【閲覧注意】怪談の森【怖い話】

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カテゴリ: ホラーテラー




アパートに帰り着くと郵便受けに手紙が入っていた。色気のない茶封筒に墨字。間違いない泰俊(やすとし)からだ。
奴からの手紙もこれで30を数える。今回少し間が空いたので心配したが元気そうだ。宛名の文字に力がある。

部屋に入り封を切る。封筒の文字とは裏腹に手紙の方の文字には乱れがあった。
俺は手紙から目を離し、何かを思い出そうとした。



俺は慣れない運転でいささか疲れを感じ始めていた。山深い田舎のクネクネと曲がりくねった道。緑が美しく思えたのは最初の一時間程だ。
助手席の泰俊(やすとし)は運転を代わってくれる素振りを見せない。
いつもはコイツが車担当(運転)だ。
堪らず少し広くなった道脇に車を止め、どうした?って顔の泰俊に言った。

「運転代わってくれ!!」
「康介(こうすけ、俺)・・俺は今、免停中だ。法を犯すことは出来ない。」
と言って合掌しやがった。こいつは寺の長男で将来は坊主だ。そして色んな意味で頼りになる。

「くぅ~。お前。スピード超過で一発免停喰らっといて言う言葉か?それが?それでも坊主か?」
とくってかかる俺。
「俺はな反省してるんだよ。康介。二度と過ちは犯すまいってね。そんな俺をそそのかすお前は何だ?恥を知れ!!悪魔め。」
と涼しい顔で前方を指差す。

そこにはOOOまであと4キロの古びた看板。OOOは今回の目的地だ。

「ここまで来ておいて投げ出すとは・・・情けない奴だよな。仕方ない。お前の為に俺は再び罪を犯そう。」
 とため息をつきやがった。

俺は一言……
「もういい。運転する。」としか言えなかった。
なんだかんだでメチャクチャ長い4キロを走破して俺達は目的地の町(村?)に着いた。
ここでもう1人の友人であり、ここの出身者でもある友明(ともあき)と落ち合うのだ。

約束の場所は小学校の跡地。すぐにわかった。
会う人みんな年寄りばかりで、20代の若者は俺達だけって勢いで思いっきり過疎化って感じだが、みんな明るく朗らかだった。
友明がニヤニヤ笑いながら近づいて来る。

「お疲れさん。お?康介が運転か?んじゃもう少し休憩して出発するか?」

俺 「え?ここじゃねぇの?」
友明 「ん?ゴールはこっから一時間くらいの山の中。」
「友明・・運転・・」
「俺、ペーパー。危ないよ(笑)」

やっぱり今回の旅は調子が狂う。いつもは俺等三人が何らかの役割分担をし、お互いワイワイ楽しんだものだ。
だが今回に限り泰俊はダンマリだし、友明は何となく緊張している。

騒いでいた俺は運転で疲れ果てている。なんか違うだろ?
そう。 今回は観光でもバイトでもナンパでもない。

俺達は魔物を「封じ」にここへ来たのだ。


事の始まりは春、まだ少し寒い頃だったと思う。
部屋で泰俊とゲームだったかDVDを観ている時に、友明が訪ねて来た。

珍しく神妙な面持ちでチョッと力を貸してくれないかって言う。
なんだ彼女と喧嘩したのか?と言うとニカッと笑って「違うって」と言い直ぐに真顔に戻った。ちょっと驚きを感じて話を促すと、

「俺の地元の寺の住職が危篤なんだよ。」 と話し出した。

何でも友明の家はその地元の寺を支える四家の内の一家で、寺の住職が亡くなった時にある「御役」というものが代々あるとの事だ。
御役には四家の家長が着くのだが、友明の親父さんは病気か怪我で御役を務める事が出来ず、息子の友明が代行する事となったそうだ。

しかし正式な家長ではないので介添え人を三名まで付ける事が許されるのだと言う。しかし御役自体、特殊な行為を伴うらしく、
地元では介添え人が見つからず、異例中の異例という事で部外者の協力も可という事になったらしい。

俺は真っ先に思ったことを口にした。

「まさか、今の時代に坊主のミイラ造るの手伝えっての?」

友明は笑いながら、
「まさか・・・死人相手ならまだ楽。相手は魔物だよ。住職の死肉を喰いに来る魔物の封じが御役なんだ。」
と恥ずかしそうに言った。

しばらくの沈黙……

俺 「嘘だろぉ~」 

友明 「いや、マジ。お前等は何もしなくていい。多分ただ見ているだけで終わると思う。ただ多少決まり事があるからその話合いを他の三人の御役として、その通りに動けばいい。俺達が魔物に襲われる事は絶対にない。最悪、熱出して2~3日うなされるだけ。」

正直、なんかこうもっとアクションがあると思った。こういう場合決まって御札で守ったり、呪法があったり、結界が……。
そんなものはこれと言ってないそうだ。ある場所から魔物が出てくるから、それをある方法で封じるだけ。俺達介添え人はその場にいるだけでOK。単なる魔物見物だ。
ただし、見える見えないには個人差があるという。俺は好奇心で行くことを決めた。多少、霊感のある泰俊が考え込んでいたので少し不安になったが結局、泰俊も行く事になった

介添え人は俺達二名と決まり、友明は先に地元へ帰るという。

後日、地元へ帰る友明を駅まで見送りに行った。
友明は俺達に連絡したら直ぐに来てくれと念を押して電車へと乗り込んだのだ。
俺はとっさに、「あ、相手の名前なんてぇの?」と聞くと、友人は歪んだ笑顔を向けただけだった。

駅からの帰り道。泰俊は終始無口だった。この男の性格は決して暗くない。実家が寺だとは信じられないくらい明るいのだ。
「友明の奴なんで魔物の名前教えなかったんだ?」

空気を読めない俺は、多分、泰俊が無口になった原因の真ん中ストライクをズバリ聞いてみた。
泰俊は俺の顔をマジマジと見つめて、

「お前は馬鹿そうに見えるが、いざという時には頼りになる。今回のアイツの頼み事はお前が要になるかもな。」
「俺ってそんなに馬鹿そう?てか友明は危険はないって言ってたじゃん。」

俺が頼りにしている相手からの思いがけない信頼にちょっとビックリしながら言うと、

「あいつは女には嘘をつくが、俺達には嘘をつかない。でも危険がないならなんで地元の人間が見つからない?俺達の業界でも忌まわしきモノの名は口に出さない。アイツが名前を教えなかったのは俺達の仲をもってしてもはばかられるモノだからとしか考えられん。
坊主が死んで出てくる奴だ。坊主の端くれの俺には相性が悪すぎる。」

「泰俊。じゃ~なんでお前この話受けたんだよ?お前の話聞いたらマジでヤバそうじゃん。今からでも断るか?
「お前な・・友明は俺達が行くって事になって初めて帰る決心がついたんだよ。アイツは地元の決まりから逃げられないみたいだからな。お前は知らないが俺は友明を裏切れない。」
「俺だってそうだよ。友明を助けたい。(80%は好奇心)でもお前はヤバいだろ?」
「今この決断で俺は親友を失いたくない。」
「泰俊……」

こいつの一言が俺の80%の好奇心をそのままそっくり80%のいや85%の恐怖心へと変化させていった。魔物見物。ちょっとした肝試し程度しか考えていなかった。
無口になる俺。

「お前って単純馬鹿だよな。実際。本当にからかい甲斐があるよ。」
いつもの笑顔で泰俊が言う。

「馬鹿にするな!」 とやり返し膨れてみせる俺。

話題は昼飯と女のことに移ったが俺の中の恐怖は何となく残ったままだった。

山門のあるチョッと立派な寺だった。入り口の前の広場に車を停め歩いて行くと寺内から60代くらいの男の人が出てきた。

「友明君、彼等が介添え人の方達かな?」

友明がそうだと応えて紹介しようとすると、その人は片手を挙げて制し、「名前なんてお互い知らなくていい。」 と続けて言う。

「ここでの事は原則、他言無用。しかし喋りたければ自由にしていい。どうせ誰も信じないからね。私自身、未だ見えないから。でも音だけは誰でも聞こえる。だからソレがいる事はわかるんだよ。さて、他の二人の御役が住職を見ているので、私は君達にこれからの事を簡単に説明する。この事の『云われ』や経緯は『封じ』が終わってからゆっくりと友明君からでも聞きなさい。じゃ~こっち来て。」

この人の言い方には最初「カチン」ときたが、後から俺と泰俊の身を心配してくれていた事を友明から聞いて知った。

連れて行かれたのは寺の左側の裏にある石造りの古い井戸。
木製の棒が口を塞ぐように滅茶苦茶に置かれ、その上に竹製のカゴの様な物で覆われていた。この井戸に魔物が封じられていて、無秩序と秩序で封をしているとの事だった。

