【閲覧注意】怪談の森【怖い話】

実話怪談・都市伝説・未解決の闇・古今東西の2ch洒落にならない怖い話。ネットの闇に埋もれた禁忌の話を日々発信中!!

カテゴリ: 後味が悪い




439 :1/3:2008/03/13(木) 11:01:33 ID:uraCRgvu0
東北地方の田舎であった実話です。

オレの隣に、定年退職した夫婦とその息子二人(二十代)が引っ越してきた。
こちらには特に血縁もあるわけではなく、
いわゆるIターン(※出身地とは別の地方に移り住む事。特に都市部から田舎に移り住むことを指す)というやつ。
この街にした理由は、夏は涼しく冬はわりに温暖で雪も少ない。
旦那さんの趣味の釣りのスポットも多くあるし、
うつ病気味の息子たちに田舎でのびのび生活させたいというのもあったらしい。

しかし、一家四人で退職金だけで暮らしていくのは厳しいらしく、商売をすることになった。
長男と話をしたところ、パスタ屋を開くことにしたみたい。グルメ関係の本を見せて熱く語っていた。
当時この街ではパスタ屋なんておしゃれな店はなく、スパゲティを食べられるのは喫茶店か食堂だけだった。
もしかすればそこそこの商売になるかもしれない。

しばらくして開店したので、オレも遊びに行って見た。
場所は繁華街近くでわりといい立地。
店内はイタリアンぽくしたかったであろうが上手くいかず、和風とカントリーも混ざったカオスな空間。
長男ご自慢のカウンター(東京の有名店パスタ店のパクリ)だけが妙に浮いていた。
従業員はオーナーシェフが旦那さん、ウェイターが奥さん、
バーテン兼ウェイター兼会計が長男(軽めのうつあり)、
次男(やや重めのうつ)は旦那さんと一緒に厨房。
料理は手作りパスタが一通り(10種類くらい)に、サラダ類、ピザなど。
酒類はビールやワイン(けっこう揃ってた)、カクテルにウィスキーなど。
味のほうは、素人だからお世辞にも美味しいとは言えなかったけどね。
やたら味が濃かったり薄かったり、パスタも茹で過ぎだったりコシがありすぎたり。
まあでも、一家でがんばっている姿に少しは安心して帰路についた。


440 :2/3:2008/03/13(木) 11:02:18 ID:uraCRgvu0
次に行ったのは約半月後。
開店直後と比べると明らかに客足が落ちていた。
メニューにも多少変化があり、唐揚げやフライドポテトなどの冷凍ものが増えていた。
ワインリストは何種類か削られていた。
営業方針を模索していたのかもしれない。
味については前回と大差なかった。

3回目は前回から約1ヵ月後。
前回とは明らかに店の雰囲気が変わっていた。
落ち着いた音楽の流れていた有線はなくなり、代わりにテレビが。
メニューのカクテルはなくなり、代わりに各種サワーが。
カウンター後ろの棚にあった洋酒類は、ボトルキープのウィスキーや焼酎に。
メニューにはご飯類が登場していた。

しばらくしてちょっとした事件があった。
深夜に隣から物騒な物音。
次男が症状が悪化して暴れだしたとのこと。
その後次男は引き篭もりになる。

4回目に行ったときは、カオスな店内がさらにカオスになっていた。
あちこちにオススメ品の張り紙。
カウンター横に棚を置いて、アジアン民芸品みたいなのも売っていた。
客層は明らかに変わり、ほとんどが酔い客となっていて、完全に居酒屋化していた。
そしてメニューの手作りパスタの『手作り』の部分が消されていた。種類も三種類のみ。
ただし味のほうは市販品を使っているだけはあり、前回よりよくなってはいたが・・・


441 :3/3:2008/03/13(木) 11:02:50 ID:uraCRgvu0
冬になるころ、今度は長男が居なくなった。
やはり生まれ育った東京が忘れられないようで、両親が買い出しに出ている間に家出したとのこと。

最後に訪れたときには少ない客足がさらに少なくなっていた。近所にチェーン系の居酒屋が出来たからだ。
メニューは塗り潰されたものが目立ち、生ビールは瓶ビールになり、ワインは無くなっていた。
旦那さんは厨房でタバコをふかし、奥さんはため息ばかりついていた。
ダメダメな雰囲気が充満していた。

それでもその後2ヶ月ほどがんばったが、1年続かず2月末で閉店。
夢と希望を持ってココに来たのに、1年しないでこの一家は去っていった。
笑顔の絶えない旦那さんは、憔悴しきって髪は薄くなっていた。
セレブな雰囲気の奥さんは、生活苦だたようオバちゃんになっていた。
長男は家出したまま音信不通らしいし、次男はうつ悪化で引き篭もりになっていた。

去り際に旦那さんが、「ここひどいところだ。もう来ません」と言い残して東京に帰っていった。







399 :名無しさんは見た!:2001/01/27(土) 12:26
10年以上は前の話だったと思うけど、地方の廃屋みたいな中の茶箱の中から白骨死体が見つかった。
調べた所、男性でプロパンガスを引き込んでガス自殺したものと断定。
一人暮らしで周囲との付き合いはなく、誰にも気がつかれなかったらしい。
その部屋の中には昭和40年代ぐらいの雑誌やカレンダーが散乱しており、その頃に死亡したらしい。
事件ではないけれど、あまりにも孤独な死がひどく印象に残っている。




400 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/01/27(土) 14:16
399見て思い出した。これは偶然なんだけど、私の経験した話。

ずっと前、一人暮らしのために1Kのマンションを捜して、人気のある街の新築マンションを見に行った。
場所の割には家賃が安くていいなと思っていたら、不動産屋さんが「実は・・・」と言ってその部屋の窓を開けた。
そしたら、眼下に広がる一面のお寺とお墓と卒塔婆。
「うわ!これはちょっと・・・」と思い、良い物件だったけどやめておいた。

それからしばらくして、ワイドショーのニュースで、
そのお寺の無縁仏の人のためのお骨置き場から、27年間行方不明だったそのお寺の息子さんの白骨死体が見つかったと騒いでいた。
その人は当時、進学問題で悩んでいて、
しかし自殺するつもりではなく、そのお骨置き場に隠れていたら、ろうそくによる二酸化炭素中毒死になって、
そのままそこにずっと・・・。

