっぱいあった。
「お前んち金持ちなんだな」と言うと、敦彦は寂しそうに笑った。
「いくら物があっても、外で激しい運動が出来ないんだ…体弱くて、お医者さんから運動止められていて…」
どうやら敦彦は、病気で心臓が悪いらしい。
当時は養護学級などほとんどなかったので、こういう子達もクラスに1人くらいの割合でいた。

「香川、お前上手すぎ!ちょっとは手加減しろよ!」
「えぇー!?谷口君、手加減したら面白くないよ」
今までほとんど話した事がなかったが、ゲームをしているうちに俺達はすぐに打ち解け、
帰る頃にはお互い呼び名も変わっていた。
「敦彦、また勝負しような!次は負けないからな!」
「次やってもタニヤンは勝てないと思うよ」

それから俺達は急速に仲良くなった。
学校でもよく話すし、敦彦はほかのクラスメートとも話すようになった。
3年生になってもクラスは同じになり、楽しい毎日を送っていた。

ところが4年生になる頃、養護学級が出来る事になり、敦彦とクラスが離れ離れになるという話を聞いた。
「敦彦、クラスは変わるけど、今まで通り遊ぼう」
「タニヤンありがとう。僕もずっと友達だと思っているから」
「当たり前だろ!まだお前には一度もゲーム勝ってないんだし、これからもバンバン遊びに行くからな!」

そう約束したが、4年生になると敦彦の体調が思わしくなくなり、検査入院や自宅療養であまり会えなくなってしまう。
何度となく訪問したが、そのたび敦彦の母さんは申し訳なさそうに「ごめんね」と謝る。
俺は心配する事しか出来なかったが、5年生に進級して間もなく敦彦は亡くなってしまった。
初めは信じらんない気持ちだったが、
通夜の後にっこり笑う敦彦の遺影を見て、『本当にお別れなんだな』と思ったら、悲しくて涙が溢れてきた。
俺は心にぼっかりと穴が空いたようだった。

悲しみも癒えてきたある日、同じクラスの裕二と秀樹に誘われた。
「おっ!タニヤン、これから○○公園に遊びに行かないか?」
「いいよ!何して遊ぶ?」
そう言うと、裕二は勿体ぶって話し始めた。
「公園の裏山知ってるだろ?実はな……」
秀樹と裏山の奥に秘密基地を作ったらしく、
その近くに砂防ダム(小さなダム)があり、そこで魚がたくさん釣れると言う話だった。
俺は一旦帰宅してランドセルを置き、釣り竿を持って裕二達と公園で合流した。

基地は結構近く、廃材を柱に、壁や屋根はダンボールやシートで囲っただけのチャチなものだ。
だけど外で遊ぶのが当たり前の時代、その時はそれがとても楽しかった。

基地でお菓子を食べ終え、釣りをしに向かったのだが、
ダムまでの道のりは思ったより遠く、草薮をかき分けながら奥まで進んで行った。

20分くらい歩くと開けた場所に着き、小さなダムがあった。
「やっと着いたな…ふぅ」
道なき道を歩き続けて3人とも少し疲れていた。
裕二の話だと上流側が釣れるとの事だったが、見ると秀樹は既に釣り糸を垂らしていた。
「特等席もーらい!早いもん勝ちだ!」
秀樹が得意気に言うと、裕二が「お前ずるいぞ!俺も隣で釣るわ!」と、秀樹の隣を陣取った。
その様子を見て、俺は笑いながら対岸から釣り糸を下ろした。

言ってた通り本当によく釣れた。裕二達の方は。
一匹も釣れない俺は対岸に移ったが、釣り場所がないので、
「俺もう少し上流行ってみるわ」と、かき分けながら上がって行った。
辺りは一層草が生い茂って足場がなく、俺はどんどん登って行く。

5分くらい登ると、さっきよりも広く静水している場所を見つけた。
よしここで釣ろう!と、俺は釣り糸を垂らした。
すると早速魚がかかり、その後も面白いように釣れ俺は夢中になっていた。

気づけば日も傾きかけてきたので、竿を片付け戻る準備を始めた。
カサカサ……カサカサ…
まさか熊じゃないだろうな?注意深く辺りを見渡すが何も見えない。
気のせいか?と思い、下流に向け歩き出すと背後から、
カサカサ……カサカサ…
間違いない何かいる!
俺は素早くうしろを振り向いた。
「あぁぁ…」
すぐ後ろには男が立っていた。
帽子を被りリュックを背負ったその男は、口から血が混じったような涎を垂れ流し虚ろな目をしていた。
俺は喚きながら魚を投げつけ走り出した。
「うわぁぁー!わーっ!」
逃げている最中は恐ろしくて振り返る事が出来なかったが、耳元から男の声が聞こえる。
「苦しい……オォォ…」
止まったら終わりだ!誰か助けて!
そう思いながら走っていると、足元をとられ転倒してしまった。
もうお終いだ!
立ち上がる気力もなくなってうずくまっていると、懐かしい声が聞こえる。
「タニヤン…タニヤン…」
「敦彦……?」
おそるおそる立ち上がり振り返ると、男の姿はなく敦彦が立っていた。
俺は何がなんだか分からず呆然としていると、敦彦は何か呟きにっこりと微笑んで消えてしまった。
俺は敦彦がいた場所を見て涙を零しながら叫んだ。
「ありがとう敦彦!お前助けてくれたんだな!」

あれから30年近く経つが、敦彦は今でも大事な親友だ。
なぜなら、消える間際の言葉が物語っている。
「僕達ずっと友達だろ」







 最初に申し上げますが、これはホラーの類の話ではありません。友人が体験したちょっと不思議な話。
突拍子もない話ですが、私は心の底から信じてます。
何故なら、彼は私の目の前で赤子の様に泣きじゃくったから。
二十歳を越えた友人が目の前で泣きじゃくる機会はそうあるもんじゃない。
何より、彼は自分の身内の死を面白おかしく話すような人間ではないからです。
そして最初に謝ります。私視点と友人カグヤ視点とに分けさせて頂きます。読みにくいかもしれませんがご容赦下さい。


家具屋の息子だから『カグヤ』と呼ばれる友人は俺の幼馴染で、小学生から数えて20年来の友人だ。
小学校時代、このカグヤとはよく遊んでいた。
当時から活発だったカグヤの周りには、自然とよく人が集まったもんだ。
何よりカグヤの家には楽しみがあった。それは、毎回カグヤの婆ちゃんが作ってくれるおはぎだ。
大阪のド真ん中で育った俺たちにとって、手作りのおはぎなんてそう食べれるもんじゃない。
いつもむしゃぶりついて食べてたよ。
家具屋で両親共働きのカグヤの家には、いつもその婆ちゃんがいた。
絵に描いたような優しい婆ちゃん。爺ちゃんはかなり昔に亡くなってるらしかった
俺は婆ちゃんがいなかったので羨ましかったし、
祖母がいる友人は「俺のところも、カグヤの婆ちゃんみたいだったらな~」と言う程だった。
いつもおはぎを「どうぞおあがり」と笑いながら持ってきてくれる婆ちゃんは心底優しそうだ。
傍にいると安心するっていうのかな。
カグヤは「ばーちゃばーちゃ」と言っていつもべったりだ。俺たちも負けずに婆ちゃんに目いっぱい甘えてた。
それは小学校高学年になっても変わらなかったな。
カグヤの婆ちゃんにザリガニ釣り教えてもらったり、一緒に干し柿作ったり本当に楽しかった。

しかし、中学生にもなると、あまり婆ちゃんとは遊ばなくなってくる。
ゲームセンターに入り浸って、カグヤの家に行く事も少なくなってきた。
でもカグヤは、相変わらず婆ちゃんとは仲が良かったみたいだった。
そして、高校に入学すると共にカグヤとは疎遠になってきた。カグヤは全寮制の高校に行く事になったからだ。
偶に帰ってきても毎回俺と遊ぶ訳じゃない。
最初は1ヵ月に1回遊んでたのが、3ヵ月に1回、半年に1回と少なくなって、卒業する頃にはもう会っていなかったな。
大学に入ってからもお互い別の大学で違う友達も出来て、カグヤの存在すら俺は忘れていた。勿論、婆ちゃんの事もね。
そして俺は社会人になった。しかしながら、地元が同じという事もあって道でばったり出会ってしまった。
当然昔話に花が咲き、「また一緒に遊ぼうぜ!」と意気投合して、俺たちはまた昔の様な間柄に戻った。
そこから懐かしい地元の幼馴染の面々も集まり、暇さえあれば一緒にいる様になった。
話す内容は昔と同じバカ話。変わったところは、社会の事を少し話すようになった位かな。

しかし、俺たちの関係は1年後位に変わってきた。いや、カグヤの性格が変わってしまった。
いつもバカみたいな話ばかりしていたカグヤとはうって変わって、短気になった。
いや、短気なんてもんじゃない。キレる人間になってしまった。
俺たちにも平気でキレる。道行く人ともすぐに喧嘩になるし、運転させたら危なくて乗ってられない。
原因は・・・婆ちゃんだった。痴呆症。ボケの末期だ。老人介護でノイローゼ気味になってしまっているのだ。
よく愚痴をこぼしてたな。
そして、その愚痴に少しでも慰めや励ましを入れたら、
「お前らに何が分かんねん!知らんくせに偉そうにほざくな、次言うたらどつき回すぞ!」と大暴れだ。
俺たちは楽しむ為に集まっている。遊びが楽しくなくなれば終わりだ。
まして愚痴に相槌を打つだけで怒るなら、当然周りの皆にも限界が来る。
本来なら、遊びに行くのに愚痴を永遠に零される時点でアウトだもんな。無理もないよ。
その内カグヤとは誰も遊ばなくなった。俺は家が近い事もあったし付き合いも古かったから、偶に会ってたけどね。

俺はこのままじゃいけないと思い、正直にカグヤに言った。 
「お前一体どうした?俺には老人介護の事は分からん。でもそれを俺らに八つ当たりするのはおかしいやろ?このままじゃお前孤立してしまうぞ」と。
「ごめん・・・」と一言呟いた後に、カグヤは語った。それは壮絶なものだった。
ご飯を食べてたらいきなり全部ひっくり返す。
冷蔵庫の中身も全部出して外に捨ててしまう。
夜中に徘徊する、そして警察と共に家に帰って来る。
深夜皆が寝ているところに現れて奇声を張り上げる。
その辺で平気で粗相をする。
おむつを替えようとしても暴れ周り、排泄物をぶちまける。
カグヤの大事な車を傷だらけにする。
窓ガラスを叩き割る。
近所の子供を殴る。
・・・挙げればキリがない程だった。
現に御近所さんからも、苦情が何遍も来てるそうだ。
家族の辛抱も限界に来て、ついには施設に預けたが、痴呆の進行が酷すぎて家に帰されたんだそうだ。
施設でも窓を割ったり人を叩いたりと、素行が悪すぎたそうだ。
1回出て行き、ほっとした途端に帰って来られて、母親がおかしくなった。その母親を見て父親も怒り狂う。
毎日毎日夫婦喧嘩と親子喧嘩。そんな生活を送り、カグヤも相当参ってたみたいだ。体重は10kg減ったと言ってた。
そして俺にこう言った。
「あのババァ早く死ねばいいのに。親父もお母もそう言うてるわ」
俺はちょっとショックだった。気持ちは分かるが知らない人じゃない。それ程までに老人介護とは過酷なのか・・・
今の俺には小さな子供がいる。正直物凄く可愛い。
かなりのやんちゃ坊主だ。しかし、可愛いからこそ許せる訳で、あれが大きな大人なら許せないかもしれない。
肯定も否定も出来なかった。別人の様にゲッソリ痩せたカグヤに、俺は何も言えなかったんだ。
ずっとカグヤはブツブツ言ってた。
「クソ、ババァのせいで・・・何で俺がこんな苦労せなあかんねん・・・ババァ腹立つ・・・」
でも俺が言ったせいか、カグヤはあまり怒らなくなった。

暫く経ち、何人かで集まっているところにカグヤの携帯が鳴った。20時頃だったかな。
婆ちゃんが危篤らしい。
前に『死ねばいいのに』と言ってたカグヤは、何とも言えない表情をしていた。
きっと、このまま死んで欲しいという気持ちと、寂しいという矛盾した感情が、葛藤してたんだろうな。
そのままカグヤは病院に向かった。


※ここからは、カグヤに聞いた話を実際にカグヤの立場になって書かせて頂きます。
病院には親父とお母が居た。
医者が言うには、恐らくこのまま意識が戻ることはない、もういつ息を引き取ってもおかしくないらしかった。
親父は「せめてこのまま眠るように逝ってほしい」と言っていた。
しかし、1時間経っても2時間経ってもババァは死ななかった。
ただずっと見てても仕方ない。1時間毎に3人で交代する事にした。
寂しそうにしてる父親と、憑きものが落ちた様にほっとしてる母親とで、仮眠を混ぜながらの交代だ。

2度目の交代。6時間が経った。もう朝の5時だ。
ふとババァの顔を見た。
あのいつも怒り狂っていた顔じゃない・・・昔と同じ優しそうな顔で眠ってる・・・
ババァから婆ちゃんの顔になっていた。
そうだった。これが本当の婆ちゃんの顔だ。
俺は涙が出てきた。
お母に怒られた時、いつも庇ってくれた婆ちゃん。
いつも好物のおはぎを作ってくれた婆ちゃん。
外での遊び方を教えてくれた婆ちゃん。
高校に合格した時、外なのに大声で万歳三唱した婆ちゃん。
就職する時に、ダボダボのスーツを買って来て笑ってた婆ちゃん。
世界で一番優しかった俺の婆ちゃん。
世界で一番好きだった俺の婆ちゃん。
俺の婆ちゃん。
俺も赤子の時代があったんだ。両親は共働きだ。きっと婆ちゃんが、俺のおむつを換えたり面倒をみてくれてたんだ。
なのに俺はいつも嫌がって、無視して怒鳴り散らして・・・
無性に恥ずかしくて情けなくて申し訳なくて、涙が止まらなかった。
ただ手を握っていた。

何分経っただろうか、ふいに微かだが婆ちゃんが手を握り返した。
うっすらだが目が開いていた。
婆ちゃん「ター君・・・どうしたぁ?」
俺「バアチャン・・・・・・俺が分かるんか?」
婆ちゃん「フフッ・・アホやなぁ。泣かんでいいよ」
俺 「バアチャン・・・ごめんなぁごめんなぁ」
婆ちゃん「ター君ありがとうなぁ」
そう言って、婆ちゃんはまた眠ってしまった。
俺は急いで親父とお母を呼びに行った。

結局、婆ちゃんはもう目を覚ますことなく、2時間後、午前8時過ぎに天へと旅立った。


※俺(投稿者)視点に戻ります。
俺や何人かの友人は葬式に参列した。
以前までのカグヤが嘘の様に、棺桶に縋りついて泣いていた。
供え物には、不器用にも程があるデコボコのおはぎが飾ってあった。
俺は10年近く婆ちゃんに会ってなかったが、ふいに涙が零れた。
人が死ぬというのは本当に悲しい。
91歳という素晴らしい大往生を遂げた婆ちゃんだ。正直仕方ないんだが、それでも悲しい。
婆ちゃんにさよならを告げた。

カグヤは後日談として話してくれた。
昏睡状態で痴呆症末期の婆ちゃんが、起きて話した事だ。
医者が言うには、極稀ではあるが似た様な例はあるそうだ。
人間は死ぬ間際に、脳内麻薬?だかエンドルフィン?だかが大量に放出されるんだって。
それには苦痛を和らげたり脳を活性化させる作用があるらしい。
しかし、人間の脳は10%しか解明されてないから、詳しくは分からない、と。
確かに、科学的に解明されるかもしれない。
でも俺は、もっと違う事だと思いたいな。今までずっと頑張ってきた婆ちゃんとカグヤへの贈り物だったんだと。