しかし、この封は住職が死んで七日目の夜に解け、中から魔物が住職を喰いに出てくるそうだ。要するに直接の俺達の仕事は新しく封をする事で、新しい木製の棒を井戸の口にランダムに置き、その上にカゴ(カゴメというらしい)を被せるだけ。
ここで木の棒はキャンプファイヤーの時のように歪な格子状に置くのだが、一段目に七本。二段目に七本というふうに全部で七段組むように言われた。ただし六段目のみ八本の棒を使うように指示され、その八本目の棒一本のみ特別で何かの呪いが仕掛けているとの事だった。

残りの四十九本の棒はこの一本を護るダミーだ。ちなみに何段目にその一本を入れるかは毎回異なり、しかも一度封をしたら後は古くなって朽ちるにまかせるだけだという。次回の封は次の住職が亡くなる前にして、亡くなると再度、封をする。住職が亡くなる前後二回のみ井戸に
封じをするという事らしい。道理で木の棒が新しい訳だ。
一つ疑問に思ったので聞いてみた。

俺 「この封じをする時は、俺達居なくて良かったんですか?」

おじさん 「いきはよいよい、帰りは怖いってな。この封じは住職が死ぬ三日前に造ったもので「死蓋」(しにぶた)と言ってあまり力が無いんじゃよ。棒も一本足らん。住職が死んで力が強くなった魔物を再び封じる為にワザと破らせるものだ。そこで君達に組んでもらうモノは「生蓋」(いきぶた)。これは本当に出られんようにする封じじゃ。これが大切。」

「生蓋」をするのは「御役」の四人の中の一番若い者の仕事で当然、友明な訳で俺達な訳だ。大体の俺達の役割は理解出来た。多分いや絶対一番重要な役だ。(友明はともかく俺達二人はサポートだが・・)

おじさん「それじゃ本堂に行って住職を拝んでこよう。それからメシだっ。」

夕食前に遺体を見るのは勘弁だったが、普通に棺桶に入っていてチョクで見ることはなかったし、他の二人の御役は座ってお経を唱えていた。
今日で死後六日目の遺体。想像しただけで食欲は無くなったが、それを察した友明が「ちゃんと防腐処理してるから思ってるより綺麗だよ」とボソッと小さく言った。

寺の座敷でくつろいでいる所へ、年配の女の人が握り飯と味噌汁、簡単なおかずを差し入れてくれた。俺等を見ると
「産助殿(さんすけどん)ご苦労さんです。」 と口々に言う。

俺 「さんすけどんって何?」

当然、友明に質問。答えは何故か泰俊から返ってきた。

「多分、産助殿だろう。お産を助けるって意味だと思う。」

友明 「その通り。そんでやっぱ変って思うだろ?」

俺 「何が?」

友明 「だって魔物封じする俺達が産助殿だぜ?」

俺 「あぁ……でも、そうか……」 考えがまとまらない。

泰俊が握り飯をつかみ中に入っている梅干を取出して食べ始めた。
泰俊 「封じの経緯なんか聞きたい所だがヤッパ終わってからなんだろ?」 梅干の味がしたのか顔をしかめた。

友明 「ああ。余計な知識が無くても出来る事だし。アイツみたいに好奇心の塊みたいなヤツは知ったら知ったで何かしそうだしな。」

ワザと俺を見ずに友明が言う。確かに。自分でも納得したが、心の中にいまだある不安というか恐怖というか微妙な感情に俺は気付いた。

とにかく明日の夕方まで暇な訳で、(友明は忙しいみたいだが)俺と泰俊は寺内を散歩して暇をつぶした。そんな時、本堂の仏さん(住職)に線香をあげていると、泰俊が天井の方をジィッと見上げている。
俺も興味を引かれ見てみると横木が渡してあり、そこには木の札が二十数枚張られていた。

「おお~これは!!」と思っていると
「代々のこの寺の住職の名前じゃよ。」 と後ろから声がした。井戸へ案内してくれたおじさんだ。
「右端が初代。この封じの当事者の名だが、なかなか達筆で読めんだろ?確か今回亡くなった住職の二十六~七代前だ。」
言うだけ言うとおじさんは廊下へ消えた。

名札を数えたが二十四枚しかなかった。案外アバウトでホッとした。
だが、泰俊はその初代という人の名札を凝視したまま動かない。

「知ってる人?」
「ああ……」
「ええぇ~マジ?」
「……お前はチョッと引っかかり過ぎ!ワザとかよ?」

笑う泰俊。
今の泰俊には余りにも似合わない笑顔だった。


辺りも暗くなり俺達の部屋にはすでに布団が敷かれてあった。友明は他の御役達と交代で寝ずの番だそうだ。部屋を出るとき
「今夜あたりから『音』が聞こえ出すけど気にすんな。」 とだけ言って行った。

寝て辺りが静かになると直ぐに『音』が聞こえた。

『音』というより『鳴き声』だ。「ミャーミャー」「ニューニュー」みたいなまるで子猫の鳴き声で、猫大好きな俺は思わず跳ね起きる。単純に暇だから遊ぼうと思ったのだ。

俺の膝を泰俊の手が押さえる。痛いくらいに力が入っていた。
「猫じゃねぇ。絶対に外には出るな。」 押し殺したような低い声。
一瞬寒くなり、俺は布団に戻った。甘ったるい、何とか助けてやりたい気分になる子猫の声だ。多分猫好きの人にはわかるだろう。

『声』さえ気にしなければ何という事もなく気がつくと朝になっていた。多分車の運転疲れもあったのだろう。
顔色の悪い泰俊はすでに起きていた。いや一睡も出来なかったそうで、「お前のキモの太さは凄い。」 おはようの挨拶の前の一言だった。

昼になり、いよいよ夕方になって俺はこの件でこれまで一番の衝撃に見舞われた。例の井戸の前の大木に人が吊り下げられていたのだ。
正確に言うと住職の遺体が。

落ち窪んだ目。アゴを縛られているが微妙に開いている口。青白く背中一面黒く変色した体。
どこか物見遊山的な気分は消し飛んでしまった。


俺達は魔物を『封じ』に来たのだ。


住職の遺体には、藁で編んだ「しめ縄」の様なヒモが無数にかけられ地面へと伸びていた。地面は黒く汚れていて多分住職の内容物だと思うが、その割、嫌な臭いはしていない。周りにはCの字型に薪が積まれ魔物が出てきたら隙間口を塞ぎ、住職の遺体を降ろして一緒に燃やすのだそうだ。そして遺灰と住職の遺骨の一部を井戸に入れ封をする。  これで終わり。
単なる変わった火葬に付合わされているだけかも知れない。
地元の人は確かに嫌だろう。

夜の8時頃、それは起こった。
また子猫の声が聞こえたかと思うと、竹カゴのせいで見えにくいが井戸の上にある封の棒が下から突き上げられる様に小さく振動を繰り返している。「ガシャガシャ」と音がするのだ。
しばらくすると1本、2本と棒が地面に落ちだし、その数が20本を越えた頃、今度は竹カゴがバリバリと音を立てた。まるで中のモノが外に出ようとしている様に。

息を止めて見守っていると、「バリバリッ」と一度大きな音をたて竹カゴが地面へと転がった。
「ゴクッ」っと生唾を飲み込む俺。

「ミューミュー」と声が相変わらず聞こえ、ポトポトと何かが落ちる音がして子猫の声はだんだんと吊り下げられた住職の方へ近づいていく。
姿は見えないが、そこには確かに何かがいる。これが魔物だろう。
今更ながらに気付いたのだが、子猫の声は一つではない。何十匹分という声が聞こえている。

俺は幸いにもかがり火で照らされた地面に何も確認出来ない。見えないのだ。いつの間にかあれ程見て見たいと思っていた魔物の姿を見ずに済んで「ホッ」としている自分に気が付いた。
同時に隣に泰俊がいる事に気付き、顔をのぞき込む。

泰俊は今まで見た事もない表情をしていた……。

俺はとっさに腕を取って後ろに下がらせ、泰俊は「ハッ」と気付き、俺に「すまん」と礼を言った。
俺 「お前、まさか見えたのか?」
泰俊 「ああ・・・こいつはヒドイ・・・」
言ってるうちに遺体を吊るした大枝がメキメキと音を立てだした。思わずそちらを見る泰俊。だがすぐに目を伏せる。俺も見たが、風も無いのに遺体がクルクル回りだし、垂れ下がったヒモが不気味に動いているだけだった。

しばらくして、友明を含む4人の「御役」がCの字の口を薪で塞ぎだした。
塞ぎ終えると、お経や鉦を鳴らし住職を吊るしたヒモの元を切って遺体を地面に落とした。「ドシャッ」 何かが潰れた音だ。ふと遺体損壊とかで捕まるんじゃないかと思ったな・・・。

4人の御役は住職の遺体の上に木屑や薪、藁などを入れ火を付けると思いのほかすぐに大きくなり、いつの間にか子猫の声も絶えていた。これからの仕事は遺体が骨になるまでの火の番で、目の前で直に人を焼いている。なるほどトラウマになりそうだ。

明け方近くなってようやく火葬が済み、俺達は火に酔ったみたいにトロンとしていた。多分睡魔もあったと思うが、しかし眠いとは思わなかった。木製の箱にあらかたの遺骨を納め、残った骨は灰と一緒に集められ俺達の所に持って来た。