最近は無縁仏や行き倒れの人など皆無になり、そのお骨置き場を開ける事も無かったらしい。
家族は悩んで家出してしまったと思っていたそうです。

なんか、目の前に息子さんがいたのに気づかないなんて、悲しいと思う。






946 :本当にあった怖い名無し:2007/12/17(月) 17:55:13 ID:vqN/DejvO
俺は病院に勤めてるんだが、あまり心霊体験には遭遇したことはない。
だが、洒落にならない嫌な体験は何度かしてきた。
死んだ人間より生きてる人間のほうがよっぽど怖いってのは、ホントだなと心底思う。

二か月くらい前、ある患者さんが亡くなった。
死因は窒息死で、どうやら家族が差し入れた食べ物をコッソリ食べていて、それが喉につまったらしい。
そのひと自身は割りとしっかりした人で、退院間近だったし家族も優しい人ばかりだったので、看護する側としてはすごく残念だった。

その家族も御遺体と対面したときは号泣していて、御孫さんから娘さん、御婿さんまで御遺体にすがりついていた。
その姿には人の死に慣れた俺たちもかなりグッときて、新人たちのなかにはもらい泣きするやつもいた。
人の命ってこんなに重いものなんだ。と改めて思った瞬間だった。

だが、その数分後、霊安室のドアが急にバタン!!!!!と開けられ、やけに化粧の濃いオバサンが入って来た。
そして突然御遺体につかみ掛かり、「このクソジジイ!!!!!!!!!!!」と、亡くなった患者さんに怒鳴りつけたのだ。
御家族もその場にいた俺たちスタッフも唖然としていたが、一瞬で我に返り、そのオバサンを止めに入った。
「なんですかあなた!!!!!!!」
「うるさい!!!!文句ならこのジジィに言いな!!!!!!!!!!」
オバサンはそう叫ぶと、御遺体を床に叩き落とした。
さすがに御家族も怒ってオバサンにつかみ掛かるが、そのオバサンが発した言葉に御家族は顔色を変えた。
そのオバサンは、亡くなった患者さんの隠し子だと言うのだ。
しかもオバサンは鼻息を荒くしながら、「なんでも、遺産は全部アケミとかいう女んトコにいくらしいじゃないの!!!ふざけんじゃないわよ!!!!」と宣った。

947 :本当にあった怖い名無し:2007/12/17(月) 17:55:51 ID:vqN/DejvO
その言葉に先程まで泣いていた娘さんの顔色がみるみるうちに変わり、娘さんは突然床に落とされた御遺体を蹴りあげた。
「何をなさるんですか」「落ち着いて」とスタッフが止めに入るが、娘さんはゲラゲラ笑いながら、
「ふざけんじゃないわよこのジジィ!!!金も残さず死にやがって!!!!!!
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!」
と、狂ったように御遺体を蹴飛ばし続けた。
もらい泣きしていた新人スタッフは恐怖にまた泣き出すし、御家族の婿さんは呆然としてる。
俺たち中堅スタッフは、患者さんを蹴り続ける娘さんとオバサンを止めに入り、御孫さんは母親の急変ぶりに泣き叫ぶ。
まさに地獄絵図だった。

その後、院長たちが駆け付けて騒ぎは収まったが、俺の頭の中はあの娘さんの鬼のような形相と、蹴飛ばされ踏み付けられ詰られた哀れな御遺体のことでいっぱいだった。

まるで二時間サスペンスのような出来事が普通にある。
それが病院だとはわかっているが、あの出来事は怖かった。
生きてる人間はほんとに怖いと思い知らされた。

その後、あの家族がどうなったかは知らない。







691 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/07/26(木) 13:53

お名前: 悩む母親
3才の息子のオチンチンを切り取って女の子にしたいのですが、良い方法を教えて下さい。
[2000年12月27日 5時59分32秒]


お名前: 恭子
まさに世紀末といった相談ですね。
どうして、そんなに女の子に変えたいんですか。
理由を教えてくれたら、安全で簡単で確実な方法を教えますよ。
[2000年12月29日 21時7分43秒]


お名前: 悩む母親
恭子さんへ。
息子はもう女の子として育てています。夫の浮気が原因で離婚しました。
あんなふうな男になるのは許せない。
ちょうど女の子のような名前なので、
離婚して2人で住むようになってからは、女の子の服を着せて女の子として育てています。
早くオチンチンを切り取ってあげないと困るのです。
安全で確実な方法を教えてください。すぐ実行します。
[2001年1月3日 7時46分24秒]


お名前: 恭子
悩める母親さんへ。
お気持ち、よくわかりました。
男の子を女の子に変える、安全で簡単で確実な方法を教えます。
オチンチンを切り取るのではありません。
タマタマを潰すのです。
オチンチンは、お医者にあとで切り取ってもらいます。
お母さんの手で潰せますか?
潰せるのなら、場面設定とやり方を教えます。
[2001年1月6日 19時56分39秒]


お名前: 悩む母親
恭子さん、メッセージを待ってました。
私の手で息子のタマタマを潰せばいいんですね。できますよ。
カンタンです。ウズラの卵のゆで卵で何度も練習したことあります。
場面設定とやり方を教えて下さい。


この後、自分の息子も性転換させたいという「あき」が登場する。
その一方で、この頃起こっていた新生児連れ去り事件を憂いている。


お名前: 恭子
(略)
さて、タマタマ潰しの場面設定とやり方を説明します。
まずはいつものように、夕方頃お風呂に入って下さい。
息子さんにとっては男性として最後になるので、念入りにオチンチンを洗ってあげて下さいね。
いよいよです。
息子さんを浴槽のヘリのところに座らせ、左右のタマタマを両手で握って、
浴槽のヘリと手の間で一気に押し潰します。
思い切り体重をかけるようにすれば必ず潰れます。
ツルンと逃げてしまいやすいので、引きちぎる方向へ、引きちぎるつもりで力を入れましょう。
一気に2個とも潰さないと、1個ずつだと可哀想ですよ。
かなり痛いらしいので(女にはわかんないけど)、息子さんは倒れ込むように苦しみます。
息子さんの頭をぶつけないように、タマタマを潰したらすぐに抱きかかえてあげて下さい。
すぐに体の水分を拭いて、パジャマなどを掛け、自分も服を着込んで119番します。
救急隊の人には、浴槽のヘリに乗って遊んでいて足が滑り、股間を激打したことにするのです。
事故ということにしないと、あとあと面倒なので、この方法がベストです。
悩む母親さん、あきさん、できますか。
できるのなら、病院に着いてからの対応を、また書きます。
[2001年1月10日 23時31分51秒]


