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カテゴリ: 師匠



43 :病院  ◆oJUBn2VTGE :2006/10/15(日) 20:35:54 ID:lY9MF+tv0

大学2回生時9単位。3回生時0単位。すべて優良可の良。俺の成績だ。
そのころ子猫をアパートで飼っていたのであるが、いわゆる部屋飼いで一切外には出さずに育てていて、
こんなことを語りかけていた。
「おまえはデカなるで。この部屋の半分くらい。食わんでや俺」 
しかしそんな教育の甲斐なく、子猫はぴったり猫サイズで成長を止めた。 
そのころ、まったく正しく猫は猫になり。犬は犬になり。春は夏になった。
しかしながら、俺の大学生活は迷走を続けて、いったい何になるのやら向かう先が見えないのだった。 

その夏である。大学2回生だった。 
俺の迷走の原因となっている先輩の紹介で、俺は病院でバイトをしていた。 
その先輩とは、俺をオカルト道へ引きずり込んだ元凶のお方だ。 
いや、そのお方は端緒にすぎず、結局は自分の本能のままに俺は俺になったのかもしれない。 
「師匠、なんかいいバイトないですかね」
その一言が、その夏もオカルト一色に染め上げる元になったのは確かだ。 

病院のバイトとは言っても、正確に言うと『訪問看護ステーション』という医療機関の事務だ。 
訪問看護ステーションとは、在宅療養する人間の看護やリハビリのために、 
看護師(ナース)や理学療法士(PT)、作業療法士(OT)が出向いてその行為をする小さな機関だ。 
ナース3人にPT・OT1人ずつ。そして事務1人の計6人。 
この6人がいる職場が病院の中にあった。 
もちろん経営母体は同一だったから、ナースやPTなどもその病院の出身で、 
独立した医療機関とはいえ、ただの病院の一部署みたいな感覚だった。 
その事務担当の職員が病欠で休んでしまって、
復帰するまでの間にレセプト請求の処理をするには、どうしても人手が足りないということで、
俺にお声がかかったのだった。
ナースの一人が所長を兼ねていて、彼女が師匠とは知り合いらしい。 
60近かったがキビキビした人で、もともとこの病院の婦長(今は師長というらしい)をしていたという。 
その所長が言う。
「夜は早く帰りなさいね」 
あたりまえだ。大体シフトからして17時30分までのバイトなんだから。 
なんでも、ステーションのある4階は、もともと入院のための病床が並んでいたが、経営縮小期のおりに廃床され、
その後ほかの使い道もないまま放置されてきたのだという。
今はナースステーションがあったという一室を改良して、事務所として使っていた。
そのためその階では、ステーションの事務所以外は一切使われておらず、
一歩外に出ると昼間でも暗い廊下が、人気もなくずーっと続いているという、
なんとも薄気味悪い雰囲気を醸し出しているのだった。 
それだけではない。
ナースたちが囁くことには、この病棟は末期の患者のベッドが多く、昔からおかしなことがよく起こったというのだ。
だからナースたちも、夜は残りたくないという。
勤務経験のある人のその怖がり様は、ある種の説得力を持っていた。 

絶対早く帰るぞ。そう心に決めた。が、これが甘かった。 
元凶は、毎月の頭にあるレセプト請求である。
一応の引継ぎ書はあるにはあるが、医療事務の資格もなにもない素人には難しすぎた。
特に訪問看護を受けるような人は、ややこしい制度の対象になっている場合が多く、
いったい何割をどこに請求して、残りをどこに請求すればいいのやら、さっぱりわからなかった。 
頭を抱えながらなんとか頑張ってはいたが、3日目あたりから残業しないと無理だということに気づき、
締め切りである10日までには仕上がるようにと、毎日の帰宅時間が延びていった。 

「大変ねえ」と言いながら仕事を終えて帰るナースたちに愛想笑いで応えたあと、誰もいない事務所には俺だけが残される。
とっくに陽は暮れて、窓からは涼しげな夜風が入り込んでくる。 
静かな部屋で、電卓を叩く音だけが響く。 
ああ。いやだ。いやだ。
昔はこの部屋で夜中、ナースコールがよく鳴ったそうだ。 
すぐにすぐにかけつけると、先日亡くなったばかりの患者の部屋だったりしたとか……
そんな話を昼間に聞かされた。
一時期完全に無人になっていたはずの4階で、真夜中に呼び出し音が鳴ったこともあるとか。
ナースコールの機器なんて、とっくに外されていたにもかかわらず。 
確かに病院は怪談話の宝庫だ。でも現場で聞くのはいやだ。 
俺はやっつけ仕事でなんとかその日のノルマを終えて、事務所を出ようとする。 
恐る恐るドアを開くと、しーんと静まり返った廊下がどこまでも伸びている。 

事務所のすぐ前の電灯が点いているだけで、それもやたらに光量が少ない。 
どけちめ。だから病院はきらいだ。 
廊下を少し進んで階段を降りる。 
1階まで着くと人心地つくのだが、裏口から出ようとすると最後の関門がある。 
途中で霊安室の前を通るのだ。 
もっとこう、地下室とか廊下の一番奥とか、そんなところにあることをイメージしていた俺には意外だったが、
あるものは仕方がない。
『霊安室』とだけ書かれたプレートのドアの前を通り過ぎていると、どうしても摺りガラスの向こうに目をやってしまう。 
中を見せたいのか見せたくないのか、どっちなんだと突っ込みたくなる。 
中は暗がりなので、もちろんなにも見えない。なにかが蠢いていても、きっと外からはわからないだろう。 
そんな自分の発想自体に怯えて、俺は足早に通り過ぎるのだった。 