今でもカグヤとはよく遊ぶ。家に行けば必ず婆ちゃんの仏壇に手を合わせる様にしている。
笑ってる婆ちゃんの写真は昔のままだ。
いつも供えてある不気味な形をしたおはぎは無視するけどね。(いい加減上手くなれよカグヤ・・・)
そして、帰る時は婆ちゃんに声を掛けて帰る。
だってあの人は、俺達にっても本当のお婆ちゃんだったんだから。
 








2010/10/27 01:32 くだんさん
ゲーム好きな人なら「エクスカリバー」って一度は聞いたことがあるんじゃないだろうか。
洞窟の奥深く、地面に刺さるその剣は選ばれた勇者にしか抜くことのできない…みたいな感じの。
でも俺にとってエクスカリバーはまた別の思い出のある言葉なんだ。
結構長い話だし、幽霊とか呪いとかは出てこないので、あまり怖くないかもしれないが許してほしい。

 

俺が高校3年の夏休みのことだった。
俺にはマイクと呼ばれる、仲の良い友達がいた。
親友といっても差し支えないだろう。
そいつがマイクと呼ばれていたのは、単に外国人顔だったからだ。
ノリがよくて、楽しいことならなんでもやります!みたいなやつだった。

俺が通っていた高校は進学校だったから、その高校最後の夏休みは勉強漬けだった。
市営の図書館で夕方までマイクと勉強して、適当にダベッてから自転車で家に帰る。そんなつまらない夏休みだった。

勉強場所として利用していた図書館の向かいには、結構な大きさの神社があった。
小さな山なんだけど、そのてっぺんに神社がある感じの。
もちろんその山全部が神社なんてことはなくて、最初に石段を登ると山の外周を散歩できるような幅広の道があって、さらに登ると神社に到着する。
まぁそこらに住むじっちゃんばっちゃんの散歩コースだった。
誤解が生じないように言っておくと、本当に小さな山だぞ。山って言っていいのか疑問なぐらいの。
その散歩道だって、30分もあれば一周できた。
ただ、草木が生い茂っていたから実際よりは大きく見えていたのかもしれない。

そしてその散歩道の途中には、洞窟というには大げさだけど、ほら穴があった。
気付く人にしか気付かないような、ね。
散歩道を歩いていて、見上げて山の斜面に目をこらすと背高な草に隠れているほら穴の入り口がようやく見える。
だから子供には見つけられない。
背の低い子供には、ほら穴の入り口は完全に草に隠れて見えるのだ。
俺もほら穴の存在に気付いたのは中学3年ぐらいになった頃だった。

例えば俺がここで、「親父に聞いたら『絶対にそのほら穴には入ってはいけない、あそこにはこの土地に住まう神様が…』」みたいな話をすればいかにもって思うだろう。
でも実際はそんなことは無くて、「ほら穴?そんなのあったかな?」ぐらいの反応だった。


そんな夏休みのある日。
俺とマイクはいつものように図書館で勉強して、コンビニで買った菓子パンをかじりながら昼休憩をとっていた。
「なぁ、そろそろじゃないか」
と、そう俺は切り出した。
「何が?」とマイクが聞き返してきたので、
「あのほら穴だよ。このまま放置したままで夏休みが終われるかってんだよ。そろそろ探険時じゃねーかって話」と俺が言うと、
「ああ、確かにな」とマイクは乗ってきた。
「じゃあ、これから行くか?」
話題の提供は俺だったが、そう言ったのはマイクだった。
マイクも俺もイベントの無い毎日に飽き飽きしていて、毎日のように顔をあわせていたから面白い話題も尽きていたのも手伝って、即日決行ということになった。

 

マイクの家は図書館から程近かったので、まずはマイクの家に行き懐中電灯を二つ借りることになった。
家にいってみるとマイクの母親がいて、「懐中電灯なんて何につかうの?」と尋ねられた。正直に神社のほら穴に入ることを伝えると、「軍手も持って行きなさい」と軍手まで貸してくれた。マイク家は両親もノリがよかった。


そして、いざほら穴の下までやってきた。山の斜面を両手をついて登って、とうとうほら穴の入り口にたどりついた。
ほら穴からは異様な空気が漂っていた…ごめん、うそ。
その日が快晴だったこともあり全く怖いという感情は持たなかった。
というか、そのときのノリが「探険」だったので二人とも言動がふざけたものになっていたのだ。
「マイク隊長、我々はとうとう到着したであります!!」みたいな感じでね。
あ、自分の名誉のために言っておくと、今で言うDQNとかじゃないからな。
ノリがよいと言ってほしい。
だから、俺たちのテンションはTPOをわきまえたものだった。


まず懐中電灯でほら穴を照らしてみると、中の土は黄土色で、湿っているのか、テカって見えた。
「これは…何かいます!!何かいますよぉ!!」とマイクが煽り、俺がそれに乗っかって「ちくしょう、装備が足りなかったか!!」みたいなやり取りをしながら、ほら穴に入った。

ほら穴の大きさは俺たちが一人ずつでしか入れないぐらいの横幅で、高さも無くしゃがみ歩きでしか進めなかった。
先にマイク、その後ろを俺がついていった。

ほら穴の土は見た目通りの粘土質で、においは無かったがいい感じにヌメっていた。
そうそう、その時俺たちは学校の制服だったので(そのほうが図書館で勉強しやすかった)、裾やYシャツに泥がつかないように気をつけて進んでいた。
だから進む速度は極めて遅かったと考えてほしい。

少し進むと(といってもしゃがみ歩きなので10分ぐらいはかかったかも)、中はけっこう蛇行してるらしくて入口の光が見えなくなった。
懐中電灯で前を照らしても、1~2メートルぐらい先しか見えて無かったと思う。
ほら穴の中は一本道だった。
いろいろしゃべりながら進んでいたんだけど、ほら穴の中は意外と声が響かなかった。逆に粘土質の壁に音が緩衝されているみたいだった。

 

どれぐらい進んだだろうか。マイクが声高らかに叫んだ。
「何か生えてるぞ!!」
マイクがそう言ったときは、俺はマイクの背中しか見えないような状態だった。
だからマイクにちょっと先に進んでもらって、その生えている何かを二人で囲むような形になった。
「これは…果物ナイフ?」
そう。実際は生えているのではなく、地面に突き刺さっていたのだ。
ナイフが持ち手の直前までズップリと。
ギリギリ刃の尻のほうが見えていて、その大きさから果物ナイフだと思った。
「…」
さすがに閉口してしまった。果物ナイフがなんでこんなところに…

沈黙を破ったのはマイクだった。
「とうとう発見しました!!エクスカリバーです!!」
俺は思わず吹き出してしまった。
一瞬感じた恐怖みたいなものも、すぐに笑いに変わった。

「さあ、そしてその伝説の剣を勇者マイクが抜きにかかります!!」
俺がそう言うとマイクは懐中電灯を地面に置いて両手で「ふんぬ~!!」とその果物ナイフを抜こうと試みた。
しかし根元までしっかり刺さっていたためか、まるで抜ける気配はなかった。
「俺は勇者ではないというのか…」
こうなると、もう俺たちはノリノリだった。
次に俺が抜こうとしたが、結果はマイクと同じだった。
果物ナイフはうんともすんとも言わず、まっすぐに地面に刺さったままだった。


「レベルアップしてからまた来ようぜよ!!」
もはやその果物ナイフなんて障害物のひとつにしか思えなくなっていたので、無視して先に進むことになった。
「何かある、このほら穴には何かあるぞ!!」と二人ともハイテンションのままだった。
そして、その果物ナイフから少し進むとほら穴がL字に曲がっていた。
これまで蛇行して進んで来たが、大きく曲がるのはそれが初めてだった。
そのL字を曲がってまた少し進むと、マイクが「なんだか広いぞ!!」と言ってきた。
確かにそこにはこれまでよりも広い空間があり、いままでは一列で進んで来た俺たち二人が余裕で横に並べるほどだった。


しかしだ。そこに、目を疑うような光景があったんだ。
ほら穴はそこで行き止まりになっており、そこにはさっき見たのと同じ果物ナイフが大量に地面に刺さっていた。
「なんだ、これ…」
しかもよく見ると、大量のナイフが刺された時期がそれぞれ違うことがわかった。
いかにも古いものもあれば、最近刺された感じでまだ光沢のあるものもあった。
もうハイテンションとかノリとかで誤魔化せる範疇を超えていた。
「エクスカリバーの森だ」なんてマイクが言ったけれど、声の感じから無理しているのがわかった。
「帰ろうぜ」
と、そう提案したのは俺だった。
マイクが渋るはずもなく、来た道を引き返すことになった。
今度は俺が先頭になり、後続がマイクになった。

来る時のハイテンションを失った俺達だから、今度は怖くなってしまっていた。
早く明るいところに出たい…
なにかしら声を発していないと、マジで精神状態を保っていられなかった。
俺はずーっと独り言みたいに「こえーよ、こえーよ~」とかぶつぶつ言っていたが、逆にマイクは何もしゃべらなくなっていた。
そしてL字の曲がり角を曲がって、最初の果物ナイフがもうすぐ見えてくる頃だった。俺は生まれて初めて、体に戦慄が走る、というのを体験した。

 

あの果物ナイフが、抜けてるんだ。
さっきまで直角に地面に突き刺さっていた果物ナイフが、抜けて地面に横たわってるんだ。
それだけじゃない。
そのナイフの刃の部分は、たった今人を刺しましたと言わんばかりに、赤い液体で濡れていた。


もう俺は限界だった。「やべーって!!マジでやべーって!!誰か他にいるぞ、この中に!!」と今度はマイクに叫ぶように言った。


「さっきのナイフが抜けてるんだよ!!血だらけだ!!やばいぞマイク、これはシャレになんねーぞ!!誰かいるぞマジで!!」


「エクスカリバーとか言って抜こうとしたやつか!?血だらけってどういうことだ!?早く前に進めよ!!出口まで早く行けよ!!」


俺もマイクも半狂乱だった。
俺は血だらけのナイフの上を通ることが怖くて、なかなか前に進めずにいた。
するとマイクが後ろから大きな声で叫んできた。


「おいお前!!早く行けって!!聞こえねーのかあの音!!早く行け!!」
「あの音ってなんだよ!!」


マイクは瞬間言い淀んだが、声を震わしながら、それでも大声で叫んで俺に教えてくれた。

「聞こえるだろーが…誰か抜いてるんだよ!!俺の後ろで!!さっき見つけたバカみたいに地面に刺さってるナイフを一本ずつ!!聞こえるだろ!!」


そう言われて初めてその音に気がついた。
たしかに後ろのほうで「ずず…ずぽっ。ずず…ずぽっ。」という地面からナイフを抜く音が聞こえていた。


「誰かが抜いてるんだ!!早く行けって!!殺されるぞ!!」


マイクがそう叫ぶやいなや、俺たちは制服が汚れるのを気にする余裕もなく四つん這いになって出口まで急いだ。
二人でずっと「やべーって!!こえ―って!!」とか叫びながら。
とにかく自分たちの声しか聞こえないようにずっと叫んでいた。


正直、そこから出口までの記憶は無い。
ただ、出口が見えて、もう夜になっていたことには驚いた。
ほら穴から脱出して山の斜面を転がるようにして降りて、散歩道に二人で着地した。


二人とも泥だらけだった。
特に制服の黒いズボンに黄土色の土汚れが目立っていたが、マイクを懐中電灯で照らしてさっきの出来ごとが夢じゃなかったことを実感させられた。


マイクのYシャツには赤い血がついていた。
間違いなくエクスカリバーとふざけて言っていた果物ナイフについていた血だろう。

 

その後、別に不幸に見舞われたり、幽霊を見るようになったり、なんてことはない。
今でもマイクとは親友だ。
大人にはなったが、飲むものがジュースからアルコールに変わっただけだ。


一本道の洞窟で俺達の前後にいた何か。
ときどきマイクとあのほら穴の話をするけど、ナイフを抜いていたのが誰だったのかは今でもわからない。

エクスカリバーなぁ…

伝説の剣じゃなくて、血だらけの果物ナイフだったけど。

まだ、刺さっているのかね。








2010/08/05 11:56 1100さん「怖い話投稿:ホラーテラー」
4階建て、総数8部屋のマンションの一室、301号室が俺の部屋だ。

友達と大学構内にある図書館で2,3時間勉強する予定だったが、結局談笑して終了となるのが目に見えていたので中止となった。
普段ならそんなことあり得ないが、そのときは期末テスト期間中だったので皆必死だった。


俺の部屋の間取りを説明する。
入口の扉を開ける。玄関に入りすぐ右手にトイレがある。
左手に進んでいく。すぐ左に洗濯機、正面に洗面所、右手に風呂。
ここでもう一度玄関に戻り、真っすぐ進むと、キッチンと比較的広いスペース。ここにテーブルと1脚の椅子。
さらに進むと3枚のスライドドアに仕切られ、リビング。こちらはキッチンのあった場所とほぼ同じ広さ。
なお進むと最終地点ベランダに到着する。

だいたいこんな感じだ。


友達と別れ、マンションの部屋に戻ったときには、ベランダから見える空はもう薄暗くなっていた。
8月上旬だったから、午後7時を回った頃だと思う。
リビングとキッチンにある窓を全開にし、空気を対流させる。
冷蔵庫から、あらかじめ近くのローソンで買いだめしておいたカフェ・ラテ(テスト期間を乗り切るために必須)を取り出しリビングへ。
ベルトを外しながらリュックを下ろす。最近買ったトリックスターの『Newton』、お気に入りのリュックである。
リビングの中心にあるこたつ机は高さが絶妙で、実家からわざわざ持ってきたものだ。
ベランダを背にするように座り、リュックから筆箱、ノート、参考書を取り出す。

 

この瞬間が好きだ。
学問に触れ始めた瞬間、煩悩は消え去る。
こういう一人の時間をなによりも大切にしたい。

カフェ・ラテを口に含み、極限まで改造、軽量化したシャーペンをノートの上で走らせる。
紙と黒鉛の摩擦音がBGMとなり、集中力が高まっていく。

気付いたら9時過ぎだった。
正直、2時間足らずで集中力が途切れたことに違和感を抱いた。


…見られている。
視線と呼べるかどうかも疑わしい、ごく弱いものだが、確かに感じる。
肩甲骨辺りがチリチリとする。不快だ。決して好ましくないものだ。

静かに後ろを振り返る。
当然だが、異常は無い。ベランダがあるだけだ。改めて、なんの色気もない。

あの一件以来すこし敏感になりすぎているようだ、と簡単に片付けることはできなかった。
どう考えても、前方、つまり玄関の方から視線を感じる。
扉の向こうからか。
もちろん室内から発せられている可能性も無くはない。
しかし、それは同時に視線の持ち主が人間で無いことを肯定するに等しかった。
隠れる場所は無いし、一瞬監視カメラなどの存在も疑ったが、すぐにバカバカしいと思い直した。
むしろそっちの方がまだマシだ。


玄関の扉をじっと見つめる。
時計の秒針の音が妙な緊迫感をあおる。

このマンションの住人だろうか。
そもそもこのマンションは鍵が無ければ建物内に侵入することすら不可能だ。
隣人か。いや、隣は空き部屋だ。
鍵は閉めたっけ。うん、閉めた。しっかり2重にロックしてチェーンまでかけた。

いや待て。このマンションは建物の入口から入るには鍵が必要だが、階段の部分はふきぬけになっている。よじ登ろうと思えばできなくもない。

嫌な焦りが、ジワッと湧いた。
変質者か。そうだとしたら室内に入っては来れない。
それ依然にこれはただの気のせいかもしれない。変に勘ぐるのは止めよう。

 

 

…まだいる。

かれこれもう30分だぞ。いくらなんでも長すぎる。
いい知れない恐怖を感じ、テレビのリモコンに手を伸ばす。すると腕にノートの紙がくっついてきた。
汗で紙が湿って波打っている。
夏なんだ、汗ぐらいいつでもかく。
それよりも、30分もの間そのままの姿勢で硬直していたことに不安を覚える。