その後、ちょっとした煽りが入る。
男性から、もう一度考え直して欲しいというレスも入るが、「悩む母親」の決心は固い。


お名前: 恭子
(略)
タマタマが潰れていれば、すぐに摘出手術がおこなわれるでしょう。
潰れが不完全だと摘出してもらえないので、確実に2つとも完全に潰すことが大切ですよ。
医者は、偽のタマタマを陰嚢に入れて、将来子供は作れないが、
思春期に男性ホルモンを投与して、男として生きていくことをすすめると思います。
お母さんはすぐに「だったら女の子にしてほしい!!!」と強く訴えてください。
(略)
担当医が女性の場合、強く強く訴えれば、これで8割ぐらいの確率で性転換してもらえます。
担当医が男性だと、抵抗があるのかな、3割ぐらいしか性転換してもらえる可能性はありません。
性転換してもらえなかった場合は最後の手段です。
病室で寝ている(寝ているときにしてあげてくださいね)息子さんのオチンチンを、
カッターナイフで切断してください。
オチンチンを引っ張るようにしながら小刻みに早くナイフを動かして、一気に切り取ります。
病院ですから、すぐに処置してもらえるので大丈夫です。
病院側はスキャンダルな事件を嫌うので、表沙汰にはならないでしょう。
タマタマを摘出し、オチンチンまで切断され、母親の希望が強いわけですから、
ほぼ100パーセント、息子さんは女の子にしてもらえます。
実行できますか。
[2001年1月18日 23時6分27秒]


お名前: 悩む母親
(略)
病院での対応方法、よくわかりました。いざとなったら、私の手で切り取ってあげるのですね。
担当医が女性だといいな。さっそく今晩、実行しようかしら。
(略)
[2001年1月19日 18時17分22秒]


ここから次々と反対意見が出てくる。しかし…


お名前: 悩む母親
(略)
私と一緒に、息子さんのオチンチン切断を実行しませんか。
私は必ず実行するつもりでいます。


お名前: もう悩まない母親
(略)
私はこの掲示板で賛否を聞いているわけではありません。
良い方法の情報を求めているのです。
今から、息子とお風呂に入ります。本当にありがとうございました。
[2001年2月10日 19時16分6秒]


お名前: 悩んでいた母親
お久しぶりです。本当にご心配をおかけしてごめんなさい。
運命の決行から1週間たちました。娘(もう息子ではありません)は元気にしています。
(略)
本当に皆さん、お世話になりありがとうございました。心配をかけてごめんなさい。
これから娘と苦労をともにして私も幸せになりたいです。


お名前: 悩んでいた母親
もしも将来、娘が自殺するようなことがあったら、私も一緒に死にます。




56 :おさかなくわえた名無しさん:2008/11/24(月) 22:05:38 ID:J0nQxmyV

616 :名無しさん@HOME:2008/11/22(土) 19:52:18 O
私の実の兄が、昨年心筋梗塞で死んだ。25歳、挙式を間近に控えた秋だった。
火葬場で最後のお別れをし、炉の扉が開けられたその瞬間、
突然私の母が、私の体を炉に向けて強く押した。つーか上半身が炉に突っ込んだ。
「○○(兄)が死ぬなんて!代わりにお前が焼かれろ!」と発狂してる。
私の旦那や父、兄の婚約者だった彼女、親戚達が総出で止めてくれたが、
揉み合いの最中に頭を打って意識が飛んだらしく、気が付いたら病院にいた。
旦那は涙で目が真っ赤だし、婚約者や父は憔悴しきってるし、散々だった。

621 :名無しさん@HOME:2008/11/22(土) 23:36:05 0
同じ自分の子でも愛情に差が出ることなんてありがちだし、
この母親は愛玩用の息子に死なれて錯乱しちゃったんだろうが、とんでもねーな…
強く生きてくれ。

628 :名無しさん@HOME:2008/11/23(日) 02:08:19 O
>>616です。
母は、>>621で言われてる感じで、兄を愛玩用、私を搾取奴隷用として扱っていました。
その奴隷が、溺愛する息子より一年早く結婚したのも、母の中で憎悪の対象になっていたと思います。
ただ、救いだったのは、父も兄も、私をちゃんと娘として妹(双子ですが)として接してくれていたこと。
母に殺されかけた日から、母とは会っていません。
母方の祖父が火葬場から直接、発狂した母を実家へ連れて帰ったらしく、1ヶ月後に父と離婚しました。
意識が飛んだ私は、血腫を取り除く手術を受け、この辺りの記憶が今でも曖昧です。
殺されかけた事はショックだったけれど、
今こうして書き込み出来るのは、私も母に対して、憎悪の感情しか持っていないからかも知れません。
ただ、もう火葬場には行きたくないです。


60 :おさかなくわえた名無しさん:2008/11/25(火) 11:25:22 ID:rRR6esL6
私は父親に殺されかけましたね…今でも理解に苦しむ。
まだ幼稚園に入るかは入らないか位の頃、父と兄との3人で海水浴にいった。
その日は晴天だったけど海上が荒れ気味で、遊泳禁止がでないのが不思議な位でした。
父がボートを借りて、私を乗せて漕ぎだした。揺れが激しくて怖くて怯え泣きわめいた。
それでも父はにやにや笑ってどんどん構わずにこいでいましたね。案の定転覆。私は海に放り投げられた。
まだ泳ぐ事もできないのに、海の中に完全に沈んで白くうねる中は、何故か洗濯機みたいだって思いました。
意識が消える寸前、背後から誰かの手が私の体を引き寄せていた。
気が付いたら海の上、泳ぎが得意な兄が私を引っ張り岸に連れてかえっていく最中だった。
父はすでに浜にいて、煙草ふかしビールを手にもちニタニタわらっていた。
その姿は今でも忘れられない。怖くて悲しくてあり得なくて。
転覆した後、父は自分だけ泳いで浜に帰ったそうです。助けるつもりはなかったみたい。
兄は全てみていて泳いで追いかけ、私を助けたそうです。
もし知らなかったら私は死んでいたかも。
あと、遠くの街で父に放置され保護されたことも。
あまりにショックで、大人になるまでそれらを口に出来なかったです。
父の死後に母に初めて話したら激怒していました。
私は白人の父に体質も目もともよく似ている。鏡みるときイヤになる。
長文で失礼しました


61 :おさかなくわえた名無しさん:2008/11/25(火) 11:51:07 ID:GMfOvmMZ
>>60
溺れたのを助けたお兄ちゃんや、置き去りにされて保護した警官は、お母さんに話さなかったんだ


62 :おさかなくわえた名無しさん:2008/11/25(火) 12:06:13 ID:rRR6esL6
>>61
兄は、話すとまた父に酷い目にあうんじゃという考えと、ショックがあったみたい。
街で放置されかけたとき、商店街放送で呼びかけたんで。もどってきたんだと思います。