そんなある日、レセプト請求も追い込みに入った頃に、夕方の訪問を終えたナースの一人が事務所に帰ってきた。
ドアを開けた瞬間、俺は思わず目を瞑った。なぜかわからないが、見ないほうがいい気がしたのだ。 
そのまま俯いて生唾を飲む俺の前をナースは通り過ぎ、所長の席まで行くと、
沈んだ声で「××さんが亡くなりました」と言った。 
所長は「そう」と言うと、落ち着いた声でナースを労った。
そしてその人の最期の様子を聞き、手を合わせる気配のあとで、「お疲れさまでした」と一言いった。 
PTやOTというリハビリ中心の訪問業務と違い、ナースは末期の患者を訪問することが多い。
病院での死よりも、自分の家での死を家族が、あるいは自分が選択した人たちだ。
多ければ年に10件以上の死に立ち会うこともある。 
そんなことがあると、今更ながら病院は人の死を扱う場所なのだと気づく。
複数回訪問の多さから薄々予感されたことではあったが、
ついさっきまでその人のレセプトを仕上げていたばかりの俺には、ショックが大きかった。

そして、いま目が開けられないのは、そこにその人がいるからだった。 
その頃は異様に霊感が高まっていた時期で、
けっして望んでいるわけでもないのに、死んだ人が見えてしまうことがよくあった。
高校時代まではそれほどでもなかったのに、大学に入ってから霊感の強い人に近づきすぎたせいだろうか。 
「じゃあ、これで失礼します。お疲れ様でした」 
ナースが帰り支度をするのを音だけで聞いていた。
そして、蝿が唸っているような耳鳴りが去るのをじっと待った。 
二つの気配がドアを抜けて廊下へ消えていった。 
俺はようやく深い息を吐くと汗を拭った。 
たぶんさっきのは、とり憑いたというわけでもないのだろう。ただ『残っている』だけだ。 
明日にはもう連れて来ることはないだろう。
俺はここに『残らなかった』ことを心底安堵していた。その日も夜遅くまで残業しなければならなかったから。 

その次の日、もう終業間近という頃。 
不謹慎な気がして死んだ人のことをあれこれ聞けないでいると、所長の方から話しかけてきた。 
「あなた見えるんでしょう」 
ドキっとした。事務所には俺と所長しかいなかった。 
「私はね、見えるわけじゃないけど、そこにいるってことは感じる」
所長は優しい声で言った。 
そういえば、この人はあの師匠の知り合いなのだった。
「じゃあ、昨日手を合わせていたのは」 
「ええ。でもあれはいつでもする私の癖ね」
そう言って、そっと手を合わせる仕草をした。 

俺は不味いかなと思いつつも、どうしても聞きたかったことを口にした。 
「あの、夜中に人のいないベッドからナースコールが鳴るって、本当にあったんですか」 
所長は溜息をついたあと答えてくれた。
「あった。仲間からも聞いたし。私自身も何度もあるわ。でもそのすべてがおかしいわけでもないと思う。
 計器の接触不良で鳴ってしまうことも確かにあったから。でもすべてが故障というわけでもないのも確かね」 
「じゃ、じゃあこれは?」と、所長の口が閉じてしまわないうちに、俺は今までに聞いた噂話をあげていった。 
所長は苦笑しながらも、一々「それは違うわね」「それはあると思う」と丁寧に答えてくれた。 
今考えれば、こんな興味本位なだけの下世話で失礼な質問を、よく並べられたものだと思う。
しかしたぶん所長は、師匠から俺を紹介された時、なにか師匠に含められていたのではないだろうか。 

ところが、ある質問をしたときに所長の声色が変わった。 
「それは誰から聞いたの?」 
俺は驚いて思わず「済みません」と謝ってしまった。 
「謝ることはないけど、誰がそんなことを言ったの」
所長に強い口調でそう言われたけれど、俺は答えられなかった。 
どんな質問だったのかはっきり思い出せないのだが、この病棟に関する怪奇じみた噂話だったことは確かだ。 
不思議なことに、その訪問看護ステーションのバイトを止めてすぐに、この噂についての記憶が定かでなくなった。
だが、その時ははっきり覚えていたはずなのだ。ついさっき自分でした質問なのだから当たり前であるが。
しかし、誰からその噂を聞いたのかは、その時も思い出せなかった。
ナースの誰かだったか。それともPTか、OTか。病院の職員か……

所長は穏やかではあるが強い口調で「忘れなさい」と言うと、帰り支度を始めた。 
俺は一人残された事務所で、いよいよ切羽詰ったレセプト請求の仕上げと格闘しなければならなかった。
やたらと浮き足立ってしまった心のままで。
泣きそうになりながら、減らない書類の山に向かってひたすら手を動かす。 

夜蝉も鳴き止んだ静けさの中で一人、なにかとても恐ろしい幻想がやってくるのを必死で振り払っていた。 
よりによって次の日は10日の締め切りだった。どんなに遅くなってもレセプトを終わらせなくてはならない。 
チッチッチッという時計の音だけが部屋に満ちて、俺はその短針の位置を確認するのが怖かった。
多分日付変わってるなぁと思いながら、段々脳みその働きが鈍くなっていくのを感じていた。 