身体は嘘をつかない。

頭の中で不吉な考えがぐるぐる巡っている。
それらを無理やり振り払い、リモコンを掴む。

とにかく賑やかな音が欲しくて、電源ボタンに指を伸ばした瞬間だった。


玄関のランプが点灯した。
そのまま硬直する。玄関を凝視する。

俺の住むマンションは、玄関のランプは「感知式」だ。
つまり、近距離で人の動く気配があると、点灯する。
そして5,6秒で消える。ただし、近くでずっと動いていると点灯し続ける。
無論、玄関から「なにか」が入ってくれば、そのときも点灯する。
しかし、玄関に目に見える変化はない。ランプだけが、煌煌と光っている。

背筋に電流が走り、ゾワッと総毛立つ。丹田のあたりが、きゅっと収縮した感じがした。
同時に、嫌な匂いのする汗が全身から吹き出る。

よく見ると、ランプで照らされている部分が、埃が舞っているようにモヤがかっている。
それが実際に埃が舞っていることに依るものか、「別の」原因に依るものかは分からなかった。
金縛りにあったように微動だにできない。視線も外せない。

直後ランプが消える。
前方3メートル先から向こうが、リビングから漏れた光で照らされ、暗く浮かび上がる。


完全な静寂。
物音ひとつ、しない。
この時、依然俺はリモコンをテレビに向けた姿勢のまま固まっていた。

すると再びランプが点灯する。

 

 

…まだいる。

再び点灯するとはどういうことか。

部屋から出たか、部屋に入って来たということだ。
それらの動作の初動にランプが反応した。
つまり、そいつは玄関に入り、そこでじっと静止して、動き出した。
おそらく、前か、後ろに。
1回目の点灯の時既に部屋に侵入していたかも知れないが、気配からして明らかにそいつは一度玄関に留まっている。
その考えに至った直後だった。

キッチンとリビングを仕切る3枚のスライドドアの内、2枚を左に、残りを右に寄せ、真ん中だけ開けていたのだが、そのドア1枚分の空間に、突然そいつが現れた。

現れたという表現は正しくないが、何も見えないという表現も正しくない。
真夏のアスファルトの路面に立ち昇る『カゲロウ』、あんな感じだ。
ひとつだけ、下から上へという流れではなく、外側から中心に向かってゆらゆらと空間が対流している、という点で異なっている。

そいつは、俺が勉強道具を広げている机の手前まで来ると、机の縁をなでるように移動し、すぐ、本当にすぐ隣を通過した。
しかも、そいつの発する視線は俺を捉え続けている。

その一連の動きを、顔の向きは変えず目だけで追うと、あろうことか、真後ろの大窓にかかるカーテンが、ベランダ側にふくらんだのが視界の端に映った。
風の影響では起こりえないことだった。
つまり、

 


そいつは今、ベランダにいる。
そして、そこからこっちを見てる。

背中に視線が突き刺さる。
極限の緊張と恐怖で吐き気を催してきた。

しばらくすると、「モヤ」は元来た道を全く同じように引き返してゆく。
無論視線はこちらに向け続けている。

玄関のランプが点灯する。
そこで動きが止まった。こっちを見たまま静止する。

ランプが光を失う。


しばらくして、もう一度ランプが点灯し、モヤは扉の向こうに消えた。しかし姿が見えなくなっただけで、まだ存在を感じる。

 

こっちを見てる。

そのままさらに30分近く経ち、ここで初めて、ようやく、視線が消えた。
その瞬間俺はどっと息を吐き出し、そのまま机に突っ伏した。

 

気付いたら朝を迎えていた。


これがそいつとの初めての遭遇である。
正直テストどころではなかった。


そいつは毎晩俺の部屋にやってきた。

異変に気付いたのは、遭遇から2日後だった。


最初は見間違いかとも思ったが、3回目の出現でそれは確信に変わった。

頭頂部が姿を現し始めている。
2回目の出現の時には、モヤのてっぺん辺りに黒い点が付いているように見えたが、3回目の時は、地肌とか、ゴワゴワした髪の毛の一部がはっきり認識できた。

果てしなく恐かった。
この先どうなっていくかということが明らかだったからだ。
家に帰らないで友達の家に泊まろうかとも思ったが、テスト期間中で迷惑をかけるし、モヤが俺の部屋ではなく俺自身に執着しているのだとしたら全く無意味だ。
3枚のスライドドアを閉め切ろうかとも思ったが、どうせモヤにとっては関係ないだろうし、いきなり現れられたら肝を冷やすどころではない。

手だてもなく、というかもともと俺は「そういうモノ」とは無縁だったから、どう対処したらよいか分からない。
このまま放置していたら多分そいつの全身を拝むことになる。
死んでも御免だ。

4日目。
この日もあいつはやって来る。
挙動の一部始終は1日目と全く同じで、違うのは見た目だった。
額の上部が現れた。
早い。まだ頭頂部しか見えていないはずなのに、額が現れるのが早すぎる。
ということはこれは額ではなく、地肌の一部か。
その部分の髪の毛が無い、ということか。
それにしても奇妙な見た目だ。
普通の人間だったら、この時点で見えるのは髪の毛のみだと思う。
そいつの風貌は、まるで額から上の部分の髪の毛を意図して剃ったみたいな感じだった。
その上、額らしき部分は常に俺のほうを向いて移動していた。
真横を通り過ぎる時も、引き返すときも。


6日目。
女だ。こいつは女だ。
この時眉毛まで見えていたが、これも剃っているのかほとんど毛が無かった。
何故女だと判別がついたかというと、まず髪型。
明らかに短髪ではなかった。眉から上の部分の髪の毛を見ると、こいつはセミロングかロングのどちらかだ。毛は不気味に波打っていた。
次に、眉の部分を見ると、骨が出っ張っていない。男性だったらもっと凹凸がある。そいつは女性特有の「のっぺら」とした平らな顔面を有していた。
もちろん断言はできないが、十中八九女だ。

で、思った通り、こいつは額から上の部分の髪を剃っている。頭頂部近くまで。
不気味、としか言いようがない。
もう精神的に参っていた。
1時間以上もそいつの狂ったような執念深い視線に耐え続けた。
限界だった。
頼れる友達に連絡を取る。
崎谷司(サキヤ ツカサ、仮名。以後人名は全て仮名)には、1年前の大事件以来、異変があったらすぐに連絡しろ、と指示を受けていた。

コールが鳴るが、出ない。
すぐに留守番電話に切り換わる。
今までに体験したことを、可能な限り詳細に伝える。

ケータイをたたんだ時には、時刻は既に夜中12時を回っていた。
電話するにはおそすぎる時間帯だったか。申し訳ない気持ちもした。
疲弊しきっていたので、歯磨きをしに洗面所に行こう、そう思った直後だった。

今夜2度目の到来だった。
特有の粘りつくような視線がそいつの存在を知らしめていた。
信じられないのと、未曾有の恐怖で動悸が激しくなる。

やばい、というのが率直な感想だった。
どこまで姿が現れているのか、想像しただけで寒気がした。
逃げようかと本気で思った。もちろんできるはずもない。

扉の向こうで例の通り律義にも30分留まり続けると、とうとう玄関に姿を現した。
ランプに照らされ一瞬見えたのは、「眼」だった。ついにそこまで姿が明らかになった。

まさに般若、だった。
瞳が異様に小さい。点と言ってもいいくらいだ。
三日月形に眼が歪んでいる。笑ってる。
鼻、口はまだ見えていないが、その眼と、頬の膨らみを見て分かった。

音もなくすぅーっと机の前まで来て、同じように隣を通り過ぎベランダへ。
顔の上半分だけが、何も言わず俺を見据え続けている。そしてその下部分は、カゲロウで覆われている。こんな時にあり得ないことだが、その風貌に、なにか神々しいものを感じた。
ベランダから引き返す時も、こちらを睨んだまま(もちろん眼は笑っている)後退していった。

その後もう30分かけて、扉の向こうで般若の視線は消えた。
その直後だった。
視界が突然白く曇った。眼球が半透明の薄膜に包まれたような感じだ。
そこで初めて自分自身に実害が及んだ。どこになにがあるか、かろうじて分かるぐらいに視界が阻害されている。
あまりに突然で理不尽な事態に慌てふためく。頭の中が不可解という洪水で溢れ、なにも行動がとれない。
洪水が治まったのは、ケータイの着信音が鳴った時だった。
音と確信ランプを頼りに探るようにしてケータイを引っ掴み出てみると、崎谷からだった。
 崎谷「よかった!今なにしてる?」
 那波「もう何が何だか分からない。…留守電を残した後すぐにあいつが現れた。1日に2度現れたのは初めてだ。奴が消えた途端、眼が見えなくなった」
 崎谷「はっ!?…なんですぐに連絡しなかったんだ!!ちょっと待ってろ切るなよ!」

崎谷が怒りに震える声でそう言うと、なにやら電話のむこうでくぐもった音が聞こえ始める。風だ。おそらく崎谷が走ることで起こる風が電話口に当たる音。

しばらくすると話し声が聞こえ始まる。かなり大きい声だ。相手は男らしい。
耳を澄ましていると崎谷がいきなりしゃべり始めた。
 崎谷「いまから代わる人は信頼できるすごい人だ。申し訳ないが、俺じゃ何もできない。質問されたことにできるだけ正確に答えろ。じゃ代わるぞ」
崎谷は俺が何もしゃべることができないほど間髪入れずにそう言い放つと、今度は違う声の人が電話に出た。崎谷よりずっと太く低い声だ。
 久留宮「私は久留宮 操(クルミヤ ミサオ)という者だ。司から話は聞いている。君が今厄介になっている霊はどんな風貌をしているか、詳しく聞かせてくれ」
 那波「…般若のような眼をしていました。あと、額の上の髪と眉は剃っていました。…笑っているような感じもしました」

そこまで言うと、電話の向こうで溜息が聞こえた。不吉な溜息だった。

 久留宮「その霊の名は『弾指』というんだ。有名な憑き神だよ。『弾指』はもともと極微の数を表す単位だが、我々の間ではそう呼ばれている。これからの指示を与えるから、一言も漏らさぬようよく聞くんだ。

憑き神は憑き神同士でコミュニケーションを取ることができると言われる。君は一度憑き神に触れられたことがあると司から聞いた。この『弾指』は自由に移動できる高等な神だが、おそらく君の住む土地に縛られている地神を通して、君の存在を知ったんだろう。

一度神と関係を持つと神の中でそのことは広まる。今回『弾指』に憑かれたのはそれが原因だ。


今から君が実行しなければならないことは1つだけだ。口を開かないこと。一瞬たりともだ。具体的には、歯を見せるな。「口封じ」を怠ったら、君はもうこちら側の人間ではなくなる。
…恐がらせてしまったかな。しかしこれは事実だ。短い間絶食することになるが、明日には私が駆け付ける。それまでの間どんなことが起ころうと、私がいいというまで口は絶対に開くな。

…司という友を持てて君は本当に運がいい。そのことをちゃんと神に感謝するんだよ。
いまならまだかろうじて間に合う。いいね、言ったことをしっかり守るんだ。じゃあ、司に代わるよ」

 崎谷「とんでもないことになったな那波。だが心配いらない。久留宮さんが絶対なんとかしてくれる。言いつけをしっかり守れよ。

……事態が治まったらまた連絡くれ。頑張れよ那波!!」

崎谷は力強くそう言って電話を切った。
その瞬間、息を呑む。
机の上に、いる。
目の前の机の上に、そいつの不気味な顔の輪郭が確認できた。
しかしその顔は、鼻の付け根あたりまでで、カゲロウは消えていた。

悲鳴をあげそうになるが必死でこらえた。
一瞬久留宮さんの言いつけなど頭から消え去っていたが、崎谷の激励の言葉がすぐに脳裏をよぎり、なんとか口を開かずにすんだ。

超至近距離でそいつと眼があった気がした。
反射的に眼を閉じる。しかしそれでもこちらをじっと見ていることは手に取るようにわかる。
拳を握りしめ必死に耐えた。
明らかに『弾指』の纏っている雰囲気が禍々しく、攻撃的なものに変っていた。


1時間か、2時間か。
もうどれだけ時間が経ったかもわからないが、まだいる。
本当に狂ってしまいそうだった。家族や、親友の顔を思い浮かべ死にものぐるいで正気を保つ。

 

 

 

蝉の鳴き声が聞こえ始める。
朝が来た。

いくらか安堵するも、『弾指』はたち去る気配を見せない。
唖然とする執念深さだが、何もしてこないのが唯一の救いだった。
ただじっと見つめるだけだ。


さらに途方もない時間が経つ。
なにか聞こえる。重い硬質な音だ。何度も聞こえる。

ノックの音だ。誰かが俺の部屋をノックしている。

久留宮さんが来た、ということにやっと気付いた。一種の感覚遮断状態だった。
それと同時に『弾指』の視線が消えた。

口を開かないように注意して、身体をあちこちにぶつけながら玄関まで行き、扉を開ける。

 久留宮「よく頑張った。……すごい力だ。このマンション全体が深い森の中にあるようだ。

まだ口を開くなよ。近くに気配を感じる。
よそものの存在に怒っているようだ。さっさと済ませよう」

そう言うと俺は久留宮さんに連れられ机の前に正座させられた。そして、布のようなものを被せられた。

 久留宮「暑いだろうが我慢してくれ。
『弾指』の君への関心をなくす。口を開かずそのまま動くなよ」

その後、なにかを机の上に置く音がして、マッチで火をつける音がした。
変な匂いが鼻をつく。線香の香に似ているが、それとは明らかに違う匂いだ。

久留宮さんはなにも喋らなかった。念仏とかも一切聞こえない。ただ、細かく息が漏れる音は聞こえたから、声を出さず口だけ動かしているようだ。


しばらくして、今度は水の音が聞こえてくる。
チャポン、チャポンと、水たまりに水滴が落ちるような音だ。
エコーがかかっているように脳内で反響している。

すると、誰かの、久留宮さんではない、息遣いが聞こえる。
静かな、深呼吸のような音だ。
そして最後に、ハァーと深い溜息が1つ聞こえると、もう音はなくなった。

 久留宮「大丈夫そうだ。なにか聞こえたか?」
俺は布の中で何度も頷いた。
 久留宮「その音は焚き火をしているような音だったか?」
首を横に何度も振る。
 久留宮「よかった。怒りは鎮まったようだ。もう大丈夫だよ。布を取ってごらん。口を開いても大丈夫だ」

眼を開けると、視界は澄んでいた。
久留宮さんが優しく微笑んでいた。
 那波「俺は……助かったんですか?」
 久留宮「ああ。予想以上にあっさり諦めてくれたよ。どんな音が聞こえたんだ?」
 那波「水の音です。チャポン、チャポンて。あと、誰かの息遣いと、最後に溜息が聞こえました」
 久留宮「非常に興味深いな。水の音は恐らく君の祖先の音だ。護ってくれたんだろう。最後の溜息は『弾指』の出す音だ。だがその息遣いというのは分からない。悪いものではないだろう。

とにかく、よく頑張ってくれた。これで君は安全だ」
 那波「もしあのまま放置していたら…どうなっていたんですか?」
 久留宮「不愉快な話になるがいいか?」
はい、と一言で答えた。
 久留宮「『弾指』の恐ろしい部分は、静かに人の命を奪っていくことだ。頭頂部から徐々に姿を現していくのが特徴だが、それは憑いた者から奪ったものと対応している。つまり、眼まで姿を現したら、それは『弾指』に眼を奪われたということだ。あのまま口まで奪われたら、君は喋れなくなる。助けを呼べなくなる。そしてその時点で君の「精神」の部分は完全に乗っ取られる。つまり死ぬ、ということだ。そこからは早い。命を奪うまでがあっという間だから、弾指と呼ばれるんだ。
腕、脚と身体全体を奪ったら、強制的に命を奪わせる。自分の手で自分の首を絞めさせたり、首を吊らせたり、または車に突っ込んだり。やり方に際限はないが、それによって事実上完全な死となる。