どこまで殺す気があったかどうかも、今は死んでしまったから。
金銭面にはきちんとしている人でした。








613 :1/3:2011/02/25(金) 02:54:46.52 ID:X0zMHTwP0
家の暗部を書くようで恐縮だけど・・・

うちの婆ちゃんが呆けて暫くなる。
呆けたっても、ウンコ食ったりとか深夜に徘徊したりとかじゃなく、
トイレにはたまに自分で立っていける程度の、軽度な寝たきりみたいな。
かれこれもう2-3年くらいかな?
いつも揺り篭みたいな大きな籐で編んだ丸い椅子に横たわって、厚着してニコニコしてるんだよ。
赤ちゃんじゃないけど、赤ちゃん的なお婆ちゃん。

俺も大学で実家を離れてから、1年に1回も帰らないんだけど、たまに帰ると婆ちゃんに話しかけるんさ。
「婆ちゃん元気?」とか、「アイス食べる?」とか言うと、
ニコニコして「はい、ありがとうございます」とか、「ほんにお世話になります」とか返す。
俺を孫とは認識してないっぽいけどwいとおしいお婆ちゃん。

そんな婆ちゃんと、父ちゃん母ちゃんの3人暮らしの実家。
そこに今年の正月二日、数年ぶりに親父の兄弟、俺から見たら2人の叔父さんが集まったんだ。
故爺さんの家族大集合的な。
爺さんが元気だったときは、よく正月に一族で集まったもんだけど、
今回はイギリスに長期赴任中の叔父さんが帰ってくるから、
折角だから婆ちゃん囲んで宴会しよう、みたいなことだったらしい。
言い忘れたけど、実家は九州の超田舎。家の隣は藪とか裏山とかそんなレベル。

長兄である親父は、久々に自分の兄弟達がそろうことに、目茶目茶テンションあがってた。
中でも末弟の叔父さんは、数年ぶりに日本へ帰るとかで、超久々に会うこともあってか、
また、自分が働いて大学まで行かせる程可愛がってたせいなのか、前日である元日からそわそわしてるほど。
おめーwwwてめえの息子よりも弟に会えることの方が嬉しいんかいwwwみたいな。

で、二日の昼前。
先ず隣の市に住んでる叔父さん(次男)夫妻と、俺の1コしたの従兄弟がやってきて、
昼を少し回る頃には、イギリスの叔父さんも一人で(バツ1)やってきた。
朝からせわしく宴席の準備に奔走してた母ちゃん、そこへ助っ人の叔母さん達も加わって、
1時前には宴会の準備が整った。



614 :2/3:2011/02/25(金) 02:58:22.18 ID:X0zMHTwP0
座卓を2つ並べお婆ちゃんを上座に配し、続き親父、叔父さん達と皆が揃う。
ご馳走が運ばれ酒が並ぶ卓上を見て、何が始まるのかとニコニコしてる婆ちゃんの横で、親父が年始の挨拶をぶった。
一人年の離れた長兄であることもあって、かかなりの親分風を吹かす親父。
そんな親父の見た目や喋り方が、死んだ爺さんに近づいたことを、イギリスの叔父さんは笑いながらからかった。
答えてガハガハ笑う親父、それがまた爺さんに似てるらしく、叔父さん達は爆笑した。

寒い中縁側を開けて薄く日が差して、暖房を焚いて少し暖かくて少し肌寒くて、凄くいい和やかムードの正月。
親父の新年の挨拶を皮切りに宴会がスタート。
久々に会う兄弟、一族、母ちゃんの気合入りまくった料理で、親父のテンションMAX。
もう真っ赤な顔でガハガハ笑い最高潮。
軍人気質だった死んだ爺さんの物まねで、「気をつけぇぇぇっ」とか言って笑ってる。
叔父さん達も、兄貴は兄貴はみたいな感じでヨイショして、本当に楽しい宴になった。

宴もたけなわな中ふと見ると、上座に置いた籐の椅子の中の婆ちゃんが、珍しく不機嫌な顔でいる。
不機嫌と言うか何か言いたげな、不満げな?そして少しおどおど挙動不審的な。
皆が婆ちゃんを無視してるからかな?と思い、「婆ちゃん大丈夫?」と話しかけても、下を向いて返事は無い。
普段婆ちゃんのお世話をしてる母ちゃんが、朝から宴の準備で忙しく動き、
婆ちゃんの世話まで回らんからかな?と思うも、俺も従兄弟たちと話が弾み放っておいた。

暫くして従兄弟が、婆ちゃんのおかしな様子に気がついた。
ブツブツと何やら小声で囁いてる。話しかけてもこちらを見ず、頑な顔で前を見て訴えるように囁いている。
何やろね?疲れたんかいな?もう寝たいっちゃない?と言う話になり、
親父が「おう、じゃあ婆ちゃん部屋に連れけ」と母ちゃんに言った。
それなら皆で写真撮ろうかと言う話になり、カメラを掴む俺。
婆ちゃんを囲み、うちの一族が集まった。
「はい、チーズ」とシャッターを押す。
光るフラッシュに婆ちゃんがハッとし、弾けるように叫びだした。



615 :3/3:2011/02/25(金) 03:07:08.69 ID:X0zMHTwP0
「シゲルー!この男じゃ、父様を殺したのは!」
震える指で横の親父を指差す婆ちゃん。
シゲルと呼ばれて固まるイギリス叔父さん。
そして、婆ちゃんの言葉の内容に困惑する一同。
凍った空気の中、狂気の婆ちゃんが続ける。
「こん男が父様を殺してお前を捨てたとぞ!こん男が。
 カワシマの藪で父様をうっ殺して、お前を捨てるようにおいに言ったと」
瞳孔がしまり、泡をためた口で繰り返し叫ぶ婆ちゃん。
皆が押し黙り、凍った空気の中で婆ちゃんの怒声だけが響く。
「おい、婆ちゃんを連れて行け」
母ちゃんに怒鳴る親父。
母ちゃんがおろおろしながら、婆ちゃんを抱えるように立ち上がった。
母ちゃんに抱えながらも、振り返って髪を振り乱して父ちゃんを睨む婆ちゃん。
「人殺し、人殺し。シゲル許してくれ」と。