いつのまにウトウトしていたのか、俺はガクンという衝撃で目を覚ました。 
意識が鮮明になり、そして部屋には張り詰めたような空気があった。 
なぜかわからないがとっさに窓を見た。 
その向こうには闇と、遠くに見える民家の明かりがぽつりぽつりと偏在しているだけだった。 
次にドアを見た。なにかが去っていく気配があった気がした。 
そして俺の頭の中には、今日所長に質問した中にはなかった、奇怪な噂が新たに入り込んでいた。 
遠くから蝿の呻くような音がする。
『誰に聞いたのか』とはそういうことなのか。 
『誰も言うはずがない話』
あるいは、
『所長以外、誰も知っているはずがない話』 
たとえば、所長が最期を看取った人の話……

そんな話を俺がしたら、今日のような態度になるだろうか。 
そんな噂話を俺にしたのは誰だろう。今、闇に消えたような気配の主だろうか。 
生々しい、そしてついさっきまでは知らなかったはずの奇怪な噂が、頭の中で渦を巻いている。 
俺はここから去りたかった。でも絶対無理だ。 
今あのドアを開けて、暗い廊下に出て、人の居ない病室を通り、狭い階段を降り、霊安室の前を行くのは。 
俺はブルブルと震えながら、このバイトを引き受けたことを後悔していた。 
廊下の闇の中に、なにかを囁きあうような気配の残滓が漂っているような気がする。 

それからどれくらい経ったのか。 
ふいに静寂を切り裂くような電話のベルが鳴った。 
心臓に悪い音だった。
でも、生きている人間側の音だという、そんな意味不明の確信にすがりつくように受話器をとった。 
「もしもし」 
『よかったー。まだいた。ねえ、そこに○○さんのカルテない?』
聞き覚えのある声がした。ステーションのナースの一人だった。 
『すっごく悪いんだけど、今○○さんの家から連絡があって、危篤らしいから、
 ほんと悪いんだけど、今すぐカルテ持って○○さんの家に来てくれない?  
 私もすぐ行くけど、そっち寄ってたら時間かかりそうだから』
俺は「はい」と言って、すぐにカルテを持って駆け出した。 
ドアを開けて、廊下を抜けて、階段を降りて、霊安室の前を通って、生暖かい夜風の吹く空の下へ飛び出した。 

所詮は臨時の事務職だ。
でもその日、人の命に関わる仕事をしたという確かな感触があった。 
鬱々と下を向いてばかりでなくてよかった。 
人の死を興味本位で語るばかりじゃなくてよかった。 
こんな夜の緊急訪問はよくあることらしい。でも俺にとって特別な意味がある気がした。 
だから、カルテを届けたあとまた事務所に帰って、レセプト請求をすべて完成させるのに全精力を傾けられたのだろう。 

次の日、あまり寝てない瞼をこすりながら出勤すると、
所長が「お疲れ様。昨日は大変だったわね」と話しかけて来た。 
俺は「いえ、このくらい」と答えたが、
所長は首を振って「やっぱりあなたには向いてない職場かもね」と優しい声で言うのだった。 

俺はそのあと2週間くらいでそのバイトを止めた。 
いい経験になったとは思う。 
でも、人の死をあれほど受け止めなければならない職場は、やはり俺には向いてないのだろう。 
俺があの夜、カルテを届けた人はその日の朝に亡くなった。 
そしてその死を看取ったナースは、すぐに次の訪問先へ向かった。
またその肩に死者の一部を残したままで。







813 :血  後日談:2006/08/28(月) 22:09:47 ID:9j0TgqFm0

大学1回生の秋。 
借りたままになっていたタリスマンを返しに、京介さんの家に行った。 
「まだ持ってろよ」という思いもかけない真剣な調子に、ありがたくご好意に従うことにする。 
「そういえば、聞きましたよ」
愛車のインプレッサをガードレールに引っ掛けたという噂が、俺の耳まで流れてきていた。 
京介さんはブスッとして頷くだけだった。 
「初心者マークが無茶な運転してるからですよ」 
バイクの腕には自信があるらしいから、スピードを出さないと物足りないのだろう。 
「でもどうして急に、車の免許なんか取ったんですか」 
バイカーだった京介さんだが、短期集中コースでいつのまにか車の免許を取り、
中古のスポーツカーなんかをローンで購入していた。 
「あいつが、バイクに乗り始めたのかも知れないな」 
不思議な答えが返されてきた。 
あいつというのは、間崎京子のことだろうと察しがついた。 
だがどういうことだろう。 
「双子ってさ、本人が望もうが望むまいがお互いがお互いに似てくるし、それが一生つきまとうだろう。
 それが運命ならしかたないけど。双子でない人間が、相手に似てくることを怖れたらどうすると思う」 
それは間崎京子と京介さんのことらしい。 

「昔からなんだ。
 あいつが父親をパパなんて呼ぶから、私はオヤジと呼ぶようになった。
 あいつがコカコーラを飲むから私はペプシ。
 わかってるんだ。そんな表面的な抵抗、意味ないと思っていても、自然と体があいつと違う行動をとる。
 違うって、ホントに姉妹なんていうオチはない。  
 とにかく嫌なんだよ。なんていうか、魂のレベルで。
 高校卒業するころ髪を切ったのも、あいつが伸ばしはじめたからだ」
ショートカットの頭に手のひらを乗せて言った。
「今でもわかる。
 なにかをしようとしていても、その先にあいつがいる時は、わかるんだ。 
 離れていても同じ場所が痛むという、双子の不思議な感覚とは逆の力みたいだ。 
 でも逆ってことは、結局同じってことだろう」
京介さんは独り言のように呟く。
「変な顔で見るな。おまえだってそうだろう」 
指をさされた。 
「最近、態度が横柄になってきたと思ってたら、そういうことか」 
一人で納得している。
どういうことだろう。
「おまえ、いつから俺なんて言うようになったんだ」 
ドクン、と心臓が大きな音を立てた気がした。 
「あの変態が、僕なんて言い出したからだろう」 
そうだ。 
自分では気づいていなかったけれど。 
そうなのかも知れない。 