「さて、これで最後じゃから頼むの。」 おじさんの声。

うなづく友明が遺灰を受け取り井戸の中へ撒いた。残りの3人の御役はお経を唱え続けている。俺と泰俊は友明の所へ行き封の手伝いをし、20分で終わった。


魔物封じ終了。


井戸のかたわらに立ちすくむ泰俊を見ながら俺はビビリも入ったが楽勝と思っていた。辺りは既に明るくなってきている。
本堂の辺りで声が上がり見てみるとメシの用意をしてくれた女の人達が今度は大量の塩を持ってやって来た。自分達も含め庭一面を清めるのだそうだ。布の袋に入った塩を2つもらい、1つを泰俊に渡そうと近づく。泰俊はまだ井戸に居る。

またさっき見せた表情になっていた……

「おい!!泰俊!」 思わず叫ぶ。
ゆっくりとこちらを向き、
「封は終わったんだよな?なぁ……多分……あれは……康介……女の子がいた……」
目を閉じ頭を抱え、
「4~5歳位の裸の女の子。だけど左肩から1本、右の脇腹から3本、蜘蛛の足が……飛び出していた……。それでな……左の首筋に蜘蛛の頭がついてるんだ……。井戸の横に居て……アイツも一緒に封じたんだよな……?。」

俺 「まだいるのか?」

泰俊 「いや……もう居ない……竹カゴを被せたら消えた。」
胃がキューッと締め付けられた。

俺 「だったら……大丈夫だよ。」
何の根拠も無い返事。

その夜、泰俊は高熱を出した。

2日間、友明の実家に世話になり、俺達は帰路に着いた。帰りは友明も一緒で今回のせめてものお礼という事で運転をするとの事。
助手席の景色はまた違うなと余裕を見せる俺。市内に入りシートベルトを握り締め
「ブレーキ!ブレーキ!!」と叫ぶことになるとは、この時は思ってもいなかった。(笑)

帰りの車内で元気になった泰俊は自分が見たモノを絵に描き俺達に説明した。友明は魔物の姿形を知っていて、
「本当に見ちまったのか……」と同情していた。

コンビニのおにぎり大の赤ん坊の頭に人の手足や蜘蛛の足が無作為に付いているらしい。下あごの元辺りから生えていて動きは鈍く、よく引っくり返っていたそうだ。目は何故か皆閉じていて、口は本来ある場所には無く、あごの先の裏に付いていてヤツ等が転んだ時に良く見えたそうで、鳴き声は俺も知っている子猫の様な声。
そんなのが何十匹も住職の遺体に取り憑いていたそうだ。

そして火葬が始まると一斉に鳴くのを止め、目を見開いて血の涙を流しながら御役達を見つめていたと言う。
これを聞いて友明は言葉を失ってしまった。
何故か泰俊は井戸の横に居た『女の子』の話はしない。俺もふれなかったが・・。


俺等は一応、無事に帰りつけたと思っていた……。

俺的に一番危険だったのは、帰りの車内であって『封じ』の一件はちょっとサプライズなイベントみたいなものだ。

俺の部屋で厄払いの酒盛りをする事にした。なんと言っても、今回の『封じ』の「云われ」を友明に聞かなくてはならない。
それで全て終わる。

俺と泰俊は焼酎、友明は缶ビールで乾杯をし友明が語りだす。

「俺も全て詳細に知っている訳じゃない。俺等『御役』4家には、『封じ』は昔話みたいにして伝わっていて、家長にならないと全ては解らない。」
左手にビールを持ち替えツマミをあさる。

「今回、俺は親父の代理だった訳で『封じ』の作法しか新しい情報はない。作法の話をしても泰俊は面白いかもしれないが康介は暇だろうから『御役』に伝わる昔話をしようと思う。」


江戸時代の初め頃の話。大きな戦があってその村の男衆も大勢亡くなった。働き手を欠き、残された村人は餓えに苦しんだという。
それでも戦が無くなり次第にもとの生活に戻っていった。こういう事があったからか、この村では多産で網で獲物を捕らえて放さない『蜘蛛』を大切にする様になったそうだ。

(今でいう「コガネグモ」で地元では「ダイジョウ」と呼んでいた)

そしていつしか蜘蛛の世話は必ず男がし、女は触れてはならない。蜘蛛を殺すことは御法度などの村律(そんりつ)『村の掟』が出来たという。

ある時、この村の名主の家で婚礼があった。隣村から名主の次男坊を婿に迎えたのだ。
若夫婦は仲が良く、妻はすぐに身籠った。名主夫婦も大変に喜び孫はまだか?と言わぬ日がない程だったという。

しかし、隣村から来た婿はどうしても蜘蛛に馴染む事が出来なかった。

ある日、婿が涸れ井戸のほとりを歩いていると見た事も無い大きな蜘蛛がそこにいた。
彼は、これ程の蜘蛛だから家人に見つかれば必ず自分が世話をさせられると思い、蜘蛛を殺して井戸へと捨ててしまう。
それを運悪く身重の妻に見られてしまう。
妊婦のいる家での蜘蛛殺しは御法度であり不吉と考えられていたので、妻は夫をなじった。詰め寄る妻をなだめていたが、揉みあっている最中に誤って妻も井戸へと落ちてしまった。
すぐに助けを呼んだが妻は井戸の中で亡くなっており、惨いことに落ちた衝撃かどこかにぶつけたか腹が裂け赤ん坊が外へ出てきていた。
女の子であったが助からず当時は、水子は供養されること無くそのまま井戸の底に埋められたのだという。

それからしばらくたった夜に「猫の声の怪異」が始まった。

聞く人が聞くと「まんま、まんま」と言っているという。

その内、夜、寝ている間に体を虫に何ヶ所も齧られるという家人が増えていった。傷口は治りが遅く、ヒドイ痛みが伴った。そしてこういった出来事は決まって「猫の声の怪異」があった晩であった為、若夫婦の水子が空腹の余り化けて出ているとの噂が流れていったそうだ。

そしてとうとう婿もこの怪異に遭ってしまう。しかしいつもと違い、齧られるというより喰われると言った方がいい状態で出血もひどかった。
だが、婿本人は痛みすら感じておらず、これ以降他人がこの怪異に遭うことは無くなったが、婿は少しづつ・・少しづつ・・喰われていった・・・。


名主の老夫婦は一人娘を失ってから婿に辛く当たり怪異の対象が婿1人になると婿を実家に追い返した。ところが婿が居なくなると怪異の災いが村中へと広がってしまった。明らかに婿を捜している様子だったので、村のために婿を呼び戻す事になったが、隣村の名主は息子が魔物に喰われていくのを黙って見てはおれず申し入れを断った。

困り果てた老夫婦は遠方の寺に使いを出し怪異を鎮めてもらうよう懇願した。
知らせを受けた寺の者達は、このような怪異を鎮める法を知らず困っていると、ちょうどこの寺に逗留していた旅の雲水がこの役を買って出たという。

雲水が使いの者と村に着いたときには村人ほとんどが怪異に遭い、疫病のようになって死に絶えていたそうだ。使いの者は恐れ慄いて逃げ出そうとしたが何とか怪異の元の名主の家まで案内したのだが、老夫婦も既に亡くなった後だったという。

雲水は怪異の正体を探るため、結界を張りそこで一晩を過ごした……。

数日が過ぎ、雲水は隣村の婿のもとへ現れた。婿と親夫婦の前で雲水は語る。

「婿殿はタチの悪い蜘蛛を殺されたのであろう。彼の村が蜘蛛を祭るを知り遠方より流れ来たる古の悪霊が蜘蛛に取り憑いたモノです。貴方は良い事をされた……。しかし肉より離れた悪霊は今度は貴方の奥方に取り憑き貴方を陥れようとしました。しかし貴方に付いている神がそれを許さず、奥方ごとまた地獄へ送り返されました。

ここで不憫なのは奥方もさることながら御腹の赤子です。死した蜘蛛にも子があったようで、今、魂は混じり合っています。
井戸は冥界に通じ、魔物を産む産道となって人の子が親を慕うが如く、蜘蛛の子が親を喰らうが如く起こったのがこの怪異です。

貴方はこれらの魔物の親として祭らねばなりません。死した後喰われ、御霊を安んじ四方四家を建て鎮まるまで・・。」
その後、婿は雲水の指導の下、井戸で『願』を立て僧籍に入ったという。

コップを持ったままだったのに気付き、俺は焼酎を一口呑んだ。

寺で見た名札。

あれ程続けてまだ成仏していない魔物……。
泰俊も心なしか顔色が悪い。
しこたま呑んで俺達は寝た。

起きた時、泰俊の姿が見えなくなっていた。携帯に連絡しても応答がない・・。連絡が取れなくなって数日後、泰俊から俺宛に手紙が届いた。
いきなり居なくなり、連絡を取らなかった事をまず詫びて、その事は書かれていた……。

泰俊は今、ある場所に閉じこもり御払いを受けているという。井戸で見た女の子が取り憑いているそうだ。
蜘蛛と人の融合体。一番封じなくてはならなかったモノ。
でもなんで泰俊に?