うちの田舎で、解決してない殺人事件がある。
昭和の昔、カワシマの藪と呼ばれる裏の小山で、地元の地主の男が鉈で打ち殺された事件だ。
事件は昭和の動乱の時代、田舎のせいかろくな捜査もなく、迷宮入りとなったらしい。
婆ちゃんはその被害者の元奥さんで、後に爺さんの後妻に入った。
その後程なく、地主と婆ちゃんの子供さんであるシゲルさんは、他所の町に貰われていったのだとか。
戦後、大陸から着の身着のままで帰った貧農出の爺さんが、何故に大きな屋敷を構えるまでなったのか、子供一同が悟った瞬間だった。

1月の終わりに、婆ちゃんが施設に入ることになったと聞いた。
何の記憶がどんな形で蘇ったかは分からないけども、
どうも親父に怯えてるし、呆けが進行し通常の生活が困難になったからだとか。

そう言えば、爺さんの若すぎた死にも不振な点があったらしい。
死因は心不全だが、突発的な呼吸障害による~云々だとか。
婆ちゃんが明け方に父ちゃんに電話してきて、『爺さんが息しとらん』に始まり、怒涛の葬式だったが、
部活も忙しく、喪中でも朝連に行ってた俺はよく事情を知らない。

散乱した情報を拾い集め、背景を想像するのがほんのり怖い。
また一族集まることあるかな・・・。



618 :本当にあった怖い名無し:2011/02/25(金) 04:01:51.86 ID:ZX4ixrjS0
>>615
シゲル父を殺しても、貧農の爺さんが後釜で婿入り出来るかは微妙なんだから、
ずっと誰かに前夫が殺されたことを忘れなかった婆さんがボケただけだろ
殺した相手を婆さんが本当に知っていたら、貧農の爺さんなんてすぐに訴えられていただろうし。



620 :本当にあった怖い名無し:2011/02/25(金) 08:43:58.31 ID:yDCE4g960
613に変わりまして、ことのあらましを推測します。
613のじいちゃんが、ばあちゃんの夫を殺して、「ばあちゃん+土地そのたもろもろGETだぜ!」。
前夫との子供(シゲルさん)は、他所の町にリリース。
んで、当のじいちゃんは突発的呼吸困難で死亡。(613は、ばあちゃんが殺したんじゃないかと思ってる)

>>618
現代の都市部の感覚で考えちゃダメだと思う。
50年ほど昔、且つ田舎のほうの村社会だよ。独特な空気がある。
それに、婆ちゃんが知ったのが、ずいぶん後の可能性もあるからねぇ。

戦後まもないくらいだと、いくら地主の娘とはいえ、まだまだ女性の地位なんて低いだろうし。
ましてやバツ一子持ちってなると、村社会での立場というか、世間体は相当わるかったと推測します。
救世主だと思ってた奴が黒幕だと知って激昂したのかも?







812 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/01 15:10
中学の時、いまだに何かの間違いだとは思っているのですが、
かなり気味の悪い体験をしたので、書かしてもらおうと思います。



815 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/01 15:21
その頃、僕は当時子供達の間で流行っていたバス釣りに熱中していたのですが、
釣り場というのはなぜか変な人よく現れる所で、その中に「でていけオジサン」という人がいました。
その人は4,50歳位の小柄な男性で、野池に突然現れては顔をしかめ、
「出て行け!!」と怒鳴って、子供達を追い出すという迷惑なオジサンで、
釣り仲間の間ではかなりの有名人でした。



816 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/01 15:30
その日、僕は友人のI(かなり釣りが上手い)と一緒に、新しい野池を探しに自転車で出かけていました。
道路を走っていると突然Iが「水のにおいがする」と言って、(彼は本当にこうゆうカンが優れている)
ヤブの中に入っていったので、僕も竿を担いで、ちょっとした探検気分でヤブのなかをわけいっていきました。



820 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/01 15:55
Iのカンは本物で、ヤブが開けた所には、いかにも釣れそうな、前人未踏の秘境といった雰囲気の池がありました。
僕たちは興奮して、さっそく始めようと岸に近づくと、急にIが立ち止まって、
「いた・・・」と言いながら、向こう岸を見ていました。
向こう岸の茂みの中には、二又に枝分かれした大きな木があり、その枝の間からあのオジサンが顔を出していたのです。
木は茂り、ヤブは深かったので、顔以外は見えませんでしたが、
気味が悪いことに、オジサンは顔面蒼白で水面をじっと見つめていました。

逃げようと思ってゆっくり後退していると、僕は木の枝を踏んでしまい音を出してしまいました。
口だけをうごかして『バカッ』と言っているIから視線を移し、オジサンを見ると、
彼はこちらに気付いて、鬼の様な形相でこちらを睨んできたので、僕とIは一目散に走って逃げて行きました。

不思議なことに、その時後ろからはいつもの『出て行け!』ではなく、
何か硬いものを蹴るような、「ドカッドカッ」という音が聞こえていました。
僕とIは当然疲れ果て、その日はそのまま帰ることにしました。



855 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/01 16:44
翌日、学校にいくとクラスの釣り仲間が大騒ぎしていたので、僕とIが何があったのか聞くと、
Kが「出て行けオジサン自殺したらしいぜ」と言ってきました。
(彼は父親が地元の警官で、小学校の頃からこのテの話でよくクラスを騒がせていました)
Kによると、死因は首吊りによる窒息だそうで、昨夜住民によって発見されたとのこと。
僕とIは、昨日会った人が昨日死んだと知り、少し薄ら寒い様な気がしました。

Kは声のトーンを落とし続けました。
「ここからが怖いんだけど、
どうもオジサン、縄が変なとこに食い込んじゃって、かなり長い時間苦しんでから死んだらしくて・・・」
Kはいつも話のヤマ場が近着くと、少し黙って皆の注意を引き付けるのですが、確かこの時も彼はそうしたと思います。
「助かろうとしたのかな、首を吊ってた木の幹に、いくつも蹴った跡があったんだって・・・」
僕はその時、体中の毛が逆立つのを感じました。
ひょっとしたらあの時、オジサンは首を吊っていて、僕達を見て助けを求めいたんじゃ・・・
『叫ばなかった』んじゃなくて、『叫べなかった』んじゃ・・・
Iも同じことを考えていたらしく、目は焦点を失って宙を見つめていました。

僕とIは結局、死にかけた人間があんなに動けるはずはない。
オジサンはちゃんと立っていて、いつもみたいに追い出そうとしてただけだ、自殺とは関係ない!
と結論づけ、それからは一切その話はしていません。
しかし僕の耳には、いまだにあの「ドカッドカッ」という嫌な音がこびりついています。