「おまえ、あの変態からは離れた方がいいんじゃないか」 
嫌な汗が出る。 
じっと黙って俺の顔を見ている。 
「ま、いいけど。用がないならもう帰れ。今から風呂に入るんだ」 
俺はなんとも言えない気分で、足取りも重く玄関に向かおうとした。 
ふと思いついて、気になっていたことを口にする。 
「どうして『京介』なんていうハンドルネームなんですか」 
聞くまでもないことかと思っていた。 
たぶん全然ベクトルが違う名前にはできないのだろう。京子と京介。正反対で同じもの。
それを魂が選択してしまうのだ。
ところが京介さんは顔の表情をひきつらせてボソボソと言った。 
「ファンなんだ」
信じられないことに、それは照れている顔らしい。 
「え?」と聞き返すと、 
「BOφWYの、ファンなんだ」 
俺は思わず吹いた。いや、なにもおかしくはない。一番自然なハンドルネームの付け方だ。 
けれど、京介さんは顔をひきつらせたまま付け加える。 
「B'zも好きなんだがな。『稲葉』にしなかったのは……やっぱりノー・フェイトなのかも知れない」
そう呟き、そして帰れと俺に手のひらを振るのだった。 

829 :血 について:2006/08/28(月) 22:42:27 ID:9j0TgqFm0
この話は夏から秋にかけてのものだ。 
そのため秋の時点の『俺』に一人称を統一していたが、本編の時点ではやはり『僕』と書くべきだった気がする。
師匠の『僕』も間違い。








795 :血 後編:2006/08/28(月) 21:37:35 ID:9j0TgqFm0
はじまりはただの占いだったという。 
女の子であれば、小学生や中学生のときにハマッた経験はあるだろう。
高校になっても占いに凝っている子となれば、占いの方法もマニアックなものになり、ちょっと傍目にはキモいと言われたりする。
京介さんもそのキモい子の1人で、タロットを主に使ったシンプルな占いを、休み時間のたびにしていたそうだ。
やがて校内で一過性の占いブームが起きて、あちこちで占いグループが生まれた。 
子どもの頃から占い好きだった京介さんはその知識も豊富で、多くの生徒に慕われるようになった。 
タロットやトランプ占いから、ホロスコープやカバラなどを使う凝ったグループも出てきはじめた。 
その中で、黒魔術系と言っていいような、陰湿なことをする集団が現れる。 
そのボスが、間崎京子という生徒だった。
京介さんと間崎京子はお互いに認め合い、また牽制しあった。
仲が良かったとも言えるし、憎みあっていたとも言える、一言では表せない関係だったそうだ。 
そんなある日、京介さんはあるクラスメートの手首に傷があるのに気がついた。 

問いただすと、間崎京子に占ってもらうのに必要だったという。 
間崎京子本人のところに飛んでいくと、「血で占うのよ」と涼しい顔でいうのだった。 
指先や手首をカミソリなどで切って、紙の上に血をたらし、その模様の意味を読み解くのだそうだ。 
「そんなの占いとは認めない」と言ったが、取り巻きたちに「あなたのは古いのよ」とあしらわれた。 

その後、手首や指先などに傷を残す生徒はいなくなったが、血液占いは続いているようだった。
ようするに、目立つところから血を採らなくなった、というだけのことだ。 
これだけ占いが流行ると、他の子とは違うことをしたいという自意識が生まれ、よりディープなものを求めた結果、
それに応えてくれる間崎京子という重力源に、次々と吸い込まれていくかのようだった。 
学校内での間崎京子の存在感は、ある種のカルト教祖的であり、その言動は畏怖の対象ですらあった。 
「名前を出しただけで呪われる」という噂は、単に彼女の地獄耳を怖れたものではなく、
実際に彼女の周辺で不可解な事故が多発している事実からきていたそうだ。 

血液占いのことを京介さんが把握してから数週間が経ったある日。
休み時間中にクラスメートの一人が急に倒れた。 
そばにいた京介さんが抱き起こすと、その子は「大丈夫、大丈夫。ちょっと立ちくらみ」と言って、
何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
「大丈夫じゃないだろう」と言う京介さんの手を、彼女は強い力で振り払った。 
「放っておいてよ」と言われても、放っておけるものでもなかった。その子は間崎京子信者だったから。 