泰俊がいうには婿が僧籍になってもらった名が『タイシュン』(泰俊)。
泰俊(やすとし)と同じ名前だった。寺で名札を見て一目でわかったそうだ。

魔物が親と間違えたのか?他に何か理由があるのかはわからない・・・。

俺達は手紙のやり取りで魔物の事を『蜘蛛水子』と呼んだが、本当の名が何なのか未だに知らない。

泰俊が最初に見た無数の魔物の方が蜘蛛の性が強く親を喰いに行き、井戸の横にいた女の子は人の性が強く親を慕ったというのが俺達2人の結論だ。女の子は昔から居たのか、泰俊が居たから出てきたのかわからない。
女の子の存在を友明を含め4人の御役も知らないようだった……。

例の寺にも新しい住職が出来た。なんと友明だ。坊主の真似事すらした事のない奴がだ……。まるで生贄だと思った。 

……実際そうなのだろう……。友明は泣いていた。今度遊びに行く……。

あれから随分、時が過ぎた。

……泰俊はまだ出てこない…………



アパートに帰り着くと郵便受けに手紙が入っていた。色気のない茶封筒に墨字。間違いない泰俊からだ。今回少し間が空いたので心配したが元気そうだ。宛名の文字に力がある。

部屋に入り封を切る。封筒の文字とは裏腹に手紙の文字には乱れがあった。
俺は手紙から目を離して、昔あった出来事を思い出そうとし、それはありありと脳裏に浮かび上がる。

手紙にはある住所と 「待っている」 の一言だけ。

異変があったのだ。そして泰俊が俺に助けを求めている。カバンに必要なものを投げ込み、駅へと向かった。

電車を降り、駅の改札に向かうと一人の僧と目が合った。
若いが怖い眼をしていた。坊主が一体何を見続けたらそんな眼になるんだ?
ふと考えてしまうくらいの眼光だ。
彼は無言で立ちすくむ俺の所まで来ると
「こちらに……」 だけ言って俺の荷物を持ち外へ出る。

車に乗せられ一時間程で目的地に着いたが、そこは坊主に合いそうでどう考えても合わない場所。とだけ述べておく。俺一人だったら、手紙の住所と見比べて立ち往生しただろう事は明白だった。

裏口より入り、こじんまりとした庭を左手に見て廊下を進んだ。チョッと離れた庭石に15~6歳位だろうか和服の女の人が背中を見せて座っている。少し歪な何かを感じた。

丁度、庭を半周したあたりで右に曲がる。すると雰囲気が一変し、そこはどう見ても寺内の廊下といった趣で、キツネにつままれた様な不思議な感覚に陥った。

突然、前を歩く若い僧が立ち止まり、
「気分はいかがですか?」 と聞いてきた。前述の感想を告げると、
「あなたにも何がしか憑いていた様ですが堕ちたようです。角を曲がってこちら側は結界が張ってありますので悪しきモノや取り憑かれた者は入る事が出来ません。ではこちらに・・・。」 と一室へ案内された。

その部屋には既に先客が二名居たが、その片方を見て俺は思わず叫んだ。


「泰俊!!」


恐らく笑ったのだろう。唇がわずかに動いた。そこには痩せ衰え、骨と皮だけになった泰俊が僧衣をまとって静かに座っている。涙が溢れ、思わず泰俊にすがりつき手を握る。思いの外、強く握り返して来た。瞬間、希望の炎が灯る。(コイツはまだ大丈夫だ)と……。

顔を上げると、
「け……けんきそうた……な……なくな……はか……」
とかすれた音(声)が聞こえた。

コイツが手紙を書き携帯を使わない理由がこれだった。また泣きそうになり 「うるさい」 とやっと返した。
「は……ななし……を……そふから・・たのむ……」 俺はうなずいた。

あの泰俊が俺を頼っている。……俺は決めた。

泰俊が若い僧に連れられ部屋を出た。部屋には俺と恐らく泰俊の祖父であろう僧が一人残った。おもむろに太いが優しい声で僧が語る。

「康介君。今日はご足労願って申し訳ない。わしは泰俊が祖父で道俊という。今、御覧になった通り、このままでは泰俊は長くない。結界を張り直し、肉を齧られる事は無くなったが思いは届く様で日に日に痩せ衰えて行く。泰俊が衰えれば衰える程、彼の娘は女へ、母へと成長して行くのじゃ。もう見た目は二十歳前後の娘……時がない。」

庭で見た座った歪な印象の女の人……あれが泰俊が井戸で見た小さな女の子の成長した姿だったのか?
ゾクッときた。その事を告げると、

「ふむ……『晦日封じ』でも『節季封じ』でも『歳封じ』でも駄目。君にも見えた程となると厄介な・・やはり井戸へ返して……『とどめ』かの……。」

いきなり道俊和尚は姿勢を正し、俺に頭を下げて
「“泰俊”を井戸へ下ろし魔物に引導を渡す。孫を救ってやって欲しい。」 と声を振り絞る。


俺は短く 「はい。」 と応えた。




俺の名は“泰俊”。
今、呪われし井戸の底に居る。


フラスコの底の様な形状で思いの外広く、手に持ったたいまつの炎でも全体を照らす事は困難だ。普通の井戸の底に後から手を加えたのは明らかで、一角に盛り土が見える。恐らくはここに水子を埋めたのだろう。井戸の底がそのまま水子の娘の為の霊廟と化している。

何時からか「ニューニュー」と声が聞こえ始めた。まだ娘は現れない。

一瞬、水中に落ちた様な異様な感覚が体を襲う。

途端に体中に痛みが走り、「ブチッ……グチャ……ビリィィィ」 肉が裂け血が滴る・・。生きながら喰われる恐怖。
見えないが『蜘蛛水子』が俺の体を喰い始めたのだ・・・。

俺はいつしかこいつ等の父となったのだ。これで友明は助かるだろうと何となく感じた。

俺はまだ声を出す事が出来ない。必死に耐え、娘が現れるのを待つ。しかし、どうしても痛みが耐え難くなり容器に入った“俺”の血を壁に投げつけた。

重い水中に居るような感覚が遠のく・・・しかしすぐに元に戻る。気が遠くなりかけた時、今までとは違う感覚を感じた。あの歪な感覚。

微笑む女。いや、初代泰俊の娘にして『蜘蛛水子』の母親。井戸の主。違う……井戸本体か?

朦朧とした意識の中、彼女に向かって俺は初めて言葉を発した。心の中で念じる様に、一語一語心を籠めて……


「父たる我は主が世にいづる事を願わず。速やかに、いね(帰れ、去れの意)。」

自分の血で汚れた経本の様なモノを娘ごしに盛り土へ投げつけた。パッと花火がちり辺りを照らす。

彼女は悲しそうな顔をしてクシャクシャに崩れていった……生皮が剥がれ落ちるように……。
ポトポトポトと音がする。『蜘蛛水子』が堕ちる音か?

後にはたくさんの青い玉の様なモノが在ったが、それも地面へと吸い込まれていった。悲しい儚い色だった。後で聞いたが『魄』(はく)というらしい。

意識が無くなる寸前、俺の体に巻きつけられたロープがキュッと締まるのを感じた……。


(たった一言の言の葉で、気の遠くなるほどの長きにわたる呪が解けたのか?初代泰俊の父としての想いの強さがこの魔物を産む一因となったのか?何故、旅の雲水は……)

疑問の嵐の中ふと俺は目を覚ました。襖が開き例の目つきの鋭い若い僧が顔を覗かせる。俺が目覚めたのを確認すると泰俊と道俊和尚を伴って部屋に入ってきた。

俺は泰俊が籠っていた部屋で寝かされていた。痛みをこらえながら傷で火照った体を起すと、泰俊が近づいて来て「寝ていろ・・・。」 と短く言った。幾分、膨らみを取り戻した体に強い眼差し。こいつはもう大丈夫だ。と俺は思った。
思わず笑い返す。

「康介君。孫の身代わり、何度礼を言ってもたりぬくらいじゃ。『転魂の法』は泰俊と魔物、双方に縁がある者しか出来なんだとは言え、君の体と心を損なう事を思えばやはり外法であった。申し訳ないと思うておる。しかし、これしか泰俊を救う法もなかったのも事実。許されよ。」 深々と頭を下げる道俊和尚。

俺は達成感と幾ばくかの寂しさに浸りながら「いえ……親友二人のためですから。」 と小さな声で答えた。

「わはは。そういってくれるとわしも救われる。君は三人の人間を救うてくれたわい。ありがたい事じゃ。しかし、わしはろくな死に方は出来そうにないの・・・。人呪わば穴二つ・・・やれやれ。さてとわしは仕事があるのでこれで失礼するよ。……泰俊。しばらく彼と話をしなさい。」
もう一度俺に頭を下げ和尚は若い僧と部屋を出て行った。