最も救いがないのは、そうやって命を奪われた者は、『弾指』の一部になってしまうことだ。取り込まれてしまう。仏に成ることができないんだ。
生まれ変わることもできず、未来永劫『弾指』の中で生き続けることになる。君はその一歩手前まで来ていたんだ。本当にギリギリだった。
そうやって命を失うものは後を絶たない。私がいままで救えたのは君を含めてたったの8人だ。それ以外は、依頼を受けた時には既に抜け殻になっていたり、『弾指』の怒りを買ったりして救うことができなかった。

家族に何て言えばいいのか。
墓の前で祈っても、供養しても、魂はそこには無いんだ。だが、真実を伝えることは私にはできない。
その苦しみ、君にも分かってもらえると思う。
今でも毎夜その人々全員に懺悔しているよ」

そう言う久留宮さんはとても悲しい顔をしていた。
自然と涙が溢れていた。
その時ほど生に感謝したときは無かった。
同時に、普通に死んで仏になれることも、幸せなことなんだと知った。


その後崎谷に無事生還できたことを伝えたら、彼も豪快に泣いて喜んでくれた。
俺も救われた、そう言ってくれた。

 








2010/05/26 00:51 匿名さん「怖い話投稿:ホラーテラー」
子供の頃、理由もはっきりしないのに「あそこはヤバいぞ!近付くな!!」って
場所無かった?  俺の地元にはあったんだよね。
川沿いにあるちょっとした林だったんだけどさ、「地獄の森」って呼ばれてた。
小学生の頃は結構有名でさ、白い服着た白髪の老婆が住んでいて、近付いたら
捕まって喰われるとか言われてた。

 

そんな場所がある事もすっかり忘れてた頃。

 

俺の地元、工場ばっかりでさ。東京のすぐ側なのに電車も通ってないような
閉塞感たっぷりな、不便で娯楽のないとこだったよ。
その頃毎晩夜遊びしててさ、兄貴が置いてった単車乗り回してた。
別に遊ぶような所もなかったし、当時はそれが一番楽しかったんだよね。

 

夏休みに入ったばっかりだった。

 

その晩も単車二台(一台は原チャリね)で徘徊してた。その時いたのはA、B、俺の三人。
最悪な事にその晩は運悪く地元の族に見つかっちゃってさ、追っかけてきたのよ。
クソガキが夜中にノーヘルで単車乗ってたからなぁ。向こうは確か二人だったと思う。

こっちだって単車だけど覚えたてだからね。 逃げても逃げても振り切れ無かった。

川沿いに出たとこで前を走ってたAが原チャリを捨てて土手に向かって走り出したのね。

A「走って逃げんぞ!」
確かにこのまま単車で逃げてても捕まるのは時間の問題だったし、Aは俺達の中でも
喧嘩が強くてリーダーみたいな位置付けだったから俺とBも続いたんだ。
(土手は草むらが多くて砂利道だったから確かに足で走った方が速かったしね)

後ろから怒号が聞こえてきたけど振り向く余裕も無いくらいテンパってた。
とにかく焦って鍵抜くのに手間取った。

土手を全力疾走していると森が目の前に見えてきた。いざ森に逃げ込もうとしたら
高いフェンスで囲まれていてよじ登るしか無かった。 族が単車をおりて森の中まで
追ってくる気配はなかったけど、まだ排気音が近くに聞こえてた。
捕まりたくない一心から俺達は外から見えないように奥へと進んで行ったんだ。

どんどんと森を進んでいくと段々と静かになってきた。
少し遠くで独特の排気音が聞こえてやっと逃げられたと溜め息が出た。
落ち着いて来て、暫く止まって本当にもう追ってくる気配がないか聞き耳立ててた。

夏の夜更け、辺りは虫の鳴き声だけが澄んだ音色で響いてた。
夏の夜とは思えないくらいひんやりしてたな。 どっちかと言えば寒いくらい。

結構時間が経ったし、俺達は安堵の気持ちから、見た目には全く似合っていない
煙草を吸いながらヒソヒソと「お前ビビってたろ?」とか「っつーか族こえー」とか
さっきまでの状況を笑い話にして盛り上がってた。


暫く話してるとふと思い出したようにBが言ったんだ。


B「そーいやここってさ、地獄の森じゃね?」

俺「あれ? お前知ってんの?」

B「小学校の頃有名だったじゃんよ。昔若い女の姉妹がここで殺されたんだろ?」

A「は?なにそれ?ちげーよ!呪いの森だっつーの。四百年前の怨霊がいて、
  憑かれたら死んだ方がマシってくらい追い込まれんだよ」

B俺「なんだそれ?そっちの方が嘘くせえって。何だよ四百年前の怨霊ってよ」

俺「っつかお前(B)も違うわ!ここには白い服着た白髪のババアが住んでて
  捕まったら喰われるって話だっての!」

俺の地元、小学校が地域毎に五つあるんだけど、皆違う学校出身だったのね。
俺としては、他の学校でも同じような噂があったんだって感じだった。
むしろこんなに狭い町なのに呼び方とか噂の中身が違うのが面白かった。

そんな他愛もない話しをしてる内にそろそろ行くかって事になった。
寒かったし、随分経ったからもう平気だろって感じでさ。

ここで俺達は自分達がどっちから来たか完璧に分からなくなった事に気付いた。
逃げてた時は相当テンパってたからなぁ。

まぁ大して大きい森って訳でもねーし何とかなんべって事で歩き出したんだけど
一向に出口に着かなかった。 今みたいに携帯なんかない時代だったし、何より疲れも
あったせいかどんどん不安になっていった。

一番悪かったのはここが「地獄の森」だって事を意識してる事だった。
夜中に時間も道も分からん中で道に森の中で迷って噂まで思い出したってなると
意識するなって方が無理だった。三人とも、次第に口数は減り落ち着かなくなってきたんだ。


どのくらい経った頃だろ?先の方が少しだけ明るくなった。やっと出られると思ったけど
単に月明かりが差し込んでるだけだった。

 


でもおかしいんだよな…。うん、おかしいんだ。

 


確かに「森」ではあったけど見上げればどこからだって空は見えた。
木があるせいで月明かりが射し込みにくい場所もあるかもしれないけど、他よりも
明るいって事はあり得ないと今でも思うんだよな。何かがそう見せてたとしか思えない。


とにかく当時を振り返るとそう見えた訳で、理由をここで考えても
仕方がないので話を進める。


ほんの少し明るいその場所に出ると、そこだけは木が生えていなくて、広さでいったら
多分公園の砂場くらいの広間(?)だった。そこ以外の場所は無造作に木が生えてたし地面も
でこぼこだったのに、まるで誰かが意図的に木を抜いて地面を均して、
わざわざそうしたって感じだった。

俺達から見て少しだけ奥の方は地面が少し盛り上がっていて、その上には古びているけど
しっかりと作り込まれた木造の祭壇みたいな小屋があった。祭壇みたいな小屋って例えが
正しいのか正直分からない。寺のミニチュア版みたいな感じでひどく手の込んだ
「社」だったんだと思う。(表現力無くて申し訳ない)

大きさは確か物置小屋くらいだったんじゃないかな…高さは結構低くて少し屈まないと
中が見えなかった。 突然目の前に現れた「社」は月明かりに照らされて、
静かに佇んでいたけど、その静けさが逆に怖いような、その場にあるのがこれ以上
無いほど相応しいような…かなり威容のある存在感を放っていた。
それはもう俺達に言葉を無くさせるには充分だった。
お互いに顔を見合せては首をかしげたり横に振って知らないという事を確認しあった。
暫く近付きも離れもせずに下から覗き込んだり周りを回ったりして様子を伺っていた。

 

中で何かがチラチラ光っていた。立つ場所と覗き込む角度で見えたり見えなかったりした。

 


…気になるんだよな…。
こういう時に限って見なきゃいいのに確かめたくなるんだよ。

 


(何故か)忍び足で社に近付き中を伺うとますます訳の分からない状態が目に飛び込んできた。

 

お面が飾ってあった。向かい合わせて物凄い古そうな鏡が置かれてる。 光って見えたのは
隙間から射し込む月明かりが鏡に反射していたからだった。

誰がどうみても異様だった。何でこんな所にこんな社があるのか、何で中身が
鏡と向かい合わせのお面なのか。普通、こういう社って神様とか祀られてるんじゃないのか?
頭の中で疑問が溢れてきたけど、中坊だった俺達には全く想像も出来なかった。
俺達からはお面は横に見えていた。どんな表情のお面だったのか分からなかったが
見えなかった方が良かった。 横顔からだけでもそれが見たことのないモノだって予想できたし、
多分正面から見たらやばかったんだ。


能面とか狐面、般若の面とかすぐに想像出来るだろ?不気味だけど整ってるよな?
俺達が見たお面は多分滅茶苦茶な造詣だったんだと思う。横顔だけでも歪な形をしていたように
見えたし、月明かりにほの暗く照らされて…うまく表現出来ない事が自分でも歯痒い。
…とにかく正面から見なくて良かったと思ってる。

 

俺「何かヤバいだろこれ。早く帰ろうぜ」


AB「…」


俺「おい」


A「あ、あぁ悪い。ぼーっとしてたわ。行こう」


俺「とにかくここ離れようぜ。なんかやだよココ」


A「B、行くぞ」


B「…分かった」

 

怪しい光景と心の中の恐怖心から逃げるように、また忍び足で後退りをしながら森に戻った。
暫くすると、俺達は無言で小走りになっていた。 ただ、俺の横にはAしかいなかったんだ。
後ろを振り返るとBが立ち止まってウロウロしている。何か迷っているみたいに見えた。

 

A「お前何やってんだよ!早く来いよ!!」


苛ついたAが少し大きめの声でBを呼んだ。


B「いや、ちょっと…」

A「いいから来い!」

俺「お前置いてくぞ?」

B「あー、じゃ先に行っててよ」


急にBが残ると言い出して、Aがますます苛ついた。


A「は!?意味わかんねぇ。っつーか何なの?」

B「お前こそなんだよ?だから先に行ってろって!いちいちガタガタ言ってんなよ!」

A「なにお前?殺されてぇの?」

俺「っつーかいい加減にしとけよお前?」


急変したBの態度に理由の分からないムカつきを感じた。


B「あーもういいや。悪かったからさ。もうほっとけよ」

 

そう言うとBはまた奥へよ走って行ってしまった。
Aは唾を吐き捨てながら「ほっとけよ!まじアイツうぜぇ」と苛立ちを言葉にした。


俺「まぁそうかもしんねぇけどよ。まずいだろ。連れてこようぜ」


確かにBの言動は意味不明だったけど、だからと言ってそのままにしておくわけにもいかない。
それにAはなんだかんだ言ったって良い奴だったからBが心配だったんだろう。
渋々な態度だったけど結局一緒にBの後を追った。


少し小走りに戻るとBが例の社の前で屈んでいた。
何でBが急にあんな事を言い出したのか知りたかったからなのか、どちらからともなく
俺とAは木の影から様子を伺ったんだ。 Bはどうも社の中を覗き込んでいるようだった。

他の事は気にならないって感じでますます様子がおかしかった。
ゆっくりとBが社の中に手を突っ込もうとした。

俺とAは何故か慌てて飛び出しBの体を押さえ付けて強引に引き離した。
AなんてBのTシャツの首を掴んで引っ張ったもんだからビリビリに破けてたよ。

それでもBはまだ手を伸ばしていた。さっきBが一人残ると言い出した時とはさらに様子が
違っていて、Bは俺達に目も合わせずただただ社の中に手入れようとしていた。
多分…どっちかを取ろうとしたんだろな。

単に怖かっただけかもしれない…ひょっとしたら嫌な予感がしたのかも…。
とにかく俺もAも社の中にだけは手を出したらまずいと感じてたんだ。


B「何で邪魔すんだよぉ!!」


子供が駄々を捏ねるような言葉を繰り返しながら、俺とAを振りほどこうとBはもがいた。
Bを殴り髪を掴んで力づくで引きずり倒した。
馬乗りになって押さえ付けるといつものBに戻っていた。

 

B「いってーな!急に何すんだよ?」


俺もAもその場で力が抜けたよ。


A「おい…お前大丈夫か?」

B「っつーか重てーんだよ!」


俺は暫くどかなかった。 まだ疑ってたからね。
俺とAはBに質問を繰り返したんだ。「何でわざわざ戻った?」とか
「自分が何してたか分かってんのか?」とかね。どっちかって言うと理解して安心かった。
ただBは訳分からないって感じで話が噛み合わなかったしあんまり覚えていないようだった。
一向に話は噛み合なかったけど、Bは元に戻っているように見えた。
とりあえず俺たちは早く家に帰りたかったから歩き出したんだ。

 


夏の朝は早いもので、気付けば空も白み始めてた。

 


辺りが明るくなってくると不思議と安心するもので、俺たちは(今度は)苦もなく
森に入ったフェンスに辿り着いた。 さっきまであんなに探しても出られなかったのに。
多分俺らを追いかけた族がやったんだろうけど、単車のタンクがへこんでた。
しかも鍵穴がなんかガチャガチャになってたし…、ま、盗まれなかっただけマシだったな。

 

「ポリに捕まるなよ?」

 

いつもと同じ言葉で朝方の道路を家へと向かった。 BはAが送っていった。
家に着くと、疲れからかあっという間に眠りについた。
昼過ぎに目が覚めると、外には雨が降っていた。

雨が降っていたせいで気が滅入った。かなり強く降っていたから
「今日はどこにも行けねーなー」なんて思いながら台所で飯を食った。
居間に行くとお祖母ちゃんがお茶を飲んでた。普段はそんなに改まって
話すこともないのに、ふと「地獄の森」の事を知ってるか気になった。

 

祖母「今起きたんかい?夜遊びばっかりして。お母さんに面倒かけるんじゃないよ」


俺「うん…。ところでお祖母ちゃん、○川のところにある森知ってる?
俺達は地獄の森って呼んでるんだけど…」


祖母「あんたあんなとこに行ったの?」


俺「いやいやいや、行ってないよ。子供の頃有名だったからさ」

 

お祖母ちゃんが予想外に否定的な反応したせいか思わず嘘をついてしまった。

 

俺「友達と話してたらちょっと思い出してさ、今度行ってみようかって話しに
なっただけ。行かない方がいい?」


祖母「あんなとこ行ったってしょうがないからね、変なとこ行くんじゃないよ」


俺「変なとこって…何かあんの?」


祖母「別に何もないけどね…用も無いとこに行くもんじゃないの」

 

少し怒っているように見えた。明らかに何かあると子供ながらに感じたよ。
俺を近付かせたくないみたいだった。
当然、俺の頭の中では昨日の出来事を連想していた。中々事実を
切り出せなくて困っているとさらにお祖母ちゃんが続けた。

 

祖母「あそこはねぇ、お祖母ちゃんが子供の頃から近付くなって言われてたのよ?
良くない噂も多いし…近付いちゃ駄目よ?」

 

何も無いって言ってたのに…。

 

最後は諭すような話し方だった。俺は生返事をして部屋に戻った。
煙草を吸いながらぼーっとあの森での事を思い出していた。
俺達が知ってる「地獄の森」の噂ってさ、共通点が無いんだよ。
それに俺達が見た社や鏡、お面の事なんか全く出てこない訳。

 

一つ目は殺された姉妹。
二つ目は四百年前の怨霊。
三つ目が白い服の老婆。

 

他にも噂があるのか、或いは全部噂に過ぎないのか、真相は何なのか…
なんて分かるはずも無い、とりとめも無い事を考えていた。


それに、昨日のB…。何が起きたんだろう。普通じゃなかった。
Bはどっちが欲しかったんだろう? 正直、どっちも怪しい。
お面を手にとってほくそ笑む姿や鏡を覗き込みながら満ち足りた顔を
しているBの姿が浮かんできた。
浮かんできてはその度に頭の中の映像を掻き消した。
とりあえず、Aに電話してみる事にした。Bじゃなかったのは…。
もし電話してBに何か起きてたらと思うと怖くて電話出来なかったからだった。

 