その日の放課後、京介さんは第二理科室へ向かった。 
そこは間崎京子が名目上部長を務める生物クラブの部室にもなっていたのだが、
生徒たちは誰もがその一角には足を踏み入れたがらなかった。
時に夜遅くまで人影が窓に映っているにも関わらず、
生物クラブとしての活動などそこでは行われてはいないことを、誰しも薄々知っていたから。 
第二理科室に近づくごとに、異様な威圧感が薄暗い廊下の空間を歪ませているような錯覚を感じる。
おそらくこれは教員たちにはわからない、生徒だけの感覚なのだろう。 
「京子、入るぞ」
そんな部屋のドアを、京介さんは無造作に開け放った。 
暗幕が窓に下ろされた暗い室内で、
短い髪をさらにヘアバンドで上げた女生徒が、煮沸されるフラスコを覗き込んでいた。 
「あら、珍しいわね」 
「一人か」 
奥のテーブルへ向かう足が一瞬止まる。 
この匂いは。 
「おい、何を煮てる」 
「ホムンクルス」 
あっさり言い放つ間崎京子に、京介さんは眉をしかめる。 
「血液と精液をまぜることで人間を発生させようなんて、どこのバカが言い出したのかしら」 
間崎京子は唇だけで笑って火を止めた。
「冗談よ」 
「冗談なものか、この匂いは」 
京介さんはテーブルの前に立ちはだかった。 

「占い好きの連中に聞いた。おまえ、集めた血をどうしてるんだ」 
今日目の前で倒れた女生徒は、左手の肘の裏に注射針の跡があった。静脈から血を抜いた痕跡だ。
それも針の跡は一箇所ではなかった。とても占いとやらで必要な量とは思えない。 
間崎京子は切れ長の目で京介さんを真正面から見つめた。 
お互い何も発しなかったが、張り詰めた空気のなか時間だけが経った。 

やがて間崎京子が、胸元のポケットから小さなガラス瓶を取り出し首をかしげた。瓶は赤黒い色をしている。 
「飲んでるだけよ」
思わず声を荒げかけた京介さんを制して続けた。 
「白い紙に落とすよりよほど多くのことがわかるわ。寝不足も、過食も、悩みも、恋人との仲だって」 
「それが占いだって?」 
肩を竦めて見せる間崎京子を睨み付けたまま、吐き捨てるように言った。 

「好血症ってやつですか」 
そこまで息を呑んで聞いていた俺だが、思わず口を挟んだ。 
京介さんはビールを空けながら首を横に振った。 
「いや、そんな上等なものじゃない。ノー・フェイトだ」 
「え?なんですか?」と聞き返したが、
今にして思うと、その言葉は京介さんの口癖のようなもので、
no fate 、つまり『運命ではない』という言葉を、京介さんなりの意味合いで使っていたようだ。 
それは『意思』と言い換えることができると思う。 

この場合で言うなら、間崎京子が血を飲むのは己の意思の体現だというのことだ。 
「昔、生物の授業中に、先生が『卵が先か鶏が先か』って話をしたことがある。
 後ろの席だった京子が、ボソッと『卵が先よね』って言うんだ。
 どうしてだって聞いたら、なんて言ったと思う?
 『卵こそ変化そのものだから』」 
京介さんは次のビールに手を伸ばした。 
俺はソファに正座という変な格好でそれを聞いている。 
「あいつは『変化』ってものに対して異常な憧憬を持っている。
 それは、自分を変えたいなんていう、思春期の女子にありがちな思いとは次元が違う。
 例えば悪魔が目の前に現れて、『お前を魔物にしてやろう』って言ったら、あいつは何の迷いもなく断るだろう。
 そしてたぶんこう言うんだ。『なりかただけを教えて』」

間崎京子は、異臭のする涙滴型のフラスコの中身を排水溝に撒きながら口を開いた。 
「ドラキュラって、ドラゴンの息子って意味なんですって。知ってる? 
 ワラキアの公王ヴラド2世って人は、竜公とあだ名された神聖ローマ帝国の騎士だったけど、
 その息子のヴラド3世は、串刺し公って異名の歴史的虐殺者よ。
 Draculの子だからDracula。でも彼は竜にはならなかった」 
恍惚の表情を浮かべてそう言うのだ。 

「きっと変身願望が強かったのよ。英雄の子供だって好きなものになりたいわ」 
「だからお前も、吸血鬼ドラキュラの真似事で変身できるつもりか」 
京介さんはそう言うと、いきなり間崎京子の手からガラス瓶を奪い取った。 
そして蓋を取ると、ためらいもなく中身を口に流し込んだ。 
あっけにとられる間崎京子に、むせながら瓶を投げ返す。 
「たかが血だ。水分と鉄分とヘモグロビンだ。こんなことで何か特別な人間になったつもりか。
 ならこれで私も同じだ。お前だけじゃない。
 占いなんていう名目で、脅すように同級生から集めなくったって、
 すっぽんでも買って来てその血を飲んでればいいんだ」 
まくしたてる京介さんに、間崎京子は面食らうどころかやがて目を輝かせて、この上ない笑顔を浮かべる。 
「やっぱり、あなた、素晴らしい」
そして、両手を京介さんの頬の高さに上げて近寄って来ようとした時、
「ギャー」というつんざくような悲鳴があがった。 
振り返ると、閉めたはずの入り口のドアが開き、数人の女生徒が恐怖に引き攣った顔でこっちを見ている。 
口元の血をぬぐう京介さんと目が合った中の一人が、崩れ落ちるように倒れた。 
そしてギャーギャーとわめきながら、その子を数人で抱えて転がるように逃げていった。 
第二理科室に残された二人は、顔を見合わせた。 