部屋に残った泰俊と俺はしばらく無言だった。それは泰俊が何かを語るその決心がつかずにいる為の沈黙だった。
「今更なんだ?言いたいことは今言え。」
俺が切り出す。

ニコッと泰俊が笑う。久しぶりに見たイイ笑顔だった。

「お互い虫に少々齧られたが、お前は少し利口になったな。」
いつもの憎まれ口をたたく。

「康介。お前が疑問に思っているだろう事を教える。あの娘は元は普通の『蜘蛛水子』だ。それを封じて井戸の中で共食いさせ井戸が持つ母としての呪力をも吸収して強力にしたのが……友明の話に出てきた『旅の雲水』だ。……名を……日正(にっしょう)という。」

「泰俊……なんでそんなにくわしいんだ?」

泰俊 「ああ・・・俺の先祖だからだよ。彼は・・・。あの娘はいわば彼の我々一族へ対する過去からの刺客なんだ。初代泰俊は血肉を分けた親。俺は魔物の産みの親である彼の血族。俺が親と慕われたのは名前だけではなかった訳……。」

俺 「なぜ、日正は血筋の者を呪うような事をする?」

泰俊 「それは……一族を挙げて彼を殺そうとしたからだよ。今も……。」

俺 「え??なにそれ??」

泰俊 「いや・・いい。この件はすっかりお前のお陰でカタがついた。じい様も言っていたが俺からも礼を言う。何と言っても俺はここで髪の毛をお前に食わせ寝ていただけだ。半端な俺を良く助けてくれた。本当にありがとう。俺も家を継ぐ事に決めた。親父も帰ってくるし、じい様の別件の仕事はとりあえず数日でカタがつく。そうしたらいよいよ徳度して坊主だっ。」


笑顔の泰俊。もう話す事は無いと眼が語っている。

泰俊は俺とは別の道を進もうとしている。昔の様な馬鹿はもう出来ないだろう。
そして俺は多分、元の生活に戻れるだろう。

友明も……。

俺が感じた達成感と幾ばくの寂しさ……俺は友を助けたつもりで実は失ったんじゃないだろうかとふと思った。

開け放たれた襖の向こう。外の光が異様な程まぶしく感じた。







これは高校3年の時の話。

俺の住んでた地方は田舎で、遊び場がなかったんで、近所の廃神社が遊び場というか溜まり場になってたんだよね。
そこへはいつも多い時は7人、少ない時は3人くらいで集まって、
煙草を吸ったり酒飲んだり、たまにギター持って唄ったりしてた。
その廃神社は人がまったく来ないし、民家や商店がある場所からはけっこう離れていたから、
高校生の俺達にはもってこいの溜まり場だった。

ある日学校が終わって、まあその日も自然と廃神社に溜るかぁみたいな流れで、
俺と他の3人の計4人で自転車で廃神社に行ったんだ。
時間は4時過ぎくらい。そこで煙草吸ったりジュース飲んでたりしてた。
11月頃で、ちょっと寒いなぁなんて言いながらくだらない話に花を咲かせて溜ってたんだよね。
そしたら、ザッザッザッザッって神社の入り口から足音が聞こえてきたんだ。
最初は他の連れが溜まりに来たのかなぁと思ってたんだけど、
神社の境内に入ってきたのは、70代位のおばあさんだった。

俺を含めた4人とも会話がピタッと止まってね。
その廃神社に溜まり始めたのが高校1年の頃からで、約2年間溜まり場にしてたけど、
これまで一度も人が来た事がなかったんで、ビックリしたというか、人が来る事自体が意外だったんだよね。
俺たちは神社内の端側にある段差のある場所に溜まってたんで、おばあさんは俺たちの存在に気づいてない。
俺や俺以外の連れも、なんとなくバレたらいけない気がしてたのか、みんな黙ったままジッとおばあさんを見てた。
おばあさんは神社の賽銭箱(賽銭箱には落ち葉やゴミしかないのは2年前にリーサチ済みです)の前に立って拝んでた。
拝んでた時に聞き慣れない言葉で何かを呟いてた。
1分くらい拝んだあとに、賽銭箱の後ろのほうに片手に持っていた鞄を置いて帰っていった。
「おぉビックリした!」
「まさか人が来るとはww」
「ちょっと怖かった~」
とか話してたんだけど、当然気になるのは、おばあさんが放置した鞄。
俺はなんとなく嫌な予感がしてたんだけど、連れのAが賽銭箱のとこまで走って鞄を持ってきた。
「札束が入ってたりしてw」とか言ってるんだけど、
俺はわざわざ神社に置き去ったものだからロクでもないモンなんだろうなぁと思って、
「そんなもんあそこに置いとけよぉ~」とか言ったんだけど、他の3人は興味しんしん。
仕方なくA達が鞄を開けるのを見てた。

「なんだコレ」と言うBの手には古新聞。
相当古そうなのは新聞の黄ばみ方で分かったんだけど、
記事はよく覚えてないけど『なんたら座礁』『○○が逮捕』みたいな文字が書いてあったのは覚えてる。
新聞の日付は1972年って書いてあった。
「なんで24年前の新聞が…」ってみんな不思議がってた。
Cもちょっと気持ち悪くなったのか「やめとくか?」と言い始めたんだけど、AとBは更にガサゴソと鞄を物色しはじめた。
今度は財布。Aは「おぉ金入ってたら○○ストアで酒買って宴会するかw」と言いながら財布を開けた。
見た事もない札が一枚(昔のお札じゃなくて外国の札?)と、お守りとレシートと紙切れが入ってた。
AとBはすぐに興味なくして「なんだよ~金入ってねぇよ」と言ったんだけど、
俺は中身に興味があったんでCと一緒に見てみた。
お札はたぶん中国か韓国のかなり昔の札。レシートはボロボロでよく読めない。
お守りには梵字みたいな、たぶん梵字ではないけど、中国語か韓国語で書かれたお守りかなぁって感じの物。
俺とCが財布をくまなく調べてると、Aが中から小さな木製の箱を取り出した。
「なんだよコレ!お宝っぽくないか!?」と言って、Aは開けようとするんだけど開かない。
俺は「やめとけよ。どうせロクなもん入ってないって」って止めて、Cも「気持ち悪くなってきた…」って言うのに、
AとBは必死に開けようとしてる。
最初はコイツら馬鹿だなぁwって思ってたんだけど、
AとBはその箱を地面に叩きつけたり、二人が引っ張り合いをし始めたりして、
開けようとする行為がだんだん激しくなり始めた。
「ちくしょぉぉ開けよコノヤロ~」
「なんで開かないんだよぉぉぉ」
AとBはそう叫びながら必死に木箱を開けようとしてるんだけど、その姿が尋常じゃないって感じになってきて、
俺もCも唖然として見てた。
力づくで止めさせようとも思えないくらい、目が血走ってて必死なんだよ。
「お、落ち着けよ」と言ったんだけど、AとBには俺やCの存在すら目に入ってないみたいな感じで、
木箱をガンガン地面に叩きつけたり踏んづけたり、引っ張り合いしてる。
ヤバイなコレと思ってさすがに止めに入ったんだけど、
Aはガグガッと口からわけのわかんない声というか音を出して俺を突き飛ばした。
俺とCだけじゃどうしようもないから、他の連れを呼ぼうにも当時まだ誰も携帯電話を持ってなかったから、
誰かを呼ぶにもその場を立ち去らないといけない。
俺もCも一人になりたくないけど、仕方ないからCとジャンケンして俺が勝って、俺が他の連れ達を呼んで来る事になった。
もう五時過ぎくらいで、少しずつ夕陽が落ちかけて暗くなり始めたんで、
Aたちの行動とか周りの雰囲気がすごく気味悪く感じた。
2年間溜まり場にしてた場所がまるで別の空間に思えたんだよね。
AとBがコンビプレーしながら木箱を必死に開けようとしてる異常な姿を見ながら、「じゃすぐ戻る!」と走り去る俺に、
「頼むから早めに帰ってきてくれよ~」とCは泣きそうな感じで返事した。
神社の階段をダッシュで降りて、自転車を置いてる場所まで走って、自転車に跨いで走り出そうとした時にギョッとした。
さっきのおばあさんが、神社の向かい側の道でニタニタ笑ってた。俺の方じゃなく神社方向を見て笑ってた。
俺は神社に戻るわけにもいかず、おばあさんに話かけようなんて事も怖くて出来ず、
必死に自転車をこいで、神社から一番近いDの家に向かった。

家から出てきたDは最初「は?なにそれw」と言っていたが、
俺が必死に説明してたらようやくヤバイ状況に気づいたみたいで、
「早く行こう!いや、Eも呼ぼう」とDの自宅からEに電話して、「早く家に来てくれ」と頼んでEの到着を待ってたんだけど、
Eは20分以上待っても来ないし、外がかなり暗くなり始めた事に焦って、
Dの弟にEが来たら神社に来るように伝言を頼んで、俺とDだけで神社に戻る事にした。