340 :本当にあった怖い名無し:2005/09/03(土) 07:57:23 ID:VVCnjsjU0

109 :本当にあった怖い名無し :2005/08/31(水) 08:31:51 ID:a0n7askH0
交通事故現場で両足ちぎれた男の子を、お母さんがすごい笑いながら、
「どうせ死にますから!殺しましょ!ね!それが正しいでしょ!ね!
 殺そ!ね!どうすんの!こんなん助かってどうすんの!」
って石で殴り殺そうとして、周りの人が止めてた。
「あんた親だろう!親は信じろよ!親は最後まで信じろよ!ダメだよ!」
て、八百屋のお兄さんが泣きながら叫んでた。

神戸市北区つくしが丘で、三週間前に起きた事故です。
近隣住民、そして僕も見ていました。やるせなかった。

※元ネタ
【氏ね】胸糞悪いコピペのガイドライン4【糞が】

67 :水先案名無い人:03/11/29 00:15 ID:Nbqv6SNS
横浜での話だったと思う。
中学生くらいの男の子と母親が信号待ちをしていた。
見るからに大切に育てている息子。
でもマザコンチックであったり、教育ママ的でもなく、微笑ましい関係が見ただけで判る、そういう親子。

信号待ちをしていた親子に車が突っ込んだ。
車は息子だけを轢き、母親は呆然と立ちすくんでいた。
周囲の人々が、車の下敷きになった息子を助け出し、救急車を呼び、辺りは人々が取り囲み騒然とした。
息子の腕はちぎれ、足は関節がいくつも出来たように折れ曲がっている。その顔は苦痛に歪んでいる。
助かるかどうかは判らないが、とりあえず今は生きている。
すると母親が突然叫んだ。
「殺しましょ、ね、殺しましょ。
 このまま生きていても苦しいだけだし、腕もどっかいっちゃったし、足も変だし、殺しちゃいましょうよ、ね、ね、ね!!」
周囲の人々に訴えかける。
救助活動をしていた市民が母親に「お前それでも母親か!」と言っても、
「殺しましょ。もう一回車で轢いてよ!」

その後は救急車が来て、どうなったかの顛末は判らない。







友人(H)が自殺をしたときの話高校時代からの仲で凄く良い奴だった。

明るくて楽しい事も言えて、女子には人気が無かったが男子には絶大なる人気を持ってる奴だった。高校卒業後に俺は東京の大学に行き、彼は地元の大学へ通ったため別々になり連絡もあまりとらなくなった。

大学卒業後、俺は東京で就職をしたが、彼は引き篭もりになった。彼が一切笑わなくなっていたことを、彼の葬式の時に彼の父親に聞いて俺と友人達は驚いた。

大学で何かあったのか聞くと、3年生になったあたりから段々と引き篭もり始めたとの事だった。葬式には彼の大学時代の友人も来て居た為、俺や友人達は彼らに色々尋ねてみたが、彼らもわからなかった。

ただ、3年生の9月になってから彼らをも避けるようになったという。色々情報を集めていると彼が大学の2年生の2月頃に両親が別居をし、彼の母親が家を買い、彼と2人で住む事になったらしい。

ただ、これが原因とも思えなかった。彼の両親の不仲は彼が高校時代から嘆いていたし、本人が「早く離婚しないかなー。」とさえ言っていたのだから。

それから三年が経ったある日、友人のSから電話があった。

「あのさー、すっごい変な事言うけど、信じてくれ。」とかなり神妙な感じで話を切り出す。

「あのね、Hから着信があった・・・。」冗談にも程がある。

Hが死んでもう既に三年。「お前、馬鹿にすんなよ?」流石に怒って言う。

だけどSは、「いや、いや・・・。三年経ってるから携帯は解約してるはずだよね?」と涙声。

「昨日、久しぶりにG(高校時代の友人)と会って飲みに行ったのよ。そしたら、23時ごろに携帯が鳴って見てみたらHから着信って・・・。」

SはHの携帯番号を残しておこうと思い削除していなかったらしい。勿論俺も残してた。

ただ、それでも信じられなかった。「お前掛け直してみたか?」と聞いてみた。

「うん・・・。2回掛け直したけど、不思議な事に2回とも繋がった・・・。」

この時はかなり背筋がゾッとした。

「え?繋がった?ってことは誰か出たって事?」

「いや、いや・・・・。」とSは泣き始めた。何が起きたか分からなかった為「何?どうした?おい?」と呼びかける事しかできなかった。

「お前さー、マジで信じてくれるかわからないけど。Gも次に電話してみたから知ってるよ。お前も確認してくれたら分かるけど・・・。」と話を続けない。

「だから、何だよ?何があったのか言えよ。」と少々声を荒げて言う。

聞かなきゃ良かった。(内容は後で書きます)その後、「お前もHの携帯に電話してみろ・・・。嘘かどうかは直ぐ分かる。」とSはそれだけ言って電話を切った。

俺は怖くて電話できなかった。聞かなきゃ良かった。

と思った何故聞かなきゃ良かったかというと、その夜電話が鳴ったから。着信はHの携帯から。

Hは三年前に自殺してる。棺の中でのお別れもした。

彼の母親が泣き狂いながら「H!起きなさい!まだ、間に合うから!」と叫んでたのを思い出した。その時にふと思った。

もしかしたらこれは彼の母親が子供が死んだ事が悲しくて受け止められずにやってる事なのでは?と。2回目の着信が鳴った時に俺は思い切って出てみた。

「もしもし?Hのおばちゃん?」と少し震えるような声で言うと電話口で「ちがうよ。」とHの声で言われて切られた。

ぞくっとした。低い男の声で、しかもHの声で返事があったから。

意味がさっぱり分からなかった。Hは死んだはず。

じゃぁ、今のは誰だ?何で俺らの電話番号を知ってるのか。何故彼の携帯からの着信履歴が残ってるのか。

30分近く震えながら考えたが答えは出てこない。こっちから電話をしたいがSの話が忘れられず躊躇してしまう。

ただ、このままだと埒があかない。結局電話をする事に。

手は振るえ、心臓はどきどきしていた。部屋中の電気をつけて襖やドア、部屋のカーテンを閉めて着信履歴からHの携帯に電話をしてみた。

やっぱりするべきじゃなかった受話器から聞こえるコールの音。1回、2回、3回・・・心臓がバクバクする。

5回、6回、7回。プッ。。。

留守番電話に切り替わる。その瞬間「今から死にます。」とHの声が流れ始める・・・。

「今から死にます。全部の音を残しておくよ。お前を呪ってやるから。呪ってやるからなあああああああ。ガああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