俺「A?特に用事があったわけじゃねーんだけどさ…」


A「いや丁度良かった。お前今暇?ちっとヤバそうなんだよ。
  さっきBに電話したら何かおかしいんだよ」

 

不安が増してきた…。

 

俺「おかしいって?」


A「おぉ、何かずっと昨日の話ばっかでよ。何で止めたのかとか、
お前は欲しくないのかとか言い出しててよ…。邪魔してんじゃねーとか
言われて頭来たんだけどよ…ヤバイよな?」


A「とりあえずこれからBんとこに行くわ。お前どうする?」


俺「俺も行くよ。Bの家でいいんだろ?」


A「じゃあBん家の横にある自販の前で待ち合わせな」

 


嫌な映像が頭の中で流れてた。…多分Aも同じだっただろう。

 


昼間だったし、雨だったから(中坊らしく)傘差しながらチャリンコに
乗ってBの家に向かった。 お祖母ちゃんには本当の事話した方が
良いかもなんて考えはチラついたけど、何となく言い出しにくくて
それはしなかった。


Bの家に着くと、いつものように自販の横で煙草を吸いながら俺を
待っていたAと合流した。 玄関でBを呼び出したけどBはいなかった。
Bのお母さんが出てきてこう言ったんだ。

 

「あれ?A君と遊びに行くって出てったわよ?一緒じゃないの?」

 

Bはきっと森に行ったんだと思った。それ以外考えられなかったし、
雨の中で社の前に立つBを想像していた。
Bのお母さんには適当に話を合わせて俺達はすぐに森に向かった。
雨のせいで滅入ってた所に、さらに重苦しい不安が積み重なって来た。


森に着くと早速フェンスを越え中へと進んだ。大粒の雨のせいで物音は
聞き取れなかった。迷った記憶を思い出しながら進んでいくと、
遠くに人影が見えた。Bだ。 


何か迷っているように見えた。

 

俺「Bー!何やってんだよ!こっちに来いよ!」


A「おーい!風邪ひいちまうぞー!」

 

俺達は走ってBのとこまで行ったんだ。 でもBはすぐに
走ってどっかに行っちまう。木が邪魔で何度も見失っては探し、
見つけては見失った。

ようやくBに追いついた時には俺もAも息が切れてたよ。邪魔だったから
傘も差していなかったせいでびしょ濡れだった。やっとの思いでBを捕まえて、
逃げ出さないように俺もAもBの腕を掴んでた。


Bは俺達なんか意識の外で…、ずっと「見つかんねぇ…どこだよ?」
「あ~ヤバいヤバい。早くしねーとヤバイよ…」といった独り言を呟きながら
辺りを見回していた。 時々、聞き取れないくらいの声で何かを呟いてた。 
今思うと、鏡とお面に呼びかけてたのかも…記憶を探ってみると『祝詞』の
ような感じだった気がする。(こじつけかもしれないけど)


Aも俺も、自然と泣けてきた。友達がこんな事になるなんて考えた事も
なかったし何をどうしたらいいかまるで分からなくて…不思議と泣けてくるんだ。
いつも強気で誰に対しても噛み付くようなAが、聞いた事がないくらい優しい
言い方でBに声をかけていた。


A「なぁB、次は俺も一緒に探してやるから…雨が降らない日にしようぜ?
  絶対に、約束するから…。な?頼むよB、一緒に帰ろうぜ」

A「風邪引く前にどっかで休もうぜ?缶コーヒー奢るからよ」


何でなのか理由は分からないけど少し間を置いてBが頷いたんだ。
俺達と視線を合わせてはくれなかったけど、もう独り言は言わなかった。
俺もAも泣きながらBの腕を掴んで、お互いの傘をBが濡れないように差してたよ。
Bと一緒に帰れるって事だけで充分だった。


出口のフェンスを越えていた時だった。雨合羽を着たおじさんに見つかったんだ。
怒鳴りながら小走りで近付いてきた。


「こらぁ!入っちゃ駄目だろ~。何で入ったんだ?」


俺とAは「すみません」としか言わなかった。早くその場を離れたかったからね。


おじさん「ん?その子どうした?大丈夫か?」


A「平気っス。勝手に入ってすみませんでした…」


おじさん「君達どこの子だ?」


俺「大丈夫ですから気にしないで下さい。俺達もう行きますから」

 

俺達の様子がよっぽど怪しかったのか、なかなか帰らせてくれなかった。


おじさん「おじさんなぁ、三丁目に神社あるだろ?あそこで神主やってんだ。
ここも管理しててな、たまに見回りに来るんだよ。何かあったんじゃないのか?」


神主って言葉がやけに響いた。最初は顔を見合わせてどうするか悩んでた
俺達は、気が付けば藁にもすがる思いで俺とAは昨日からの出来事を捲し立てた。
結局、俺達三人はそのおじさんのバンに乗って、神社に行く事にしたんだ。
「少し落ち着いて話を聞きたい」って事でさ。

BはまだいつものBに戻ってなかったけど、単にぼーっとしてる感じだった。
もう独り言も呟いてなかった。


神社に着くと、奥にあるおじさんの家で風呂に入らされた。
「俺のせいで風邪引かれたらたまったもんじゃねぇからな」とはおじさんの言葉。
今思うと俺達が遠慮しないように気を回してくれたんだな。神社に戻り、今度は
落ち着いて昨日の事、今日の事を話した。温かいお茶が美味しかったな。
ひとしきり話をして、俺達はおじさん=神主の言葉を待ったんだ。

 

主「大体分かった。君と君(俺とA)は別になんとも無いんだな?」


A俺「俺は大丈夫っす」


A「それよかBは大丈夫なんすか?」


主「う~ん…少し待っててくれるか?」

 

そう言うと奥へと下がって行った。誰かと話しているみたいだった。
戻ってくると、静かにこう言った。

 

主「大丈夫、今なら元通りになるよ」


A俺「マジすか!?良かった~!」


主「でもまだ気は抜けないからね。
B君の親御さんには俺から連絡入れておくから、後は任せなさい。」

 

A「どうなるんすか?」

 

Aが少しだけ攻撃的な口調で訊ねた。友達を心配しているAの心情を察したのか神主の
おじさんはちゃんと話してくれた。

 

主「B君はおじさんの知り合いの方に一回見てもらった方がいいんだよ。
大丈夫。信頼できる方だから必ず良くしてくれるよ」


俺「それ何するんすか? お祓いとかすか? いつまでかかるんすか? 
もしかずっとって事になるとか…」


主「いやいや、そんなにはかからないはずだよ。
ただこういうのは順序ってのがあるからね」


A「知り合いってどこにいるんすか?」


主「それは言えないね。言ったら君達行くだろう?それじゃあ駄目なんだよ」


相当疑ったしその後もかなり噛み付いたが、結局はよく分からなかった。
ただそういうモノだと理解して強引に納得した。 何よりBが元通りになるなら
他の事はどうでも良かったしね。
神主さんの電話を受けて、Bのお母さんがやって来た。
続いて俺の親、最後にAの親父さんが迎えに来た。
BとBのお母さんだけを残して俺達はそれぞれ家に帰ることになった。


帰り際に俺達が見た社とその中の物について訊いてみた。


主「それこそ知らなくてもいい事だよ!!」


一言で終らされた。
温厚な人だったけど、この時だけは怖かったな。


Bはその翌日から早速行ってしまった。行先は教えてもらえなかった。
Bのお母さんは変わらずに接してくれたけど…俺達は申し訳無い気持ちで一杯だった。

 

残された俺とAは、退屈な夏休みを過ごした。

 

9月に入り、10月が過ぎて11月になっても、雪が降ってもBは戻って来なかった。
俺もAも、進路の事で周りが慌ただしくなっていた。


高校は別々になったけど、Aとはちょくちょく会っていてあの時の事を話し合った。
Bん家の横にある自販で缶コーヒー飲みながら煙草を吸ってみたり、神主さんの
とこまで行っては「もしかしたら帰って来るかも」と勝手な期待をしては
寂しい思いを繰り返していた。  次第に、神社に行ってBがどんな状態なのか、
いつ戻ってくるのか聞く回数も減っていった。

何度かあの森の事を調べようともしたけど、結局教えてくれなかったし
他に知っている人も探せなかった。知る方法も無かった。 
俺達は絶対にあの森の話を誰にもしないって約束した。それだけ後悔してたし、
俺達の話を聞いて誰かがまた辛い思いをするのは嫌だったから。

気付けば、いつの間にか俺達は高校を卒業する年になっていた。


高校を卒業してAは地元で大工になり、俺は受験に落ち、ある種気ままな浪人生活を
送り次の春を迎えた。

俺の邪魔をしないように気を遣って連絡を控えていたAから連絡が来たのは、
奇跡的に大学に受かった一週間後だった。

 

A「受かったんだって?良かったじゃんよ!とりあえず祝ってやるから出てこいよ!」

 

誰から聞いたんだか…。  何で俺が言う前に教えちゃうかな。


まあ…やっぱり嬉しかったよ。辛い一年間が終わった事も嬉しかったし、
久しぶりにAと会うのはもっと嬉しかった。
地元の居酒屋につくと、Aが「おい!こっちだよ」と満面の笑みで手を振っていた。
最後に会った時より顔付きは優しくなったけど、ガタイはさらにいかつくなってた。

 

A「久しぶりだな優等生! お前どんな裏技使って受かったんだ?」


俺「うるせぇ。 俺の引きの強さを知らねぇな?」


久しぶりにAとお互いを馬鹿にしあって本当に楽しかった。
ただ…ここにBがいない事だけが寂しかった。 きっとAもそうだったんだろう。
俺は出来る限りその話題に触れないようにした。


居酒屋を出てふらふらしながらAと歩いた。
煙草を吹かしながら、お互いに言葉も出さずに随分歩いた。
気が付くと、俺達はあの神社の前まで来ていた。 
見上げると、雲一つない空に月が綺麗に佇んでいた。

 

A「なぁ。 Bに合いてぇな」


俺「…」


A「実はよ、どこにいるか聞いたんだよ」


俺「嘘つくなよ。 誰に聞いたんだよ」


A「ここの爺さん」


俺「なんでお前に教えてくれんの?」


A「仕事でよ、ここを少し直したんだよ。 その後にな…」


俺「どこいんだよ?」


A「○○県」(詳しく言えないけど東北地方ね)


俺「は? なんでそんなとこにいる訳?」


A「神主のおっさんの知り合いに見てもらうって言ってただろ?
んでその知り合いがいるのが○○県にある神社にいるんだとよ」


俺「作んなよ。 俺達に教えてくれる訳ねーじゃねーか」


A「あん時は俺達がガキすぎたんだよ。 こうして社会に出てる姿見て
教えても大丈夫って事で教えてくれたんだよ」


俺「お前、それいつ聞いたんだよ?」


A「去年の年末」


俺「何ですぐ言わねーんだよ!!」


A「お前、大事な事があっただろうがよ」

 

思い出した。 なんだかんだ言ってAは良い奴だった。
俺が落ち着くまで我慢してたんだと。。。 いかつい癖にカッコつけやがって。
Aの仕事の都合で、二週間後のに俺達はBのいる○○県へと向かった。


Aがローンで買ったワゴンで俺達は夜中の高速を北上した。
俺はまぁ良いとして、Aは二日しか休みが無かったのに
「車でってのが良いんだよな! こーゆーのは!!」なんて言ってた。
日帰りで行ける距離だと思ってたらしい。無茶苦茶だよ。

季節的にはもう春に入ってたけど、車で2~3時間も走った頃には外はか
なり冷え込んでた。道の端にはまだ大分雪が残ってた。

長時間の車移動も、疲れるってよりも興奮の方が大きくて途中インターで
飯食ったりしながら運転を交代しつつ、夜明けまでかけて目的地に向かっていった。
神社の爺さんに聞いた場所を慣れない地図を片手に進んでは停まって地図を見て、
また少し進むって事を繰り返した。
多分ここだろう、って場所に着いた頃にはすっかり日が昇ってた。

車を降りて見回すと、地面に直接木が埋め込まれてる階段が
(こういうのなんて呼ぶんだ?)少し離れたところにあった。
どうやらそこを上って行かないとその神社には辿り着かないらしい。
ここまで来ると春とか関係なく寒さが強烈で、地面はまだまだ
雪があってまともに歩けなかった。ぶるぶる震えながらポケット
に手を突っ込んで登ったよ。

相当時間かかったけど、何とかそれらしい古い建物の前に来た。
お世辞にも綺麗だとは言えなかったな…。
こんなとこに人がくる訳ねーだろってくらい不便なとこに建ってたし、
誰か管理してんのかよ?ってくらい寂れてた。)


Aと二人、神社の正面にしばらく無言で立ってた。
もうさ、散々寂しい思いをしてきたからさ。またそんな事になるってのが
嫌だったんだよ。 もしもここが違う場所で、今日もまた途方に暮れて
帰らなきゃならなくなるって事だけは勘弁だった。

俺達は神社の中を覗き込もうとしたんだけど、鍵がかかってたし
近くに家とかある訳でも無いし、とりあえず周りを一周とかして何か
起きないかって淡い期待を抱いてたんだけど…何も起きなかった。
どのくらいだろ? 2時間くらい? 寒い中うろうろしてたんだけどさ
もう心が折れて「本当にここなのかよ?」って気持ちが溢れてきた。
Aもやたら苛ついてたし、空き缶に溜まった煙草の吸い殻だけが増えていった。

日が暮れ始めた頃、項垂れながら車に戻った。
車の暖気を待つ間お互い無言だった。 計画なんて立てなかったから
今日どこで寝るんだろうとか、民宿に泊まれるかとか風呂入りたいとか、
とにかくどーでも良い事だけ考えてた。


暫くすると、お互い無言のまま神社を離れた。


さすがに体だけじゃなく精神的にも疲弊しきってた俺達に、そのまま
帰るってのは無理な話しだった。 車を走らせ今晩過ごせる場所を探した。
何とか市街地に出る事が出来て、とりあえず晩飯を終わらせ素泊まりできる
民宿に泊まる事ができた。 
風呂に入り、電気を消して暗さに慣れた目で天井を見てた。

 


俺「今日は疲れたな。 やっぱり新幹線とかのが良かったな」


A「悪い」


俺「明後日仕事だろ? 大丈夫かよ? ちゃんと帰れるか?」


A「ん、まぁ大丈夫だろ」

 

意識して言い争いにならない様にお互い言葉を選んだ。 
疲れてたけど中々寝付けなかったから、途切れ途切れで話しをしてたんだ。 
それでも俺達はまた無言になり、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

目を覚ますとやる気満々の顔になってるAがいた。

 

A「おう! 早く起きろよ。 すぐに行くぞ!」


俺「???」


A「B探すに決まってんだろうが!」


一緒に来たのがこいつで良かった。 空元気だろうが何だろうが
昨日の敗北感を消してくれたからな。


早速準備をして、また神社に向かったんだ。 ただ、今度はもう少し策を
使おうって事でさ、途中の公衆電話から神主のおっさんに電話をしたんだ。 
(ちゃんと電話番号を持ってるあたりがAの意外なとこなんだよな。
 ちなみにこの時代はいいとこポケベル。携帯があればかなり助かったのにな) 
 


A「もしもし? Oさんですか? Aですけど。 今○○に来てるんすよ」


O「???」
※この後分かりにくくなるからOさんにしときます。


A「あ、いやお爺さんに教えてもらったんすよ。で、場所よく分からないから
電話したんすけど、Bってどこにいんすか?」
(A:やべぇ、すげぇパニくってる!! クヒヒ!!) 