やがて間崎京子が「あーあ」となげやりな溜息をつくと、テーブルの上に腰をかける。 
「この遊びもこれでおしまい。あなたのせいとは言わないわ。同罪だしね」 
悪びれもせず、屈託のない笑顔でそう言う。
京介さんはこれから起こるだろう煩わしい事にうんざりした調子で、隣りに並ぶように腰掛ける。 
「おまえと一緒にいると、ロクなことになったためしがない」 
「ええ、あなたは完全に冤罪だしね」 
「私も血を飲んだんだ。おまえと同じだ」 
「あら」と言うと嬉しそうな顔をして、間崎京子は肩を落とす京介さんの耳元に唇を寄せて囁いた。 
「あの血はわたしの血よ」
それを聞いた瞬間、京介さんは吐いた。 

俺は微動だにせず、正座のままでその話を聞いていた。 
「それで停学ですか」
京介さんは頷いて、空になったビール缶をテーブルに置く。 
誰もが近づくなと言ったわけがわかる気がする。間崎京子という女はやばすぎる。
「高校卒業してからは付き合いがないけど、あいつは今頃何に変身してるかな」 
やばい。ヤバイ。
俺の小動物的直感がそう告げる。 

京介さんが思い出話の中で、『間崎京子』の名前を出すたびに俺はビクビクしていた。 
ずっと見られていた感覚を思い出してゾッとする。 
近づき過ぎた。そう思う。
おびえる俺に京介さんは、「ここはたぶん大丈夫」と言って部屋の隅を指す。 
見ると、鉄製の奇妙な形の物体が四方に置かれている。 
「わりと強い結界。のつもり。出典は小アルベルツスのグリモア」 
なんだかよくわからない黒魔術用語らしきものが出てきた。 
「それに」と言って、京介さんは胸元からペンダントのようなものを取り出した。 
首から掛けているそれは、プレート型のシルバーアクセに見えた。 
「お守りですか」と聞くと、「ちょっと違うかなぁ」と言う。 
「日本のお守りはどっちかというとアミュレット。これはタリスマンっていうんだ」 
説明を聞くに、アミュレットはまさにお守りのように受動的な装具で、
タリスマンはより能動的な、『持ち主に力を与える』ための呪物らしい。 

「これはゲーティアのダビデの星。最もメジャーでそして最も強力な魔除け。年代物だ。
 お前はしかし、私たちのサークルに顔出してるわりには全然知識がないな。何が目的で来てるんだ。
 おっと、私以外の人間が触ると力を失うように聖別してあるから、触るな」 
見ると手入れはしているようだが、プレートの表面に描かれた細かい図案には随所に錆が浮き、
かなりの古いものであることがわかる。
「ください。なんか、そういうのください」 
そうでもしないと、とても無事に家まで帰れる自信がない。 
「素人には通販ので十分だろう。と言いたいところだが、相手が悪いからな」 
京介さんは押入れに頭を突っ込んで、しばしゴソゴソと探っていたが、
「あった」と言って、微妙に歪んだプレートを出してきた。
「トルエルのグリモアのタリスマン。まあこれも魔除けだ。貸してやる。あげるんじゃないぞ。
 かなり貴重なものだからな」
なんでもいい。ないよりましだ。 
俺はありがたく頂戴してさっそく首から掛けた。 
「黒魔術好きな人って、みんなこういうの持ってるんですか」 
「必要なら持ってるだろう。必要もないのに持ってる素人も多いがな」 
京子さんはと言いかけて、言い直す形でさらに聞いてみた。 
「あの人も、持ってるんですかね」 
「持ってたよ。今でも持ってるかは知らないけど。あいつのは別格だ」
京介さんは自然と唾を飲んで言った。 

「はじめて見せてもらった時は足が竦んだ。今でも寒気がする」 
そんなことを聞かされると怖くなってくる。 
「あいつの父親がそういう呪物のコレクターで、よりによってあんなものを娘に持たせたらしい。人格が歪んで当然だ」
煽るだけ煽って、京介さんは詳しいことは教えてくれなかった。 
ただなんとか聞き出せた部分だけ書くと、
『この世にあってはならない形』をしていること、そして『五色地図のタリスマン』という表現。 
どんな目的のためのものなのか、そこからは窺い知れない。
「靴を引っ張られる感覚があったんだってな。
 感染呪術まがいのイタズラをされたみたいだけど、まあこれ以上変に探りまわらなければ大丈夫だろう」 
京介さんはそう安請け合いしたが、俺は黒魔術という『遊びの手段』としか思っていなかったものが、
現実になんらかの危害を及ぼそうとしていることに対して、信じられない思いと、そして得体の知れない恐怖を感じていた。
体が無性に震えてくる。
「一番いいのは信じないことだ。
 そんなことあるわけありません、気のせいですって思いながら生きてたらそれでいい」 

京介さんはビールの缶をベコッとへこますと、ゴミ箱に投げ込んだ。 
そう簡単にはいかない。 
なぜなら、間崎京子のタリスマンのことを話しはじめた時から、俺の感覚器はある異変に反応していたから。 
京介さんが第二理科室に乗り込んだ時の不快感が、今はわかる気がする。 
体が震えて涙が出てきた。 
俺は借りたばかりのタリスマンを握り締めて、勇気を出して口にした。 
「血の、匂いが、しません、か」 
部屋中にうっすらと、懐かしいような禍々しいような異臭が漂っている気がするのだ。 
京子さんは今日一度も見せなかったような冷徹な表情で、「そんなことはない」と言った。 
いや、やっぱり血の匂いだ。気の迷いじゃない。
「でも・・・・・・」
言いかけた俺の頭を京介さんはグーで殴った。
「気にするな」 
わけがわからなくなって錯乱しそうな俺を、無表情を崩さない京介さんがじっと見ている。 
「生理中なんだ」
笑いもせず淡々とそう言った顔をまじまじと見たが、その真贋は読み取れなかった。