二人で自転車こいで、神社に到着した時は、さっきいた場所におばあさんはいなかった。
俺とDは神社の階段を駆け上がった。

以上、記憶はここまで。
次の瞬間俺は病院にいた。
エッと思って起き上がろうとしても起きあがれない。
一生懸命起き上がろうとしたら、足にギプスがはめてあって、腕には手首に包帯。
急に全身に鈍い痛みが走って、「うぉぉ」って小さい声が自然に出て、寝たまま苦しんでたら、
しばらくして病室に看護婦か入ってきて、
そこからもよく覚えてないけど、とりあえず家族が来たり先生が来たりして慌ただしい感じになった。
どうやら交通事故に遭って、4日間目を覚まさなかったらしい。

「Aは?Bは?神社は?Dは?」とまくしたてて聞く俺に、
母さんは最初は「今はいいの。今はゆっくり休みなさい」とか言ってはぐらかしてたんだけど、
何度もしつこく聞いたら、「A君もB君も亡くなって…D君は重体で…」と言われた。
意味が分からずポカーンとしていると、ABD俺の4人が自転車に乗って歩道を帰っていたら、
トラックが突っ込んできて、AとBは即死。Dは意識不明の重体。
(後日、図書館で地元新聞読んだらたしかにそう書いてあった)

駆けつけた担任の先生はボロボロ泣きながら「よかったなぁよかったなぁ」って言ってくれてるんだけど、
「おかしい…俺は神社に向かってたんだけど。AとBは箱を開けようとしてて、Dに助けを呼んで神社に行ったんだけど」と説明した。
支離滅裂だったのか、親や先生は理解してくれなかった。
その日の夜は寝たり起きたりを繰り返しながら、
連れが死んだショックより(もちろん悲しかったけど)「おかしい…」という感情が強かった。

翌朝一番でCとEが見舞いにきた。
Cは泣きながら「すまん!俺、30分待ってもお前が帰って来ないから、AとBを置いて逃げた」と言った。
俺は「あ~そうなのかぁ」としか返事が出てこなかった。せめて神社付近で待っておけよと思ったけど言えなかった。
Cは、「あの後、Aが『もう少しで開く!開く!』って叫び出したんだよ。Bも『開く!開く!』って…それが怖くて逃げたんだ」と言った。
Eは、「よく分かんないけど、Dの家に行ったら、Dの弟から神社に行くから来てくれってお前らが言ってたって聞いて、すぐに神社に行ったんだけど、お前らいなくて、別のがいたから仕方なく帰ったら、次の日事故ったって聞いて驚いたよ」
「別のって?」
「いつも溜ってる場所に何人かいて、暗くてよく見えなかったけど、
 お前らの転車はないし、雰囲気がなんかおかしかったからすぐ帰ってきたんだよ」
CとEと神妙な顔をしたまま、20分くらい話して帰っていった。

その後は、刑事が来ていろいろ聞かれたから正直に全部話したけど、
神社の話より事故の瞬間の話しか興味がないみたいで、
「事故前後はまったく覚えてないです」って言ったら、残念そうに帰っていった。
後日、何度かまた刑事や相手の保険屋や弁護士が来て、話を聞かれたけど、
神社のくだりより、事故の時の話しか興味ない感じだった。

事故を起こしたトラック運転手は精神的な疾患を持ってたらしくて、事故後に逃走して自殺を図ったらしい。
でも死にきれずに病院にいて、会話にならない状態だって聞いた。
重体だったDは結局あの後亡くなった。
Dの弟は俺を恨んでいるみたいで、退院後にDの家に線香あげにいった時も無視された。
俺はもともと東京の大学に進学が決まってたから、一月から学校に登校して3月に卒業した。
周りは妙に優しくしてくれたけど、俺は気まずくてCやEとは距離を置いた。
Cは4年前に自殺したらしいけど、俺は長い間地元に戻ってないから疎遠になってて詳しい話はしらない。

いろいろあったから地元とは距離を置いてきたけど、昨年11月に親父が亡くなったから12年ぶりに地元に帰った。
大学卒業の時に一度帰ったけど、日帰りで一時間位しかいなかったから、じっくり帰るのは12年ぶり。
葬式など全部終わって、すぐ東京に帰ろうと思ったけど、母さんがなんか不憫でギリギリまで実家にいる事にした。

昼間やる事もないんで、12年ぶりに徒歩で田舎町をウロウロしてたら、急にあの廃神社が気になった。
本当は思い出したくもないんだけど、その気持ちに反して神社が気になる!行きたい!と強く思った。
あの時の関係者といえばEだけど、12年間疎遠になっていたし、連絡しにくい。仕方なく一人で行った。
歩いてみると、神社は家や学校からかなり遠かったんだなぁと思った。
神社に比較的近かった行きつけのスーパーは潰れてビルになってたり、
近くにコンビニや大きなショッピングモールやマンションが出来てたり、12年前とは景観がかなり変わってた。
神社はまだあった。あの日以来の神社だった。俺は急に怖くなった。心臓が高鳴り、手のひらは汗でジトッとしてきた。
引き返そうと思ったけど、わざわざここまで歩いて来て今さら引き返すのも抵抗があって、
思いきって恐る恐る階段を昇った。
変わらない風景のはずだった。でも変わっていた。
神社は綺麗になっていた。賽銭箱や社や石造りの道も綺麗になっていた。
近くに若い女の子が箒を持って掃除していた。可愛い娘だった。
俺は人見知りするタイプだから、普段は絶対に声をかけたりしないんだけど、
神社のこの変貌っぷりを目の当たりにして、迷わず声をかけれた。
「すみません。あの…あのですね。10年以上前に神社に来てた者なんですが」
すると女の子は「はい?」と答えた。
関係ない話だけど顔はアッキーナにソックリだった。髪のとても長いアッキーナだった。
「10年くらい前に神社によく来ていたんですよ、実は」と言ったら、
「少しお待ち下さい」と、箒を置いて誰かを呼びに行った。
俺は周囲を見渡した。12年前にはなかった神社の横のアパートのバルコニーで、洗濯物を干している主婦が見えた。
「どうされましたか?」
神主さんなんだろうけど、私服を着た上品な顔立ちの年輩の白髪のじいさんが近寄ってきた。
アッキーナは箒を持ってお辞儀して、別の場所を掃除し始めた。
「すみません。12年前に…」と説明をしたら、神主さんは驚いた表情をしながら聞いていた。
一通り話をした。二年間溜り場にしていた事や、おばあさんの話、事故の話。
「あ~なるほど…。実はこの神社は、3年前に○○神社(よくわかんない)から分祀されて復興したんです」
俺は「はぁ…そうですか…」と答えた。
「まさかそんな話を聞けるなんて思いもしていませんでした。
 その箱はその時に、おそらく開いたんでしょうなぁ…。
 アレは冥界の門みたいなもんで、私も実際に手にとった事はないんですが…」
「なんですか?冥界の門って?あの箱どこに行ったんですか?」
「いやぁアレにはいろいろな呼び方があって、私どもは忌箱(キバコ)と呼んでます。
 私がここに来たのが半年前で、前任の者が失踪したんですよ。
 詳しい事は私も聞かされていないんですが、前任者が忌箱に取り込まれたという話を聞きましたが…」
「ええ~!!忌箱ってなんなんですか?Aたちが死んだのも何か原因があるんですか?!」
「分かりません。う~ん…命をとる事もあるのかもしれませんね…申し訳ないですが…」

それから神主さんはお祓いをしてくれた。
神主さんは神主衣装に着替えて、30分くらい物々しい雰囲気の中でお祓いの儀式をしてくれた。
アッキーナはたまに様子を覗きにきた。俺は正座してお祓いをしてもらいながらアッキーナにさりげなく微笑んだ。
アッキーナはたぶん微笑み返してくれて、出て行った。
「忘れなさい。アレはあなたの人生にたまたま通りかかった、通り魔のようなものですから」と言われた。
俺は話せて良かった事と、お祓いのお礼を言って帰った。

その後は東京に戻って普通に生活している。
東京に戻ってしばらく経った頃から夢をよく見るようになった。3日に一回は見る。
あの日、Dと神社に到着した後の光景だった。
神社に到着した後から事故に遭うまでの内容が、断片的に夢に出てきた。
この前は、トラックにひかれたのは運転手の責任じゃなく、
俺とDがAとBと車道で揉み合いになっていたところに衝突してきた内容だった。
他にも神社の境内でのおぞましい内容の夢を見た。
内容は誰にも言っていない。
夢の内容を口にしたら、とても恐ろしい事が起こりそうだからだ。

最近になって俺は、これは夢じゃなく記憶なんじゃないかと思い始めている。





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713: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:11:43 ID:
友人の弟(仮名・カズオ)は裏稼業で運び屋をしている。

こういう表現はいかにもヤバそうなことをやっていそうだけど、ようは「なんでも屋」である。
よく、ポストにチラシがはいっているよね。
不用品引き取りますとか、庭の雑草取り、ちょっとした物の修理とか、ふすま張り替えなど。
変わったものでは、物置にヘビの抜け殻があり、こわいから撤去してほしいという依頼まで.様々なことがあり、
自分はなんて世間知らずなんだと思う経験をするらしい。

自分の休日を利用してのバイトだから毎日ではないが、
気分だけは映画の「トランスポーター」のノリで、アウディではなく軽トラで運び屋をしている。
ほとんどが不用品の引き取りだけど。しかし、今回の依頼は違っていた。(前置きが長くなりスミマセン)
これからする話は、カズオとその他従業員が体験したちょっと怖い話です。

ある日、1軒の家から依頼があり、カズオが行くことになった。
行ってみると結構大きなお屋敷で、
家の老夫婦と思われる男女と、その人たちより少し若めの男性A氏(老夫婦の甥らしい)がいた。
母屋の裏の蔵に通され、A氏が依頼内容について説明をしてくれた。

「この箱をあるところまで届けてほしい」

だいたい10センチ四方の木の箱だった。42個あるとのこと。
見た目は寄木作りに見えるが、ただそういう模様なだけで、
蓋と本体は決して開かないように四隅には釘が打ってあった。



714: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:14:34 ID:
「中には何か入っていますか?」
(おいおい、映画のトランスポーターは依頼の荷物の詮索はタブーだろ。どうよ?)