Aのドヤ顔がかなり面白かった。


O「xxxxxxxxx? xxxxxxxxxxxxxxxx、xxxxxxxx。 xxxxxxx!!」

 

何言ってるか俺には聞こえなかったけど一生懸命何か言ってるみたいだった。


A「大丈夫っすよ。 顔だけ見て安心したら帰りますから。 
え? あ、そうすか? すいません、助かります!!」


電話を切るとAは満面の笑みで「かなりビビってたけどよ、諦めたみてーで
こっちの人に連絡してくれるってよ。あの神社で待ってれば昼前にはBを連れて
来てくれるようにお願いしてくれるって」…強引な裏技いきなり使いやがって。
今考えたら最後のカードをいきなり切ってるようなもんだったな。


昼まで待ちきれなかった俺達は、早速現地について車の中で待つ事にした。
昨日と随分違うのは期待が現実に変わる可能性が高いって事と、俺もAも
それを信じて疑わなかった事だな。
今思うとちゃんと連絡とれるか分からないかもしれないとは一切考えなかったな。
 浮かれてたんだな。


小一時間くらい立った頃かな? 車のバックミラーに人影が映ったんだ。
二人組の男だった。俺達は目を合わせ、頷いた後車から降りて
二人が来るのを待った。一人は背の高い若い男。一人は爺ちゃんって言っても
良いくらいの感じだった。俺達の車の前まで来ると足を止めて無言で立ってた。

すぐにBだって分かったよ。でも、あんなに会いたかったのにいざ会うと
何て切り出せばいいか分からなかった。

「久しぶり」「お前何してたんだよ?」「何で帰ってこねーんだよ?」
どれも正解で、どれも間違えてる気がした。もしかしたら会いたかったのは俺達だけで、
Bはほっといて欲しかったのかもって急に思えて来て怖くなった。

 

 

「こんなとこまでわざわざ来やがって…相変わらずお前らどーしよーもねーな!?」

 


そう言ってBがニカッっと最高の笑顔を見せた。 その瞬間、嬉しさがこみ上げて来た。
俺達の知ってるBだった。

 

A「何だよお前? わざわざ来てやったのによ? 殺すぞ?」


俺「お前いい加減にしろよ?」

 

その後はまぁ、言葉が出なくなったんだけどね。三人とも「うんうん」見たいな感じで
頷く事しか出来無かった。

 

B「あぁ、やべ。 紹介するわ。 俺がこっちで世話して貰ってるOさん」


A「Oさん?」


B「簡単に言うと、俺達の地元の神社の神主さんいただろ? あの人の叔父さんなんだよ。
あの後この人に預かってもらって、恩返しで仕事手伝ってんだ」

 

この叔父さんが本家筋、俺達の地元の神主さんは分家なんだとさ。分家だけじゃ荷が
重過ぎるって事で本家の力を借りたってのが本音らしい。
積もる話しは尽きなかったから、Bの家で飲み直そうって話しになった。
Oさんに色々面倒見て貰ってて、安いアパートを紹介してもらってそこに住んでるらしい。

話しは大いに弾んだがやっぱり俺とAには気になって仕方の無いことがあった。
「Bがあの後どうなったのか」と「何で今まで帰って来るどころか連絡もしなかったのか」


そして「地獄の森」の真実だ。


話しを切り出しBに訊ねてみると
「もう少し待てよ。来年、いや再来年には多分そっちに帰れるし話せると思うから」って
はぐらかされた。 勿体ぶっているのとは少し違うみたいだし、Bがそう言うならって事で
話題を変え、朝まで三人、しこたま飲んだ。
翌日、二日酔いに耐えながらの車は人生でもワースト3に入るくらい辛かった。
(途中何度も強制的にインターに寄る事になったよ)

 

それから2回目の夏、あの夏から数えて丸6年、やっとBが帰ってきた。
祝いの酒を楽しみにしていたが俺達の顔を見るなりBの口からは意外な言葉が出てきた。

 

B「懐かしむ前に、行くとこあるよな? 今から行くぞ」

 

Bが喜んだり懐かしんだりする素振りも見せなかった事に内心驚いてたが
俺達の事は気にせず、Bは離れて立っていた。
少しすると古いバンがやってきた。車から降りてきたのは神主のおっさんだった。
こっちに戻ってくる前にBから連絡しておいたらしい。俺達を乗せた車は川の方へ
向かって行った。


俺達三人は「地獄の森」に戻って来た。前と違うのはそこには神主のおっさんが
いる事、そして初めてフェンスの扉を「開けて」森に入った事だった。
話すならここが良いだろうってBの提案らしい。
森の中をゆっくり歩きながら、俺とAは「地獄の森の真実」を聞かされる事になった。
(よく理解できない所も多かったし、全部覚えてる訳じゃないけど出来る限り書いてみる)

 

それは突拍子もない話から始まった。

 

昔々の話し。
それこそ聞いた俺達(Aと俺)でさへ眉唾になるくらい古いの話し。
もしかしたら話してるOさんとBも自分で言ってて訳分からなくなってんじゃ
無いかってくらい嘘臭い話しだった。


まだそこら中に神様がいるって信じられてた頃、神様に捧げる祈りの一つに
舞ってのがあった。猿楽とか神楽舞とか能とかって概念がまだ無かった頃の話し。
飢饉とか災害とか流行病や侵略で簡単に人が死んでく時代に一人の舞手の男がいた。
この時代の舞ってのがどうも神様に捧げて、天恵を受ける為の大事なものだったらしい。
根本的に、今の芸能の舞とは違った訳だ。


ただ、いつだって神様は応えてくれなかった。


いくら舞を捧げても屍はそこら中に溢れてたし、簡単な事でそれは
増えていった。遂には男が愛する妻と一人娘まで、流行病に侵されて
いつ死ぬかもしれなかった。それでも男に出来る事なんて他には無くて、
一心不乱に神様に舞を捧げてたんだ。

どこから聞いたのか、誰から聞いたのか、男の舞は具体的な手段に変わっていく。
月夜の晩に桂の葉から零れ落ちる夜露を厚め、祈り(舞)を捧げ神に報われる事で
万能の薬が出来上がる。男はその土地で神がいると信じられていた大岩の前で
昼夜を問わず七日七晩祈りを捧げた。


やがて、雫は一口の薬となり八日目の朝、男は動かなくなったからに鞭打って
大切な家族の住む家へと帰った。

万能の薬を手に入れたはずの男が目にしたもの、それはすでに屍となり
腐臭を発する我が妻と娘の変わり果てた姿だった。
すでに精魂使い果たしていた男は、そのまま崩れ落ちるように
その場で息を引き取った。
男が死んだ時、その顔には舞にて被る面がまるで皮膚と一体化しているように
被られたままだった。 土地の司祭(呼び方覚えてない)が神に捧げるための
奉納物として面を預かり、奪いにくる者が現れないようひっそりと保管された。
不思議な事に、その面はいくら年を経ても一向に朽ちる事が無かった。

やがて、時代は動乱を迎え、時代が経つとともに面はその身の置き場所を転々とし、
知る者もいなくなり、何処にあるかさへ忘れられていく。
一度は失われたこの面が見つかったのは大正の初め頃だった。どういった経緯で
そこにあったのか、さる名家の屋根裏から葛篭に入って出て来た。

そして、然るべき管理者という事で白羽の矢がたったのがBがお世話になったO家。
ただ、すでに本家にはご神体があり同じ場所で預かる訳には行かなかった。
ちょうどO家の親族が少しずつ枝分かれし、まだ沼地だった関東に移り住む者が
出て来た、そういった時代と人の流れの中、戦後の混沌から避ける様に
俺達の地元に運び込まれ、やがて森の中に社が建てられ、面は人知れず
静かな時間を過ごしていた。

 

O家は、神主って立場柄発言力が強かった。
「森に近づくな」ってのはほぼ強制的に当時の住民に対して暗黙の掟になったらしい。
地元に電車が通っていない理由も、駅ができると人が増え森が安全じゃなくなるからって
理由で村全員が反対したって事だった。今から数十年前の話し。

それでも、俺達みたいな奴らはいつの時代もいて、中にはBのようになり
その度に村人に掟を思い出させた。「森に近づくな」
好奇心の強い子供達が近づかないように、「森にはお化けがいる」「行ったら食べられる」
といった噂が根付き、やがて分化していった。
それぞれの噂には元になる実話があって、必ずしも完全にデマって訳じゃないらしい。

例えば殺された姉妹は、50年以上前に突如いなくなり、神隠しにあったと
騒がれた姉妹が社の前で餓死していたって話しが元になっているらしいし…。
やがて、そういった話には長い時間をかけて尾ひれ背ひれが付いたり苔まで
生えてきて本当の形が見えなくなったんだ。 


そしてそれが「地獄の森」の真実。


じゃぁBに起きた事は何だったのか。 Bはその時の事はよく覚えていないらしい。
ただ、一言だけ「あの時は何故か分からないけど俺があの面を被らなければ
いけない気がして仕方なかった」と。

Oさんが言うには、あの面には物凄い力が込められていて、それは人の思いだったり
依代としての霊験だったり。ただ、それは陰の力でしかなくて、とてもじゃないけど
近づいて触れていいモノではないらしい。 


O「Bは魅入られたんじゃないかな? 持ち主としてね」


Bはまだ触らなかったから魅入られていても何とかなったそうだ。
面がBを呼び続ける限りBは元に戻らなかったし、その為には
Bを遠くに「隠す」必要があった。面がBを諦めるまで、忘れてしまうまで、
Bがこっちに戻って来ても大丈夫になるまで誰にも居場所は教えられなかったそうだ。


長い話しをしているうちに、俺達は社の前まで来ていた。
あの晩と、雨の日の光景が頭の中で映像として映し出された。
いくら真相が分かったからといっても嫌な気持ちからは逃げられなかった。


O「もうこの中の面と鏡は他所へ移せたから、心配いらないよ」


0「移す場所を探して、中継に遣う場所を決めて、その土地に礼を尽くして、
面に魅入られないように、怒りを買わない様に、少しずつ移動したんだ。
今ある場所に祀るまで実に6年間かかった、長かったね、長過ぎたよ」


B「Oさん、何から何まで本当にありがとうございました。
お前らも、ありがとうな。お前らが追っかけて来てくれなかったら、俺、多分
ここにいなかったよ」


Aと俺は言葉が出なかった。なんかもう起きてる事が俺達の理解の外で
頭の中がぐるぐる回ってた。 Aはそれでも反応しようとしてたけど「お、おぉ」
みたいな情けない声しか出ないし、俺は声も出ないくらい情けなかった。


混乱しながら森から出て、三人並んで河原で煙草吸いながらボーッとして。
それからBは家に送られて、俺達はまだ河原にいた。
Bが戻って来たって実感が湧いたのは、三日後に三人で集まった時だった、

 

あれから、祀るモノの無い社は取り壊され、いつの間にかフェンスも消えていた。
あの面は今何処にあるのかは俺達三人は知らない。知りたいとも思わない。
今後出会いたいとも思わない。
長い割には大した事無い話しだけどこんなもんです。

長々と駄文に付き合ってくれてありがとう。

 

 

 

 

 

…でもさぁ、あれから随分経ってふと思い出すとさ、腑に落ちない事があるんだ。
ここからは俺の飛躍した想像だし、証拠とか何も無いんだけどさ…。
俺達が聞いた話し自体が『地獄の森」と同じなんだよ。
尾ひれ背ひれがついているのか、あるいは意図的に歪められたのか。


俺達が見たり聞いた物事の中に『鍵』が見え隠れしてる。
これ、月の不死信仰の話しなんだよ。次の五つを並べるとそうとしか思えない。


「月夜」「桂」「夜露」「万能の薬」 そして社にあった「月明かりを映す鏡」


面については分かった。けど鏡の意味は? 一切出てこないんだよ話しの中に。
何で鏡が月明かりを面に照らしてたんだ? 


萬葉集にこんな歌があってさ…

天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の
     持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも

 


『をち水』  漢字で書くと  『変若水』 

 

あまりにも飛躍しすぎていて、これ以上は書かないけど…きっと真実を知ることは
出来ないし知ろうとすること自体禁忌なんだと思う。

 








これは私が小学3年生の時に体験した話です。
初めての投稿で、お見苦しい点があると思いますが失礼します。
男の人の言葉は丁寧だったのですが、
独特の荒さと方言が混じっていたため、上手く再現出来なかったので標準語です。すみません。

当時の私の家族構成は、母方の祖父母、父母、姉、です。
祖父の生家を建て直す事になり、壊す前に家族全員でご挨拶に伺いに行きました。
山だらけの県ですので、祖父の生家もまた山の中にありました。
普段は田舎とはいえ県庁所在地付近の平地に住んでいる私は、
坂道だらけのレトロな雰囲気が物珍しく、周囲を探検することに。
親戚のお家のすぐ上に古い小さな神社があり、小さなブランコと鉄棒、砂場らしき物がありました。
一通り周囲を歩き、姉と父母はのすぐ向いにある小学校の校庭で、遊んだり日向ぼっこをしていました。
私は神社の雰囲気を気に入っていたので、「もう一度見に行ってくる」と家族に告げ、神社へと向いました。

神社には大きな樹があり、枝ぶりも大きく葉の擦れあう音が心地いい。
私はブランコに腰を掛け樹を見上げていたのですが、ふと人の気配を感じて視線を落としました。
そこには着物を着た男の人が立っていました。
綺麗なかっちりとした着物ではなく、着流しというのでしょうか。普段着といった雰囲気の着物。足には下駄。
年齢は多分20代後半から30代前半という印象。
左腕の肘の少し下辺りに、大きな切り傷の様な痕がありました。
近所の人かな?今時着物なんて変わった人だなぁと思いつつ、「こんにちは」と頭を軽く下げながら挨拶をしました。
すると表情のあまりなかった男の人が、嬉しそうに目尻に笑みを浮かべて、
「こんにちは、お嬢」と挨拶を返してくれました。
お嬢?この辺では女の子のことをそう呼ぶのかな?益々変わった人だ。と思いながら、
なんとなく気まずかったので、視線を樹の枝へと戻しました。
ですが、その男の人は立ち去る気配を見せず、恐る恐るそちらへと視線を向けました。
男の人は少し寂しそうな顔をして私を見ていました。
居心地が悪くなり、私の方が立ち去った方が良さそうだと判断し、立ち上がりました。
すると、
「お嬢は楽しく暮らしてますか、今幸せですか」
寂しそうな顔のまま男の人が話しかけてきました。
わぁ!もしかして宗教の人だったりするのかな。まずいなぁ。と思ったのですが、男の人の表情に無視するのも憚られ、
「学校も家族も楽しくて、幸せです」と、『だから宗教は要らないですよ!』的な意図を込めて返事をしました。
本当に不幸だと感じたことはなかったですし。
すると男の人は、また嬉しそうな顔をして言ったのです。
「そうですか、そりゃあ良かった。やっぱりオヤジさんは間違ってなかったんですね」
!????
「本当に良かった」
さっぱり意味の分からない私は、答えた後素早く立ち去る算段だったことも忘れ、
益々笑みを浮かべる男の人を見つめて固まってしまいました。
男の人がちょっと変わった近所の人なのか、危ない宗教の人なのか判断は出来なかったのですが、
不思議と悪意がないということは伝わり、悲しそうな笑顔じゃなくなって良かったなと、素直に感じていました。

立ち去ろうと、「あの、それじゃあ失礼します」と声を掛けかけた所で、ふと樹の枝が大きくざわつき急に寒くなりました。
先ほどまで暖かかったのに、歯がガチガチ言うほどゾクゾクと体が震えました。
寒くなってきた方向に目を向けると、神社の入り口に何か黒い者がいました。
黒いモヤの様な、でも人型に近い黒い何かでした。
目にした途端、激しい眩暈と吐き気に襲われ、「うぅ・・・はっ・・・!」と思わず声が漏れる程の息苦しさ。
ズチャ・・・ズルズジュ・・・ズチャ・・・
気味の悪い濡れたような音を立てながら近付いてきます。
近くなってくると黒い中に、皮膚が溶けた後に焦げたような黒い肌らしき輪郭や、
おそらく長い髪であろうことが分かるようになりました。
立て続けに起きた良く分からない状況と、初めてのとんでもない恐怖にパニックを起こしかけたその時、すっと私の視界は黒い者から遮られました。
男の人が私を背に庇うようにして間に入ったのです。
「大丈夫ですよ、お嬢は絶対俺が守りますからね」
振り返らずに男の人がそう言いました。
声が出せなかったので、頼もしい背中と言葉に泣きそうになりながら、ただ何度も頷いて返事をしました。
しかし息苦しさで過呼吸を起こしたのか、その後は息をするのが苦しい!!と思った所までしか覚えていません。