790 :どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか:2006/08/28(月) 21:33:50 ID:9j0TgqFm0

師匠が変なことを言うので、おもわず聞き返した。 
「だから鉄塔だって」
大学1回生の秋ごろだったと思う。 
当時の俺は、サークルの先輩でもあるオカルト道の師匠に、オカルトのイロハを教わっていた。 
ベタな話もあれば、中には師匠以外からはあまり聞いたことがないようなものも含まれている。 
その時も『テットー』という単語の意味が一瞬分からず、二度聞きをしてしまったのだった。 
「鉄塔。てっ・と・う。鉄の塔。アイアン……なんだ、ピラァ? 
 とにかく見たことないかな。夜中見上げてると、けっこういるよ」 
師匠が言うには、郊外の鉄塔に夜行くと、人間の霊がのぼっている姿を見ることが出来るという。 
どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか。
そんな疑問のまえに、幽霊が鉄塔にのぼるという前提が俺の中にはない。 
脳内の怪談話データベースを検索しても、幽霊と鉄塔に関する話はなかったように思う。 
師匠は「えー普通じゃん」と言って真顔でいる。 
曰くのある場所だからではなく、鉄塔という記号的な部分に霊が集まるのだと言う。 

近所に鉄塔はなかったかと思い返したが、子供のころ近所にあった鉄塔がまっさきに頭に浮かんだ。 
夕方学校の帰りにそばを通った、高くそびえる鉄塔と送電線。
日が暮れるころにはその威容も不気味なシルエットになって、俺を見下ろしていた。 
確かに夜の鉄塔には妙な怖さがある。 
しかし、霊をそこで見たことはないと思う。 

師匠の話を聞いてしまうとやたら気になってしまい、俺は近くの鉄塔を探して自転車を飛ばした。 
いざどこにあるかとなると自信がなかったが、なんのことはない。鉄塔は遠くからでも丸分かりだった。 
住宅街を抜けて川のそばにそびえ立つ姿を見つけると、近くに自転車を止め基部の金網にかきついた。 
見上げてみると送電線がない。
ボロボロのプレートに『○×線-12』みたいなことが書いてあった。 
おそらく移設工事かなにかで、送電ルートから外れてしまったのだろう。 
錆が浮いた赤黒い塔は、怖いというより物寂しい感じがした。 
というか、日がまだ落ちていなかった。 

近所のコンビニや本屋で時間をつぶして、再び鉄塔へ戻った。 
暗くなると俄然雰囲気が違う。人通りもない郊外の鉄塔は、見上げるとその大きさが増したような気さえする。 
赤いはずの塔は今は黒い。
それも夜の暗灰色の雲の中にその形の穴が開いたような、吸い込まれそうな黒だった。 
風が出てきたようで、立ち入り禁止の金網がカサカサと音を立て、
送電線のない鉄塔からは、その骨組みを吹き抜ける空気が奇妙なうなりをあげていた。 

周囲に明かりがなく、目を凝らしてみても鉄塔にはなにも見えない。 
オカルトは根気だ。
簡単には諦めない俺は、夜中3時まで座り込んで粘った。
『出る』という噂も逸話もない場所で、そもそも幽霊なんか見られるんだろうか、という疑念もあった。 
骨組みに影が座っているようなイメージを投影し続けたが、
なにか見えた気がして目を擦ると、やっぱりそこにはなにもないのだった。 
結局、見えないものを見ようとした緊張感から来る疲れで、夜明けも待たずに退散した。 

翌日、さっそく報告すると、師匠は妙に嬉しそうな顔をする。 
「え?あそこの鉄塔に行った?」 
なぜか自分も行くと言いだした。 
「だから、何も出ませんでしたよ」と言うと、「だからじゃないか」と変なことを呟いた。 

よくわからないまま、昼ひなかに二人してあの鉄塔に行った。 
昼間に見るとあの夜の不気味さは薄れて、ただの錆付いた老兵という風体だった。 
すると師匠が顎をさすりながら、「ここは有名な心霊スポットだったんだ」と言った。 
頭からガソリンをかぶって焼身自殺をした人がいたらしい。
夜中この鉄塔の前を通ると熱い熱いとすすり泣く声が聞こえる、という噂があったそうだ。 

「あのあたりに黒い染みがあった」 
金網越しに師匠が指差すその先には、今は染みらしきものは見えない。 
「なにか感じますか」と師匠に問うも、首を横に振る。 
「僕も見たことがあったんだ。自殺者の霊をここで」
そう言う師匠は、焦点の遠い目をしている。 
「今はいない」
独り言のように呟く。 
「そうか。どうして鉄塔にのぼるのか、わかった気がする」 
そして、陽をあびて鈍く輝く鉄の塔を見上げるのだった。 
俺にはわからなかった。聞いても「秘密」とはぐらかされた。 

師匠が勝手に立て、勝手に答えに辿りついた命題は、それきり話題にのぼることはなかった。 
けれど今では鉄塔を見るたび思う。 
この世から消滅したがっている霊が、現世を離れるために、
『鉄塔』という空へ伸びる、シンボリックな建築物をのぼるのではないだろうか。 
長い階段や高層ビルではだめなのだろう。 
その先が人の世界に通じている限りは。