「かみが入っています」かみ?紙?神様?髪の毛?

A氏は少し笑いながら「普通の紙きれの紙です」と答え、「箱にさわる時は手袋をつけてください」と付け足した。

「どうしてですか?」
(だーかーらー詮索するなって!)

「漆が塗ってあるんです、他にも薬品を使用していますから」

漆にかぶれたことはないが.. どちらにしろ作業中には手袋をする。
彼はポケットから手袋を取り出し装着した。
箱は軽い。

「振ってもいいですか?」

A氏は「ええ」と頷いた。
箱を振っても音はしない。
彼の思いを察したようにA氏が言った。

「音はしないでしょう。中の紙は、箱いっぱいに広がっていると思いますので。
 ところで、これを運ぶには条件があるのです。一度に42個運べないので、
 7日間に分けて、1日も間をおかず、きっちり7日で運んでほしいのです」
 
これを子分けで1週間かけて?おいおい本気かよ?
手荷物じゃん。一度に全部軽トラに乗せても、まだ荷台はスカスカなんだが…
どうしてですか?と言いかけ、ぐっとこらえた。
だいたいこれぐらいの荷物、宅急便で頼んでもいけそうだし、個人の車にだって軽く乗せられる。
それをわざわざうちに依頼するってことは….

715: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:17:32 ID:
一応1週間は拘束される形なので、会社に電話をして、それでOKか確認をした。
他の依頼が入っていて、無理なことがあってはいけないからだ。
社長が「いいよ、いざって時は俺が全部引き受けるし。大丈夫だ」と言ってくれたので、依頼人に伝えた。
運搬料金は会社の規定で決まっているので、料金表を見ながら説明をしようとすると、A氏が、

「これはちょっと特別な物なので、つまり、まあ、保険もかけるって意味で、
 箱1個につき10万で、1日60万。7日間の拘束料金も含めて、500万払います。
 その代わり、これを運んだ車で、その日のうちにはよそで使用しないように、
 お願いしたいのです。つまり、車も7日間貸し切り状態ということで」

と言った。
1日60万の運搬料!普通の引越しでもそんなにとらない。
うちは物にもよるけど、せいぜい5000円~2万円が標準だ。それが60万!1週間500万払ってくれる?
この時におかしいと思えばよかったのに、トランスポーター気どりのカズオは、
「いい報酬だぜ、俺が責任を持って届けるぜ…いい仕事引き受けたので臨時ボーナス貰えるかも」
と楽しい想像をしながら、箱を荷台に積み込んだ。

「高価なものだし、きれいに梱包しますね。あっ、でも荷台でよろしいですか?
 これなら助手席でもいけますけど」
 
A氏は、

「その必要はありません。荷台に積んでもらっていいです。
 ただ、雨が降って濡れるといけないので、そこにあるビニールシートをかけてください。
 くれぐれも助手席には乗せないでください」
 
と言った。

何故?……あっ、漆にかぶれたらいけないか。薬品も塗ってあるし。身体に悪いのか。
勝手にそう納得しながら、荷台に常備してある青色の防水シートをかけた。
「お願いします、気をつけて」
A氏が見送ってくれ、出発した。

716: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:21:51 ID:
行先は、約50キロ離れたところにある山の中のお寺である。(A氏の実家らしい)
実家ならA氏が運ぶなりすればいいだろうに、大金かけて業者に依頼する?
だいたいあの箱は何だろう?箱1個10万もかけて運ばないといけないような代物には見えないけど…
いやいや、詮索はいけない。

軽快に高速を走って、ナビもあるので簡単に目的の山に着いた。
異変が起こったのはそれからである。
山道に入るなり、ズンと荷台が下がったような、重い荷物を乗せた時に車体が下がるような、そんな感じを受けた。
なんだと思い、一瞬ルームミラーで荷台を見るが、わからない。
荷崩れでもしたかな?と思い、車を降り荷台を確認する。
特に変わったことはない。
再び発進するが、なんだかとてつもなく重い荷物を運んでいるような感触が、車から伝わってくる。
俺は山道走り慣れていないし、軽トラはパワーないしな…その程度にしか思わなかった。

しばらく走ると、寺の山門が見えてきた。
山の中の寂れた寺だったが、庭の横には規模は小さいがお墓もあり、
併設の住居は、寺に似合わず新しいきれいな家だった。
車の音を聞きつけたようで、こちらから呼びかける前に人が出てきた。
頭を見れば坊さんと思うのだが、その人は作務衣のラフな格好だった。

「こんにちは、△△屋です。○○様から依頼された荷物ですがー」

坊さんは
「御苦労さまです。Aから連絡がありました。
 あれはうちの末っ子の弟です。箱はちょうど6個ですよね」。
 
荷台の箱を見ながら、「はーふんふん、あーやっぱりなー」と独り言を言い、
坊さんは持ってきたスーパーのカゴみたいなものを差し出し、
「ここに入れてもらえますか」と言い、自分では触ろうとはしなかった。
手袋をつけてないし、なによりお客様への荷物を荷台から降ろすのはこっちの仕事だ。
でも、なんだか変だと思いながらも、箱をかごに入れる。
手に持った時に違和感があった。箱が重い。ほんの少しだ…..
たとえていうなら、シルバーの鎖を手のひらに持ってみた時と、プラチナの鎖とでは少し違う。
ほんの少しだが、プラチナはずっしりした重みを手のひらに伝える。
はじめからこんな重さだったかな?

718: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:22:59 ID:
荷物を引き渡し、サインをもらい、「明日も今頃でよろしいですか?」と坊さんに尋ねた。
「はい、よろしくお願いします。ちょっと失礼…」と、
カズオの肩をパンパンと叩き、「交通安全のために」と言った。

「ありがとうございます。ではまた明日まいります」

帰り道、車がやけに軽く感じた。
もう到底気のせいではない。山の下り坂だからか?しかし、山を下りて高速道路を走っていてもそれは同じだった。
気のせいではない。あの箱はいったいなんなんだ?

最初は軽かったよな。でも山に入ったとたん車が重く感じたし、カゴに入れる時重たくなっていた。
1箱10万の運搬料もおかしいよな。保険をかける意味でなんてA氏は言ったが、今思えばなんだか歯切れが悪かったな。
坊さんが俺の肩をたたいたのはなんだ?交通安全の祈願?なんかお祓いされた気がしたぞ….
やばいなー。社長に相手が提示した料金のこと言わなかったし、変だと思わなかったのかって叱られそうだな。

会社に戻ると、従業員8人は皆戻ってきていた。
業務報告を社長にすると、叱られるどころか「いい仕事にあたったなー」と喜んでいる。
もちろん、自分が感じた気のせいみたいな現象は報告しなかった。

他の先輩も「いい仕事じゃないか。小さい箱6個運んで60万かー」と感心しているが、
一人だけ、フジさんと言う先輩は「それってなんか訳ありだよきっと」って言った。
カズオも「それそれ!そうですよね」と言ったが、
どうもここの従業員は(社長も含めて)、訳ありだろうがいわくつきだだろうが気にならないのか、
はたまたそういう言葉を知らないかのように、
その話は盛り上がることもなく、明日の担当の確認をして終業した。

719: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:25:11 ID:
翌日、カズオは本業の仕事のためバイトには行かなかったので、箱の運搬は他の従業員が受け持った。
その人も帰り道に、急に車が軽くなったと感じた。
いつもそういう感じはあるのだが、今回の荷物はもともと10センチ四方の小さな箱が6個だけだ。
そんなに大差があるわけではない。
帰りにお坊さんに肩を叩かれたので、たいそうびっくりしたらしい。

フジさんが訳ありだよと言った時には関心を示さなかった従業員みんなが、
車が軽くなったことと、坊さんに肩を叩かれたことで興味がわいたのか、
(フジさん以外)今度は自分が行くと言い出し、急きょローテーションを組み直し、
残りの5日間、それぞれ違う者が担当して、7日間で500万の仕事は終わった。
料金もきちんと支払われ、気をよくした社長はみんなに臨時ボーナスをくれた。