頭を撫でられる感触に私は目を開けました。
そこはあの神社。暖かい日差しと大きな樹。
私はブランコに座っており、傍らにはあの男の人が私の頭を撫でながら立っていました。
あの黒い者のことを思い出し、バッ!っと神社の入り口を見たのですが、そこに黒い者の気配はありませんでした。
ほっと息を吐いたのと同時に、男の人が私のことを庇ってくれていたことを思い出しました。
「怪我しませんでしたか!?大丈夫ですか!?あの変なのはっ・・・!?」
慌てて男の人に聞くと、
「もういませんよ。このくらい大丈夫、お嬢に怪我はさせられませんからね」と優しく微笑んでくれました。
でも良く見ると、左腕にあった傷の痕近くから少し血が出ているし、あちこち服も汚れています。
私は半泣きで、「ごめんなさい、ごめんなさい、怪我させちゃってごめんなさい!・・・」と、
先ほどの恐怖を思い出し謝り続けました。
あんなに気持ち悪く得体の知れない者と、私を庇いながら対峙してくれたのです。
大変じゃなかった訳がないのに、ただ怖がってパニックを起こしていた自分が情けなくて申し訳なくて涙が出てきました。
黒い者から逃れられた安堵も手伝って涙は止まりません。
「あの・・・親戚の家が近くなんです。怪我消毒するので一緒に来てください」
やっとの思いでそう言うと、
くしゃくしゃと今まで以上に嬉しそうな顔で「やっぱり間違ってなかったんだなぁ!」。
そう言いながら、私の頭を先程より大きくかき混ぜながら撫でます。
「お嬢は優しく育ったんですね」
そう言って私の頭から手を放しました。
その手を私の目の前に持ってきて、何かを差し出します。
「これをどうぞ。持って行って下さいお嬢」
紫と緑と黒の太い組紐の先に、直径4センチくらいの木製の黒い丸い物が付いてました。
そこには祖父の家の家紋が彫ってありました。
後で聞いたのですが、これは根付という、昔はお財布とかに付けていたものだそうです。
受け取るか迷っていると、手を取られ掌に乗せられました。
「ありがとう」
男の人の声が聞こえ、お礼を言うのは私の方なのに、と顔を上げた先にはもう男の人は居ませんでした。
それどころか、顔を上げる瞬間まで暖かな日差しが出ていたはずなのに、辺りは茜空になっていました。
手に持っていた筈の根付もありません。
再びの奇怪な状況に、またあの黒い者が来るのではないかと、慌てて神社を駆け抜け親戚宅に戻りました。

親戚宅に戻ると、こっぴどく祖父と父親から怒鳴られ怒られました。
戻ってこない私を心配し、家族や親戚が車まで出して探していてくれたそうです。
家族に神社に行くことを告げていたし、神社にずっと居たのですから、こんな騒ぎになってるとは思わず驚きました。
ずっと神社に居たことを言ったのですが、神社には始めに探した後も何度か探したのだそうです。
しかし、その狭い敷地内に私は見当たらなかったとのこと。
何処に行っていたのか正直に言うようにと詰め寄られたのですが、
本当にずっとブランコの側にいたし、嘘は言ってないので他に答えようがなく、
あの変な話をしたところで信じてもらえるか分からないので、男の人に会ったことだけを話しました。
みんなの中では、『知らない人に話しかけられて付いていった。』という解釈をしたようで、更に怒られゲンコツも頂きました。

信じてもらえず、ひたすら怒られ、
先ほどの出来事は自分の生々しい妄想か白昼夢かと、自分の頭が真剣に心配になってきた頃、
親戚の人が宥めてくれて、ようやく帰宅することになりました。
散々怒られ凹んでいた私に親戚の人がお菓子をくれ、それを鞄にしまおうとして気が付きました。
あの根付が鞄に入っているのです。
慌ててそれを手に取り、家族や親戚に私の鞄に入れたかを聞いたのですが、誰も入れていない。
ですが根付を見た親戚のおじさんが「ちょっと待ってて」と言い、違う部屋へと消えていきました。
その間におばさんが説明してくれました。
「その根付、普段は神棚に置いてあるのよ。おかしいわね、いつ(私)ちゃんの鞄に入ったのかしら」
「あの、私神棚をいじったりしてないです」
散々怒られた後なので、怒られる前に自己申告しました。
「(私)ちゃんじゃ無理よ。高い所だから椅子を使っても届かないわよ」と朗らかに肯定してくれたので、安心しました。
そこへおじさんが戻ってきました。
「それ、家のじゃないなぁ。家のは神棚にあったよ」と、持ってきた根付を見せてくれます。
確かに同じデザインの物でした。私の鞄に入っていた物より古めかしいという違いはありましたが。
男の人に貰ったものかもしれない、とは確信もないので言い出せずにいると、
「縁起物みたいな物だから、折角だから持って行きな。いいよね、おじさん(祖父を指します)」
と、鞄に入っていた根付は私が貰うことになりました。

暫らくしてほとぼりが冷めた頃に、根付のことについて祖父に聞きました。
以下は祖父から聞いた話です。

祖父の祖父の代まで、祖父の家系はいわゆる任侠一家の親分さんだったそうです。
しかし、祖父の祖父が財産を山二つ分食いつぶし、それを見て育った祖父の父は一家を辞め商店を経営することに。
その時に、『家業が変わっても絆は変わらない』というような意味合いで作られ、一家の者に配られた物だそうです。
祖父の父の遺言により、14人も居る祖父の兄弟は誰一人そういった道に関わっている人が居なかったため、
全く気が付きませんでした。
父もこの日初めて知ったそうです。

ここからは私の予想でしかないのですが、あの男の人は、祖父の父の代で生きていた人ではないかと。
そして祖父の父を大事に思ってくれていた、一家の一人ではないかと思っています。
家業をやめてまで選んだ道は正しかったのか、疑問に思ったまま亡くなった方なのではないでしょうか。

私に霊感はなく、あんな怖い物を見たのも、不可思議な体験をしたのもこれ一度きりですが、
白昼夢ではなかったと思っています。
今でもあの根付は毎日持ち歩いています。
挫けそうになった時、側にあると不思議と頑張れる気がしています。









煙突から、煙草から、焚き火から…もくもくと上る煙。
珈琲の湯気がゆらゆらと立ち込める。
ここは鶴田珈琲。話しているのは馴染みの客、忍だ。
忍はそれらが怖いのだと言う。
「そんなのに怖がられちゃウチも商売できないねぇ」と、鶴田珈琲の店主が笑う。
しかし忍の顔は至って真剣だ。
この頃学校界隈で流行りの怪談なのだそうだ。目撃例もあるという。
「何気なく空を見て、ふと気づくと、怨めしそうに顔が浮かんだ煙が現れるのですよ」
それでも店主は笑う。
「そう言えばそんな妖怪いたかねぇ。
 確か名前は…」
ガチャ
店主が名前を言いかけた時、店の戸が開いた。
同じくこの店の馴染み、藤宮だ。
忍を見かけるなり藤宮は薬指の爪を触った。
「おや、忍さんですね。今日は啓子さんはご一緒では?」
山高帽を取って藤宮が尋ねた。
「まぁお久しぶりですおじ様。啓子は他のお友達と一緒に春祭りに言っていますよ。
 おじ様も、一緒に行きますか?」

それを聞いて藤宮は、顔には出さないが少し困っているようだ。
この街の春祭りは、桜並木の下行われる小さな祭りだが、的屋も店を構えた賑やかな祭りだ。
藤宮は喧騒が苦手なのである。
「そうですね、時間があれば考えておきましょう」
そう言って藤宮は銀時計を見た。この時計は藤宮が帝國大學を卒業した際に天皇陛下から下賜されたものである。
「あっ、そんなことより店主さん。その妖怪何て名前なんですか?」
思い出したように忍が聞く。
妖怪?年頃の娘が一体何の話をしているのだと藤宮は怪訝に思ったが、口には出さなかった。
「そうそう、煙に顔が浮かぶ妖怪…確か名前は『煙羅煙羅』」
「えんらえんら?」
どこか間の抜けた名前に、忍は苦笑している。
ここが平成の世なら『マジウケるんですけど』と形容されたろうか。
しかし藤宮はそうは思わなかったようだ。
「エンラエンラ…」
藤宮は勢いよく立ち上がった。
「私はその名を記憶しています」
そう言って藤宮は、自身の身体をベタベタと触り始めた。こうなると止まらない。
「忍ちゃんはもう知ってたっけ?」
「えぇ。おじ様は記憶を身体にしまってらっしゃるんですよね」
二人は別段驚くこともないが、
藤宮は身体の各部位に記憶をしまいこむことで、その出来事を完全に忘れる事がないそうなのだ。
一頻り身体を触り終えた藤宮は、急に納得して席に座った。
何事もないように落ち着いている。
思い出せなければ落ち着かないが、思い出せばこの通りである。
「まさか、あの煙を見たのですか?」
藤宮は忍にそう聞いた。何かを知っているようだ。
「いいえ。そんな噂があるのです」
それを聞いて藤宮は安堵した。
「おじ様何か知ってらっしゃるんですか?」
気になった忍は藤宮に聞いた。
しかし藤宮は話したくない様子だ。
「何か知ってらっしゃるのなら聞きたいです」
「しかし…」
藤宮は困っている。
「私、おじ様の話好きです!」
キラキラした忍の目に、藤宮はしぶしぶ話し始めた。
「では、下らない作り話だとでも思ってください。
 あれは私が士官学校で教鞭を執っていた時のことです…」
藤宮の話が始まった。




訳あって人より少しばかり記憶の多い藤宮は、しまっておいた記憶を懐古し始めた。


桜咲き誇る春。あれはちょうど卯月の頃だったろうか。
藤宮は陸軍士官学校にて教鞭を執っていた。
在学中は英文学科専攻で、勿論英語を教えていた藤宮であったが、この頃とある疑問を抱き始めていた。
海外に赴いたこともなく、ネイティブな発音を知らない私が、居丈高に知識をひけらかしていいものだろうか?
といった事であった。
藤宮はこの頃声の大きくなった所謂個人主義の人間で、
愛国心が無いわけではないが、お国の未来がどうと気にする事もない。
しかし、自分でなくともやるべき人間は必要と考えているため、
また単純に生徒個人に対してしっかりとした教育を心がけたい、と責任に感じていたのだ。
藤宮は思考から逃げない人間なのである。
授業が終わり、この日も藤宮はそんな考え事をしながら帰宅するのである。
教員用の駐輪場に向かう際、ごみ捨て場があるのだが、そこで藤宮はある男に声を掛けられた。
「すみません。そこのゴミ、売ってくれませんか?」
男の目線は生ゴミが入った袋を見ている。
一体ゴミに何のようがあるのだ?そう疑問に思った藤宮は、「何故ですか?」と率直に聞いた。
「へへ。私は残飯屋でして…」
残飯屋…
この時代、特需により好景気に湧いていたが、
その反面仕事を求めて都市に赴いた人々が職に溢れて、仕方なく貧民窟(スラム)を形成していたのだ。
残飯屋とは、こういった学校などの学食の残飯を安い値で買い付け、貧民窟の住人に売り付ける商売であった。
しかしこの男、残飯屋ということは貧民窟の住人。しかしそれにしては身なりが小綺麗だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
この街に赴任したばかりとは言え、同じ土地に貧民窟があることを藤宮は知らず、むしろその事を恥じた。
「売るなどとはとんでもない、差し上げます」
藤宮はゴミを男の荷台に運んだ。
それにしてもすごい量である。
聞けば貧民窟は、ここから近い距離でもないらしく、
特に憐れみだの蔑みだのといった他意はない藤宮であったが、荷台引きを手伝う事にした。
この男の名は坂上と言った。
児童小説家を志すも挫折、やることもなく貧民窟に住み始めたのだそうだ。
「私が児童小説を書きたかったのはねぇ、結局子供が好きだからでして…
 志し半ば故郷に帰ろうとも思ったんですがね、貧民窟に身寄りのない子供達がたくさんいて、見てらんなくて。
 今じゃ残飯屋なんてやりながら、大所帯ですわ」
照れくさそうにへへと笑う坂上に、藤宮は大層感心した。
聞けば坂上は、貧民窟でひもじい思いをしている親のない子供達、十名程の世話をしているというのだ。
残飯ではあるが、子供達のためとりあえず食うに困らないこの仕事を選んだのだろう。
私は彼程の愛情を生徒達に向けられているのだろうか?いや、遠く及ばない。
恥を噛みしめながらも坂上と談笑した。
話してみれば、何となく馬の合う男だ。

藤宮と坂上が、この頃台頭し始めた江戸川乱歩の話に夢中になっていると、そこでやっと貧民窟に到着した。
淀んだ空気の場所だった。
住人は皆、二畳ほどの住居で生活していた。
まさに吹きだまりといった所か。
初めての光景に多少驚いた藤宮に、坂上が指さした。
「あそこが私の家です」
指の先を見ると、そこには他の家より大きな木造建物があった。十分立派な家だ。
それもそうかもしれない。十名も子供を引きとっているのだ。
「ただいま」
そう言って坂上が戸を引くと、そこには本当にたくさんの子供達がいた。
「お帰りなさい」
子供達はどことなく元気がなかった。
「飯を持ってきたぞ」
坂上が袋を掲げると、子供達はぞろぞろと集まり始めた。
しかし部屋の隅、三人の子供達はその場に座って動こうとしなかった。輪になって座っている。
何をしているのか気になって、藤宮はそこを覗き込んだ。
三人が何かを囲んでいるようだ。
お櫃?
黒ずんだお櫃を、三本の竹の棒で支えた物を囲んでいる。
お櫃は不安定で、こくり、こくりと傾いている。
あれは確か…
「あれはこっくりさんです」
こちらに気づいた坂上がバツの悪そうに言った。
こっくりさん。確かテーブルターニングという西洋の占術に起源を持つものだ…。
「古書など集めるのが趣味でして、そこで得た遊びの知識を子供らに教えたら、痛く気に入りましてね」
すると三人のうちの一人の子供がこちらに駆け寄ってきた。
「おじちゃん。史郎くん占いで探してたんだけどね、こっくりさん全然来ないの。
 全然史郎くんどこにいるか教えてくんないの」
史郎くん…この家の子なのだろうか?
「ねぇねぇ、史郎くんどこに行ったの?」
子供は坂上の袖を引っ張るが、坂上が顔を背けて何も話さない。
「ねぇ、史郎くんどこ行ったの?
 おじさん、史郎くん知らないの?
 あのこと気にしてるのかな…
 史郎くんの背中……」
「やめろ!!」
子供が何かを言いかけた時、怒号が響く。
子供の手を振り払い、坂上が叫んだのだ。
先程までの優しい表情は見えない。
一瞬垣間見えた坂上は、鬼の形相であった。
部屋の片隅でこくり、こくりと頷くように傾いたお櫃が地に落ちた。



藤宮は耳たぶを触った。
耳に残った昨日の坂上の豹変が忘れられなかったのだ。
その後取り繕うように笑顔に戻り、平然と子供達の名前を紹介する様は不自然と言う他なかった。
気になると止まらない、それが藤宮の性だ。