ピーー・・・・。

直ぐに電話を切って放り投げた。Sの言った事は本当だった。

「電話したら、Hの声で。。死ぬ前に取ったっぽいのが留守電のボイスに入ってた・・・。」

すぐにSに電話した。夜中だったが怖くて、怖すぎて、他人の迷惑とかに気が回らなかった。

Sは寝てたらしいがHの携帯から着信があったこと、誰か出た事、電話したら同じように声が流れた事を説明したら、Sは「どういうことなんだよ。」とポツリと言い、その後は落ち着くまで付き合ってくれた。

しかし、恐怖は未だ続いた。

「なぁ、S、お前はどういう事だと思う?俺は最初Hの母親があ プッ やしいとおもってたんだけ プッ ど、どうも プ・・・・やばい・・・・キャッチが入った・・・。」

怖くて誰からか見れない。

「おい、×(俺の名前)。無視しろ・・・。俺と話しとけ。」とSが言うのでそのまま話を続ける。が、手から汗が吹き出てくる。

耳下にある携帯が凄く異質なものに感じて今すぐ投げ出したい。プッ プッ とキャッチの音は続く。

数秒後やっとキャッチの音が終わった。直ぐに電話を自分から離したかった俺はSに断りをいれ電話を切り投げて部屋のTVをつけ、DVDに取っていたお笑いを入れて見続けていた。

朝まで起きており、会社に行く気になれずに上司に電話しようと携帯を取ると着信履歴14件。全てHの携帯から。

最後の一件には留守電が入っていた。朝になっていた為か少し強気になってきていた俺はそれを聞いてみた。

ピー 

「お前じゃないかあ。お前かあ?ははははははははははははははははははははははははは」

一気に寒気が来た。

「はははは」の笑い方がHの笑い方にそっくりだったから・・・。直ぐにSに連絡しHの家に行って欲しいというと、他の友人とGも一緒に行って確認してくれる、との事だったのでお願いをして連絡を待った。

夕方の4時ごろ電話が鳴った。Sの話をまとめると昼過ぎにSとGとM(高校時代の友人)はHの家に行くが誰もでない。

MがHの大学時代の友人と知り合いだった為連絡を取り、母親の家の住所(同じく地元)を聞き向かう事へ。しかし、母親の家の住所にあるのは蔦がグルグル巻きになっており見た目はボロボロに。

買ってまだ10年も経って無いはずだが手入れも全くされていない様子でガラスが割れている窓さえある。人が住んでる様子には見えなかったらしい。

Sが何度かチャイムを押すも音は出てない様子だったので玄関を何度か叩き、高校時代の呼び方で「Hのおばちゃーん、Sですー。居ませんかー?」と呼びかけるも出てこない。

ダメかと思い帰ろうとした瞬間にSに電話が。着信はHから。

かなり恐怖を感じたらしく逃げようとした瞬間に割れている窓から目が見えた。Sは怖さから逃げようとしたが、腰を抜かしたらしい。

しかし、霊などに全く恐怖を感じないMは「居るなら出てきてください。警察よびますよ。これは犯罪ですよ」と言う。見ていた人物は直ぐに奥に。

その後Sの携帯に再度電話が。

ここでMはSにしか電話して来ないのは、先ほどの人物がSの呼びかけでSの名前しか確認できなかったのではないかと思い、ドアを開けて(鍵は開いてたらしい)「おい!いい加減に出て来い!Hに対しても侮辱になるだろうが!!」と叫んだらしい。

そうすると奥から携帯を持ったHが出てきたので流石に驚いたらしい。でもHだと思っていたのは、Hの弟で泣きながら「お前らが兄貴もおかんも殺したんだ!」と殴りかかってきたらしい。

Gが直ぐに取り押さえて話を聞いたところHの母親はHが死んだ事を受け入れられずに携帯などは解約しておらずお金を払い続けていたらしい。しかし、Hは自殺する際に遺書の代わりにmp3レコーダーに声を残しており、それを母親が見つけてしまい毎日仕事にもいかず聞いて、最終的に気が狂い、同じ部屋で自殺したらしい。

弟は母親の遺書に[Hは誰かを恨んで死んでいった。それを見つけれなかったのが悔しい]と書かれていたのを見てMP3から音源をとり携帯の留守電のヴォイスに変えて全員に電話をかけるつもりだったらしい。

数人目にかけた俺が、電話に出て「Hのおばちゃん?」と言ったため、何故この電話が母と思ったのかと疑い、兄の恨みの相手は俺に違いないと思い、何度も電話をしたらしい。

Sが、俺は高校以後あまり会えなくなっていた旨を伝えると理解してもらえたらしく、SとMとGが必死にこのようなことはしないようにと説得し何とか分かってもらったとの事だった。

ただ、弟はS達が来た時はずっと2階から様子を見ていたので下には誰も居なかったとの事。S達が誰か居たよ、俺ら見てたよと言うとHの弟は涙を流しながら「お払いしてもらって、もう2人とも成仏してもらいます」大泣きしたとの事。

(ただし、S達もかなりの恐怖だったらしく、Mでさえも何度もHの弟に聞いてたぐらいらしい)

結局Hの自殺の原因は不明ですが、今まで生きてきた中で一番の恐怖体験(霊ではなかったですが)だったので書いてみました弟君は現在Sと大の仲良しになっており、一緒に良く遊んでます。俺にも一応、すぐに謝罪の電話をしてきました。

もちろん許しました。現在は、弟君は母の家をお払い+リフォームして一人で住んでいます。

彼は元々は父方の家で暮らしてたようですが、父親の許しもありそうすることになったようです。Hの自殺については真相を知ろうとは思ってません。

これは、弟君も同意してくれています。彼がそれまでに調べてた事によるとイジメが原因ではなさそうなのと、Hが精神的に病んでいたことを教えてくれました。

そこでこれ以上蒸し返すのや、本人が望む望まないに関係なく他人を巻き込むのはやめようという事になりました。Hが死ぬ2週間前にSに送ったメールで「今度又皆で飲みにいこうぜ」との内容を見た弟君が「兄はSさんたちを恨むはずが無いです。」と納得。

Sが「お前の兄ちゃんは人を恨む奴じゃない。」と言うと大泣きしてたそうです。弟君はGやMや俺(帰郷時)とも飲みにいったりするようにはなりましたが、未だに誰も弟君の家には行ってません。

怖い+悲しい思いがするのが原因ですね。






601 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/07/28 00:04 
10年ほど前の話です。 

当時学生だった私は、友人とドライブに出かけました。 
昼間にもかかわらず、「横須賀の心霊スポットを見に行こう」というものでした。 
場所は、ご存知の方はマニアと呼ばれる『旧*部倉トンネル』。
当時、横浜・横須賀道路は開通していたものの、完全竣工までは至っておりませんでした。 
車ではトンネル跡までたどり着けなかったため、車を降りて徒歩で坂を登っていった記憶があります。 