帰り道で車が軽くなった経験は全員がしており、
お坊さんにも「交通安全のために」と肩も叩かれた。(祓われた)カズオが次に出勤した時、みんなに

「帰り道に車が急に軽くならなかったか?坊さんに肩を叩かれたか?」

と訊かれた。あれは気のせいではなかったんだ。あのとき気のせいだと思い、
みんなに言わなかった。なんだ、みんな同じ体験したんだ。
カズオが言った。

「箱自体、手に持つと、最初に積み込んだ時と、降ろす時では、
 重さが微妙に違う感じがしたんですけど」

これには、そう感じた者もいれば、まったく感じなかった者もいた。
行きは荷物の割に車が重いと感じたが、帰りは本当に軽くなった。
これはみんなが感じたのだから、気のせいではないだろう。
「あの木の箱はなんだったのだろうな」と、みんな関心を持っていた。

フジさんが
「だから訳ありさ。いわくつきの物件さ。きっと箱のものが皆にとりついたので、
 坊さんが祓ってくれたんだ」と、冗談とも本気とも取れる言い方して笑っていた。

「まーまー、臨時ボーナスも出たんだし」と、それからはこの件はみんなの話題に上がらなくなっていた。
カズオもボーナスみんな貯金して、バイト代もみんな貯金してアウディを買うぞと、本業と裏稼業に励んでいて、ふしぎな箱のことはすっかり記憶のかなたになった。

720: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:28:10 ID:
その年の冬、年末も押し迫り、なんでも屋は繁盛していた。
ほとんど年末大掃除の後の不用品引き取りや、大掃除代行であった。
本業の会社がどこよりも早く正月休暇となったカズオは、裏稼業に励んだ。

週末忘年会が開かれた。
皆ここ最近、大掃除代行などのハードな仕事が続いていたからか、
酒が入ると「あー、あの時の箱運搬が懐かしい!もうあんな仕事はこないのかなあ」と、
自然に、夏に請け負った箱の運搬の話に花が咲いた。
皆それぞれ自分のときはこんなだったと話をしているが、聞けば聞くほど話しの内容が食い違ってくる。

体験したことは同じ、出発先も同じで、行き先もお寺なのだが、そのお寺の場所が違うのだ。
つまり、7人が7人ともまったく違うお寺に行ったことになる。
カズオのように山の上のお寺に行った者もいれば、住宅街に囲まれたお寺に行った者もいる。
依頼人の老夫婦と甥のAさんは一致している。
でもAさんは、お寺は自分の実家だと言っていた。全員そう説明されている。
どうして実家の寺が7つもあるんだ?
フジさんが言った。

「だからいわく付きなんだよ。寺なんて最初からなかったんだと思うぞ」
「坊さんは?」
「まぼろしさ。みんな箱をどこに置いた?相手は箱を受け取る時どうだった?」
「スーパーの買い物カゴみたいなところに入れた」
「俺は大きな箱に入れた」

話がどんどんおかしくなり、こうなったら一度確かめようということになり、
翌日7人全員とフジさんが集まった。業務記録を見ると、確かに依頼人の住所は同じ住所だが、
行き先はみんな違っていた。
なぜこの時に気づかなかったのか?

721: 本当にあった怖い名無し:2011/12/29(日) 01:31:48 ID:
とにかく依頼人の家に行く。
そこはみごとに空き地だった。
確かに大きな家も蔵もあったぐらいの広さの空き地だったが、
雑草が生え、冬の寒さですべてが枯れていて、一層の不気味さがきわだっていた。

次は寺をめざす。
寺も全く存在しなかった。

カズオの行った寺だけは、山道が凍結で車は入ることができなかったが、
確かめるまでもなく、多分、存在することはないだろう。
寺をめざして行った皆が見たものは、古い小さなお堂だった。
どの寺も存在せず、お堂だけだった。もちろん坊さんもいない。
お堂の中を覗き、みんな顔を見合わせた。

そこには何かを封じ込めるように、あの6個の箱があった。
そして、箱はすごく重いのだろう、箱の下の木の床は一部が壊れ、
きしむように曲線を描き、お堂本体の床についていた。

一度にたくさん運べない理由がわかった気がした。





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地元の大きい寺が全焼した。
親父の勤めてる会社が、焼け跡を片付ける担当になった。

下見をして段取りをしていたら、焦げて首がもげてるお地蔵さんがあったから、
作業の無事と供養を願い、自分たちのコーヒーや飲み物をあげて手をあわせた。

作業は進み、親父がダンプのへりに立って木材を積んでいた。
その時足を滑らせ転落したんだが、まわりの人は『あぁ、やばい、大怪我だな』って、落ちる瞬間を見てたらしい。
が、親父はマトリックスの銃弾よけるみたいな格好で、しかも宙に浮いていたらしい。
そして体勢を取り戻し、普通に着地した。
「浮いていた高さは、ちょうどお地蔵さんの背丈くらいだった」と、親父の仕事仲間が言った。


「いいことはするもんだ」って、親父が呑みながら言ってた。




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俺が兄の友達から聞いた話。

彼が高校一年の時、彼の叔父が欧州へ旅行に行き、お土産をくれた。
立派な青銅の縁取りのついた鏡である。
彼は叔父に、こんな高そうな物を貰って良いのかと訊ねたところ、実際高かったそうだが良いらしい。
「英語も通じねえ古道具屋で、値切って値切って買ったんだ。それでも結構したんだぞ。大事にしろよ?」
どうしてそこまでしてこれを…?と彼は思ったが、礼を言って、鏡を部屋の机の上に置いた。

その日の晩。
部屋の中で誰かがしゃべっている気がして、彼は目を覚ました。
最初は夢かと思ったらしいが、どうやら話し声は実際にしているようだ。
机の方から小さい、談笑するような声が聞こえる。
――あ、鏡だ。
直感で彼はそう思ったらしい。
訳がわからなくなって、彼はベッドから起き上がり、おもむろに鏡を手にとって覗き込んだ。
家族が談笑していた。
父親らしき男、母親らしき女、娘らしき少女の3人が、深緑のソファに腰掛けて談笑していた。
3人とも顔立ちは日本人ではなく西洋人のようで、髪の色も薄い。
そして、お金持ちのようだ。
使用人らしき人物がちらちらと映っている。
これはすごい!すごい物を叔父さんはくれた!
そう思い、彼は階下で寝ている両親に鏡を見せようと両親の元に向かった。

階段にさしかかった時に、激しい衝撃音が鳴った。
驚いた彼がまた鏡を覗き込むと、3人の男が鏡の中央に映っていた。
3人とも体格が良く、武器を持っている。軍人のようだ。
3人はこちらに背を向けているため顔はわからない。
そして、その向こう側に身を寄せあって怯える先ほどの家族がいる。
一瞬、少女と目が合った気がした。
そして真ん中の男が何かを叫び右腕をあげると、左側にいた男が斧のような物で父親の頭を叩き割った。
飛び散る血。
泣き叫ぶ娘。
気を失う母親。
そこからはもう地獄絵図だった。
男の一人が動かなくなった父親と母親を形がなくなるまで切り刻んでいる傍らで、
娘は泣きながら部屋の中を逃げ惑っている。
使用人らしき人はどこにも見えない。
残りの男達は娘が逃げるのを見て楽しんでいるようだったが、それも飽きたらしく、左側の男が立ち上がった。
すぐに捕まる娘。
娘は泣き叫び、こちらを何度も見て助けを求めている。
娘は男に引き摺られ、窓の外に放り投げられた。
悲鳴が遠ざかり、嫌な音が響き、映像は終わった。
鏡は元の鏡に戻り、蒼白になった彼の顔を映していた。
その彼の後ろに誰かが立っていた。
顔はぐしゃぐしゃに潰れている。
髪は淡いブロンド。
服は――先ほどの少女と同じ物。
彼は動けなかった。
背中を嫌な汗がつたう。
少女が手を伸ばしてきた。
肩が曲がり、不自然な方向から生えた腕が迫ってきた。
恐怖に目を瞑った瞬間、ドンッという衝撃を背中に感じ、彼は意識を失った。

「――それで、気付いたら病院にいたわけよ」
すごい音がしたので驚いた両親が階段を見に行くと、彼が階段の下で倒れていたとのこと。
鏡は粉々に割れてて、その破片で額と腕を切り、彼は2針と3針を縫う怪我をした。
また、階段から落ちたせいであばらを骨折していた。
「ありえないだろ?見ろよこの傷。
 あの後、例の叔父がお見舞いにきたから、文句言ってやったよ。
 そしたら、何つったと思う?
 『あれは超有名な宗教戦争の時の鏡だ。すっごいレアなんだぞ』だってさ。
 普通謝るだろ!まあ、すごい物は見れたと思うけどね…」
「…ん?ああ、叔父も鏡は見たんじゃないかな?なんか知ってる風だったし。それで俺に譲ってくれたんだと思うよ。
 でもさ、宗教とか理不尽な理由で殺される時代じゃなくて、本当に良かった」
そう言って、彼は悲しそうな顔をした。







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