その日の授業を終えた藤宮は、件の貧民窟に向かうことにした。
「お邪魔します」
藤宮が戸を開くと、そこには子供達がいた。坂上の姿はない。
「坂上さんはいらっしゃいませんか?」と尋ねたが、子供達は無言だった。
妙な違和感を感じる。
藤宮は耳たぶを触った。
確かに十名、十名の子供がいるが違和感…遠子、五平、広太、兵蔵、日佐江、玉雄、寛、泰一郎、洋太…あとは……。
やはりおかしい。多助がいない…。
奇妙に思っていると、一人の子供が話し掛けてきた。日佐江だ。
「多助はいないよ…」
いない…?
多助は昨日、坂上に怒鳴られた子だ。
言いようのない不安が過る。
「おじさん、遊ぼう」
曇った表情を見せる藤宮に、子供達がかけよってきた。
「こっくりさんしよう」
子供達は無邪気に言う。
小さな力で引きずられた藤宮は少し困っている。
「天気も悪くないのです、外で遊びませんか?」
そう藤宮が提案するも、子供達は俯いている。
「おじちゃんに、外出ちゃいけないって言われてるから…」
子供達の困った笑顔に耐えきれなくなった藤宮は、持参した本を手にとった。児童用終身書である。
「では勉強はどうでしょう?」
満足に教育を受けていない子供達に、藤宮は読み書きを教えるつもりで来たのだった。
「モモカラ タマノヨウナ ゲンキナ オトコノコガ ウマレマシタ」
聞いたこともない奇想天外な話に、子供達は目を輝かしている。
藤宮は思った。
士官学校にて知をひけらかしているのではなどと悩むのは、それ自体傲慢な事。
自分の持てる及ばない知識を、何も知らない子供達はこうも熱心に聞いてくれる。
藤宮は嬉しかった。
しかし、一人だけ輪に入らない子がいた。日佐江だ。
部屋の片隅で、石を転がして遊んでいる。
「日佐江さんも一人で遊ばず、一緒にご本を読みませんか?」
藤宮が問いかけるも、日佐江は一度こちらを見て、また石を転がし始めた。
「私、字、読めるから。
 それに、一人じゃないから。
 ね、恭子、正夫…」
そう言ってまた石を転がした。

それからというもの、藤宮は暇があれば家に出向いて子供達に読み書きを教えた。
いつ来ても坂上はおらず、聞けば飯を届けにくる夜まで戻らないという。
日佐江はと言うと、相変わらず勉強の輪に入らず、
本当に読み書きができるのか、驚くべきことに坂上の難しい古書を読んでいる。

その日も藤宮は子供達の家へと向かった。
すると道すがら、懐かしい顔に声をかけられた。
「よう、藤宮じゃねぇかよ」
鶴田だ。
鶴田は帝國大學時代の友人だ。
変わり者で、軍へ入隊したかと思えばすぐに退役し、今では僧となって全国を行脚しているという。
「久しぶりだな、酒でもやらんか?」
生臭坊主とはこの男の事である。
「所用がある」
そう断るのだが、鶴田は強引だ。
「そういえば、ここらで春祭りがあるそうだ。どうだ?そこへ行くか?」
どうだ、とは聞くが鶴田は強引な男、藤宮は仕方なく少し付き合うことにした。
この街の春祭りは、桜並木の下行われる小さな祭りではあるが、的屋も店を構える賑やかな祭りだ。
喧騒が苦手な藤宮は、少し憂鬱だった。
桜がひらひら散る中、二人道を行く。鶴田がする下らない話はどこか藤宮を和ませる。
すると、桜の木の陰に子供が隠れていた。
「おじさん…」
日佐江だ。
貧民窟はここからそう遠くはないが、どうしてこんな所に?駆け寄る藤宮を見て鶴田は笑った。
「お前の子か?子供嫌いだったお前がねぇ」
訂正する意味のない時間は無駄だ。
「一人でいるのですか?」
そう藤宮が尋ねると、日佐江はこくりと頷いた。
そして、手に持った小石をじゃらじゃらと鳴らし、
「お祭りに連れていって…」と言うのだった。
どこか大人びて難しげな本も読むが、やはり無邪気な子供。
そう思うと、嬉しくなった藤宮は日佐江を祭りに連れて行くことにした。

賑やかに店が立ち並ぶ春祭り。
しかし日佐江は関心なくすたすた進む。
一つ一ついちいち反応する鶴田と、一体どちらが子供か知れないと藤宮は苦笑する。
「あれ…あれ見たい」
日佐江が指差した。
見世物小屋だ。
おどろおどろしい垂れ幕に、こんなものを子供に見せていいものかと思った藤宮だったが、
初めて日佐江が意思を示したようで、どうしたものかと迷ってしまった。
などと考える間に、
「いいねお嬢ちゃん、行こう行こう」と鶴田が手を引いて行ってしまった。
「お代は後で結構。
 さぁベナだよベナ」
テントの中で、男がひっくり返った鍋を指している。
周りの客は文句を垂れているが、鶴田は笑っている。
「さぁ世にも恐ろしい大鼬だよ」
男は血のついた大きな板を指している。
藤宮は意味は理解できるが、面白さは理解できなかった。
日佐江もあまり楽しそうではない。
「さぁさぁそれでは皆さんお待ちかね。
 今からお目にかかるは本物の怪異。
 我々が捕獲した妖怪、猩々のお出ましだよ」
猩々とは確か中国の猿の妖怪。どうやらこの見世物小屋の目玉なのだろう。
さして期待する訳でもないが、藤宮は見入った。
すると手を縛られた小さな男がとことこ舞台を歩いてきた。
顔には出さないが藤宮は驚いた。
顔中から背中にかけて、手足に至るまで、人とは思えないほどの赤茶けた獣のような毛が生えている。
あまりの様相に観客は息を飲む。
すると、先程まで笑っていた鶴田の顔が強ばった。
「何てことしやがる…
 ありゃ邪法じゃねぇか…」
ギリッと歯を噛むように鶴田は言った。
「邪法?」
藤宮が鶴田を見て聞いた。
「あぁ、俺は今そんな商売してるから知ってんだ。
 あれはただの子供だ。
 間違った呪いをして、動物の霊に憑かれたんだろう。
 あぁなっちゃもう長くねぇぞ…見世物にするなんざ胸くそ悪ぃ」
そう言って鶴田はテントを出ていく。
呪いについての知識がない藤宮でも分かる、何か狂気めいたものがそこにあった。
これ以上見せまいと、日佐江を引っ張る。
「行きましょう、日佐江さん」
しかし日佐江はそこを動こうとしない。
舞台を食い入るように見ている。
そしてポツリと呟くのだった。
「ここにいたんだね、史郎…」
日佐江は振り返ってゆっくりとテントを出た。
一人残された藤宮に悪寒が走った。



藤宮は子供達の家に走った。
着ていた服はボロボロだ。
見世物小屋の主人に、史郎に会わせてくれとしつこく付きまとって殴られたのだった。
殴られたなど、そんなことはどうでもいい。
邪法…鶴田はそう言っていた。
きっとそれは、子供達がしていたこっくりさんの事だ。
こっくりさん自体、西洋のテーブルターニングを日本流に間違って行う呪いだ。
それが災いしているとしたら…いや、それが仕組まれたことだとしたら…。
ともかく藤宮は子供達の顔を見て安心したかった。

貧民窟の家に赴き戸を開く。
すると中には日佐江だけが独り座っていた。
「日佐江さん、みんなは?」
藤宮が駆け寄るが、日佐江は表情一つ変えない。
「もう…行っちゃった。
 みんな背中から毛が生え始めたから、売られちゃった」
日佐江は小石を転がしている。
「売られた…?」
藤宮は目眩がした。
「まさか、坂上に…君達は坂上に邪法を…やらされていたのか?
 君は、君は何ともないのか?」
恐ろしくなった藤宮は恐る恐る聞いた。
「私は何ともない、こっくりさんしてないから…」
表情に出さないが日佐江はどこか悲しげだ。
「私は坂上の慰み物だから、売られない」
藤宮は戦慄を覚えた。
まだ年端も行かぬ子らを食い物にし私服を肥やす、これが人の所業と言えるだろうか。
坂上に感心していた自分にすら嫌悪した。
「ここを出ましょう」
藤宮は日佐江を優しく抱きしめた。
「うん、私出ていく。
 でも、やらないといけないことがあるの」
そう言うと日佐江はまた石をコロコロ転がした。
「恭子、正夫、史郎…本当にいいんだね?」
何かをぶつぶつ呟く日佐江に、何も言えず藤宮は立ち尽くした。
引き摺ってでも日佐江を連れていこうとしたが、頑として動かない。
狂気の内に育てられたこの子に、自分は何もしてやれない。
忘れよう。
そう思い藤宮は思考から逃げた。
瞼にこの記憶を奥深くしまい込んだのだ。
目を閉じたくなる現実を。
瞼を閉ざす。

藤宮は知らぬことだが、貧民窟にあった子供達の小屋は人知れず取り壊されていた。

藤宮が記憶をしまい、忌まわしい出来事を忘れてから二月が過ぎた。
藤宮は論文に必要な文献を探すため、行きつけの古書店に訪れていた。
商店街にある古書店なのだが、喧騒が嫌いな藤宮もこの商店街は何故だか好きだった。
きっと故郷に似ているからなのだろう。
そう思いながら歩いていると、射的屋から出てきた女連れの男とすれ違った。
射的屋とあるが、隠れて商売する売春屋だ。
しかし妙なのは、男の顔に見覚えがあることだ。
気になると藤宮は止まらない。
その場に立ち止まり、身体から記憶を探り始めた。
頭から順々に触り瞼に触れて、やっと思い出した。
坂上だ。
思い出した瞬間、憤怒が沸き上がる。
何かを考える間もなく後ろから坂上を殴りつけた。
突然の事に倒れた坂上に女は慌てている。
坂上がこちらに気づいた。
「何だ?いつぞやの先生か。
 いきなり殴るなんてご挨拶だね。
 話があるならあちらにいこうや」
坂上が親指で路地裏を指す。
普段落ち着いた藤宮も、この時は我を忘れていた。
もともと喧嘩もロクにしたことがない藤宮だ、案の定ボロボロになるまで殴られた。
「あんたに何か言われる覚えはねぇよ。
 何を知ったか知らねぇが、人がどんな商売しようと勝手だ」
藤宮は悔しかった。喧嘩など野蛮な人種がすること、そう思っていたが、やらなければいけない時が確かにあったのだ。
地に伏せて何もできない自分を嘆いた。
その時である。
坂上が何かに驚いている。
「日佐江じゃねぇか…」
ボロボロの藤宮の後ろに日佐江がいた。
日佐江も同じくらいボロボロの服を着ている。
「なんだ、勝手に出てったと思えば今さら何だ?」
無表情の日佐江から怒りが感じられる。
「何だ?お前もこいつみたいに俺に用か?
 お前だけは良くしてやったじゃねぇか。
 それともあれか?俺が忘れられねぇか?」
汚く喋る坂上に、日佐江はじりじりと詰め寄る。
「みんな…友達だったから…」
そう言うと、日佐江は持っていた巾着袋からじゃらじゃらと石を撒いた。
「いいよ、みんな」
日佐江はやっと悲しそうな表情を浮かべる。
すると無数の小石から、もうもうと煙が立ち上った。
「な、何だこの煙は!?」
不思議な事に、煙は天に帰らず、藤宮を通り越して坂上の近くにまとわりついた。
「な、何だ…?
 あっ!
 熱っ、熱い!?
 熱い、焼けるっ…!!」
煙の中の坂上がプスプスと音を上げ苦しみ始めた。
不思議なことに、火もなく蛋白質が焼ける独特の臭いがする。
「熱い、助けてくれ。
 日佐江…
 日佐…」
段々と炭化し黒くなっていく坂上。その恐ろしい様を藤宮は言葉なく傍観していた。
そして見つけたのだ。
耳たぶを触る藤宮。
あぁ、確かにそこにいる。
遠子、五平、広太、兵蔵、、玉雄、寛、泰一郎、洋太、多助…。
あの時の子供達の顔が、煙に浮かんでいるのだ。
プスプスプス
煙が風で飛んでいった。子供達の顔と一緒に…。
するとそこには、真っ黒な焼死体が一つあった。
おぞましいそれを尻目に、藤宮は日佐江を見た。
「日佐江さん、これは…一体?」
日佐江は小さな声で言った。
「私は字が読めるから。
 本で読んだから。
 あいつにも呪いをかけた」
日佐江はパサッと本を落とした。
去ろうとする日佐江に藤宮は言う。
「すみません…日佐江さん。
 私はあの時、逃げた。
 現実から逃げて、忘れようとした。
 すみません」
意味のない事かもしれない。しかし藤宮は謝らずにはいられなかった。
すると日佐江は振り返ってにっこり笑った。
「逃げても、いいと思う…
 逃げても、逃げた道を忘れなければ。
 私は、これから、忘れずに…そうやって生きていく…」
藤宮が次に気づいた時、日佐江の姿はなかった。
忘れまい。
藤宮は再度この記憶を瞼にしまった。





「おじ様、それが煙羅煙羅なのですか?」
忍が興奮気味に聞いた。
舞台は再び鶴田珈琲に戻る。
「煙羅煙羅…煙という字は正確ではありません。
 日佐江さんが落としていった古書を見て、私も後から知ったのですが…
 正しくは『閻羅閻羅の呪法』」
藤宮は紙に字を書いて伝えた。
「閻羅とは地獄の主の別称です。
 巾着に入っていた石は、死んだ子供が行き着く賽の河原の石を模した物でしょう。
 それを依代に、地獄の業火の煙となって舞い戻ってきたのです。
 あの世の安寧を犠牲に…
 恐らく日佐江さんは、獣憑きとなり死んだ子供達と一緒に、復讐を果たしたのでしょう」
忍は悲しそうな反応を見せている。
だから藤宮は話たくなかったのだ。
「逃げた道を忘れなければ…日佐江さんが別れ際言っていた言葉。
 人を呪わば…などと言うくらいです。
 坂上は自らが行った、おぞましい邪法とも言える行為のしっぺ返しを食らったのでしょう。
 そしてその後の日佐江さんも…」
藤宮は思い耽るように煙草に火をつけた。
寂しそうな顔をする藤宮に気を遣うように忍は言う。
「ごめんなさい、無理に話させてしまって」
「いえ、私も思い出さなければならない話だったのです」
藤宮は煙を静かに吐いた。
「じゃあ行きましょう、春祭り」
「私おじ様に元気になってもらいたいです」
藤宮は喧騒が嫌いなので、元気になることはないのだが、その心遣いが嬉しかった。
「ありがとうございます、ではご一緒しましょう」
藤宮は吸ったばかりの煙草を消した。
「早くおじ様」
袖を引っ張られて、世話しなく鶴田珈琲を後にした。

「啓子!」
賑やかな祭りの中、忍が啓子を見つけて手をふる。
「ズルい。おじ様と一緒にいたのね」
やはりどこかかしましい二人に、藤宮は和む。
啓子と忍が友達と喋っている。
その内、機を見て藤宮は一人帰ることにした。

春祭り、あの見世物小屋、史郎くんを思い出す。
すると奥まった場所に、見世物小屋があることに気づいた。
「あれは…」
史郎くんがいるのでは?
そんな期待はなかったが、何故かいてもたってもいられなくなった藤宮は、その見世物小屋へと入った。
「さぁ大鼬だよ」
男が血のついた大きな板を指す。
何年たっても変わらないようだ。客の反応すらも。
藤宮が立ち去ろうとした時だった。
「さぁさぁ皆様お待ちかね、蛇女だよ」
男が指差す先には一人の女性がいた。
手に蛇のような鱗がある女性だ。
藤宮は目を白黒させた。
見覚えのある顔…。
日佐江だ。
「さぁさぁ今からこの蛇女、こちらの蛇を…」
日佐江も藤宮に気づいたようで驚いている。
「日佐江ちゃん、何やってんの?お客さん退屈しちゃうよ」
男が慌てて耳打ちした。
日佐江はこちらを見て、にっこり笑った。
「日佐江さん…」
日佐江さん、あなたは、忘れていないのですね。
逃げた道を忘れずに生きていく…いつでもあの子らを忘れない見世物小屋というこの場で。
なるほど。巡業でこの街に来た日佐江さんに皆もついてきたのだろう。
藤宮はテントを出た。
先程吸いきる事のできなかった煙草に火をつけた。
煙草の煙が目にしみたのだろう。
日佐江の記憶がしまってある瞼に涙が滲んだ。


さてさて邪法の記憶はここまで。
それでは皆様、また藤宮が何かを思い出す時お会い致しましょう。






↑このページのトップヘ