トンネル跡まであと少しという所で、私と友人はほぼ同時に急にある方向を見つめました。 
何故って?それは得体の知れない臭いが漂ってきたからです。
何かが腐って強烈な臭いを発している様な・・・ 
ここで帰ればよかったのですが、
余計な好奇心が後に最悪の事態を招く事を、当時のバカ2人組は全く予測しておりませんでした。





606 :601続き:02/07/28 01:21 
さて、無用心にも臭いのする方へ近づいていったバカ2人組。
あまりの臭いに、「もう止めるか。こりゃ」と思っていたところ、6~7m先に黒い物がある事に気がついた。
「なんだありゃあ?しっかし、くせーなぁ。何かの死骸か?」
あたりは背の低い草むらで、(10~15cm位の草が生えていた)
私が事もあろうにズカズカと近づいたところ、
「ブオオオオオオオォォォォォォンンンンン!!」と、ものすごい音が。 
「!」「?」
何と、無数のハエが飛び立ったのであった。
今まで生きてきて、『蚊柱』は何度も見たことがあるが、
『ハエ柱』にお目にかかったのはこれが初めてで、かつ、これ以後ない。
かなりおっかなびっくりになった2人組にさらに追い討ちが!!
「おい・・・これ・・・人の形してねぇか」
「なぬ??ンゲェェェェェェェ!!」 
皆さん。焼死体なるものを見た事がありますか? 
当然、私は初めてでした。




607 :601続き2:02/07/28 01:35 
まともに死体と目が合ってしまった。
一目散に逃げようとしたその時、友人が「四方八方に何か散らばってるが、ありゃ何だ??」。
「何、のん気な事言ってんだよ。アホ!」と私。
が、足元を見れば、確かに何かを細かく切り刻んだものが散らばっていた。
紙のような物もあれば、薄いプラスチックのような物もあった。
比較的大きな破片もあったので、適当に拾い、御遺体から離れて並べてみると、何かの絵?女の子みたいな。
その間、友人は近くの公衆電話へ一目散。当然110番通報。 
戻ってきて言うなり、
「(警察が)着くまでここにいてくれってさ」 
「・・・マジかよ」
このときは本当に鬱になった。 

ふと、白い紙切れが近くにある事に気が付いた。私達から向かって右数m先の所に。
「現状維持なんじゃねーのか??」と言う友人の声を無視し、私は紙切れを拾った。 




608 :601続き3:02/07/28 01:51 
その紙切れにはこう書いてあった。
『ノロウ。ノロウ。コノヨノスベテヲノロウ。ワガウラミ、トワニハツルコトナシ。』
私は寒毛立った。これ、遺書じゃねーの?? 
恐る恐る御遺体の方へ目を向けてみると、何と、顔がこっちの方に向いてるじゃあ~りませんか・・・・(T_T)
頭髪は燃え尽き全身黒こげ。口の一部は腐ったのかハエに食われたのか、一部骨が露出している様にも見えた。 
ここまでひどく焼けてるとなると、ガソリンかぶったみたいだな・・・(実は当時、私は科学を専攻していた院生でした) 
もともと生物の肉体は、そう簡単には燃えない。 
総体重の半分は水分なのだから、
全身黒こげとなると、相当量の可燃性物質を浴びてから、自らに火を放ったとしか考え付かなかった。 

そうこうしている内に警察が到着。初めて事情徴収を受けましたです。はい。 
担当のおまわりさんが、「とんだもの見つけちゃったねぇ」と苦笑いしながら私に言った。 
私は「はぁ・・・」としか返答のしようがなかった。 




609 :601続き4:02/07/28 02:00 
おまわりさんが「手に持っている紙切れは何?」と聞いてきたので、
「近くで拾いました。遺書みたいです」と答え、私は紙切れを渡した。 
この時、私は妙に冷静だった事を覚えている。
ちなみに友人はガクガクブルブルで、事情を聞ける状態ではなかったそうな。そりゃ普通はそうだ。 
「その細かい物は何かな?」と、別のおまわりさんに聞かれたので、 
「御遺体の周囲に散らばってます。適当に集めてみたら、何かの絵みたいなんですよねぇ・・・」 
何故か私はこの絵に何か見覚えがあった。 
実はこの絵が更なる戦慄を私にもたらす事になるとは、その時は夢にも思っていなかった。 




612 :601続き5:02/07/28 02:29 
友人は車を運転できる状況ではなかったので、私が運転して帰途についた。 
家に戻り両親に事情を話した所、見事に沈黙された。

食欲など全くわかなかったので早々に寝ることにしたのだが、その時に私は思い出した。 
「あの絵・・・確か、ミンキーモモっていうアニメーションじゃなかったか?」 
正直言って私はアニメには興味がない。
が、予備校時代の知り合いに変わった奴がいて、
そいつがミンキーモモ好きで、当時いろいろなグッズを予備校内で持ち歩いていたので、思い出したのだ。 
真性ロリコンで医学部志望。
「ちっちゃい子が大好きだから、小児科医になりたい」等とほざく、私が人の親ならば絶対医者にはさせたくない奴であった。
といっても、成績は理学部志望の私より悪かったので、「まず、医者は無理だろうなぁ・・・」とは思っていた。 
「そういやあいつ、どうしているんだろう・・・まさかなぁ・・・」 

しばらく経って、同じ大学の予備校以来の友人が、私の所属する研究室にやって来た。 
「時間ある?」
「ああ、いいけど・・・珍しいなぁ。何?」 
「***が横須賀で、焼身自殺したらしいんだよ。
 1週間ほど行方が分からなくなっていて、親御さん、捜索願出してたらしいよ。
 それもさぁ・・・自分の周りにミンキーモモグッズ切り刻んで、ばら撒いたらしくてさぁ」
私は自分の血がみるみる引いていくのを覚えた。 
「どうしたんだよ??おい!」 
「それ・・・見つけたの。俺だ・・・」 
絶句する友人。
これ以上、会話の必要はなかった・・・

4浪の末、受験したすべての大学の入学試験にPASS出来ず・・・という事だった。 
覚悟の上の自殺だったのだろう。
奴は私に見つけて欲しかったのだろうか? 
とにかく、未だにミンキーモモの絵を時たま目にしてしまうと、
当時の『ハエの羽音』と『焼け焦げた顔』がフラッシュバックする事がある。 
私の数少ない恐怖体験であり、トラウマでもある。



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