770 :四隅:2006/08/28(月) 20:24:24 ID:9j0TgqFm0

大学1回生の初秋。 
オカルト系のネット仲間と、『合宿』と銘打ってオフ会を開いた。 
山間のキャンプ地で、『出る』という噂のロッジに泊まることにしたのである。 
オフ会は普段からよくあったのだが、泊まりとなると女性が多いこともあり、
あまり変なメンバーを入れたくなかったので、ごく内輪の中心メンバーのみでの合宿となった。 
参加者はリーダー格のCoCoさん、京介さん、みかっちさんの女性陣に、俺を含めた計4人。 
言ってしまえば荷物持ち&力仕事専用の俺なわけだが、呼ばれたことは素直に嬉しかった。
日程は1泊2日。

レンタカーを借りて乗り込んだのだが、シーズンを外したおかげでキャンプ地はわりに空いていて、
うまい空気吸い放題、ノラ猫なで放題、やりたい放題だったはずだが、 
みかっちさんが「かくれんぼをしよう」と言い出して、始めたはいいものの、CoCoさんが全然見つからずそのまま日が暮れた。
夕飯時になったので放っておいてカレーを作り始めたら、どこからともなく出てきたのだが、
俺はますますCoCoさんがわからなくなった。 
ちなみに、俺以外は全員20代のはずだったが……

その夜のことである。 
『出る』と噂のロッジも、酒が入るとただの宴の会場となった。 
カレーを食べ終わったあたりから急に天気が崩れ、思いもかけず強い雨に閉じ込められてしまい、
夜のロッジは小さな照明が揺れる中、ゴーゴーという不気味な風雨の音に包まれている、
という素晴らしいオカルト的環境であったにも関わらず、酒の魔力はそれを上回っていた。 
さんざん芸をやらされ疲れ果てた俺が壁際にへたり込んだ時、前触れもなく照明が消えた。 
やたらゲラゲラ笑っていたみかっちさんも口を閉じ、一瞬沈黙がロッジに降りた。 
「停電だぁ」と誰かが呟いてまた黙る。屋根を叩く雨と風の音が大きくなった。 
照明の消えた室内は真っ暗になり、ヘタレの俺は急に怖くなった。 

「これは、アレ、やるしかないだろう」と京介さんの声が聞こえた。 
「アレって、なんですか」 
「大学の山岳部の4人が遭難して、山小屋で一晩をすごす話。かな」
CoCoさんが答えた。 
暗闇のなか体を温め眠気をさますために、
4人の学生が部屋の四隅にそれぞれ立ち、時計回りに最初の一人が壁際を歩き始める。
次の隅の人に触ると、触られた人が次の隅へ歩いていってそこの人に触る。
これを一晩中繰り返して、山小屋の中をぐるぐる歩き続けたというのだが、
実は4人目が隅へ進むとそこには誰もいないはずなので、そこで止まってしまうはずなのだ。
いるはずのない5人目がそこにいない限り……

という話をCoCoさんは淡々と語った。 
どこかで聞いたことがある。子供だましのような話だ。 
そんなものノリでやっても絶対になにも起きない。しらけるだけだ。 
そう思っていると、京介さんが「ルールを二つ付け加えるんだ」と言い出した。 

1.スタート走者は、時計回り反時計回りどちらでも選べる。 
2.誰もいない隅に来た人間が、次のスタート走者になる。 

次のスタート走者って、それだと5人目とかいう問題じゃなく普通に終わらないだろ。 
そう思ったのだが、なんだか面白そうなのでやりますと答えた。 
「じゃあ、これ。誰がスタートかわかんない方が面白いでしょ。あたり引いた人がスタートね」 
CoCoさんに渡されたレモン型のガムを持って、俺は壁を這うように部屋の隅へ向かった。 
「みんなカドについた?じゃあガムをおもっきし噛む」 
部屋の対角線あたりからCoCoさんの声が聞こえ、言われたとおりにするとほのかな酸味が口に広がる。 
ハズレだった。アタリは吐きたくなるくらい酸っぱいはずだ。 
京介さんがどこの隅へ向かったか気配で感じていた俺は、全員の位置を把握できていた。 

CoCo    京介 
みかっち  俺 

こんな感じのはずだ。
誰がスタート者か、そしてどっちから来るのかわからないところがゾクゾクする。 
つまり自分が『誰もいないはずの隅』に向かっていても、それがわからないのだ。 
角にもたれかかるように立っていると、バタバタという風の音を体で感じる。 
いつくるかいつくるかと身構えていると、いきなり右肩を掴まれた。 
右から来たということは京介さんだ。 
心臓をバクバク言わせながらも声一つあげずに、俺は次の隅へと壁伝いに進んだ。 
時計回りということになる。
自然と小さな歩幅で歩いたが、暗闇の中では距離感がはっきりせず、妙に次の隅が遠い気がした。 
ちょっと怖くなって来たときに、ようやく誰かの肩とおぼしきものに手が触れた。みかっちさんのはずだ。 
一瞬ビクっとしたあと、人の気配が遠ざかって行く。
俺はその隅に立ち止まると、また角にもたれか掛かった。壁はほんのりと暖かい。
そうだろう。誰だってこんな何も見えない中で、なんにも触らずには立っていられない。 

風の音を聞いていると、またいきなり右肩を強く掴まれた。京介さんだ。わざとやっているとしか思えない。 
俺は闇の向こうの人物を睨みながら、また時計回りに静々と進む。 
さっきのリプレイのように誰かの肩に触れ、そして誰かは去っていった。 
その角で待つ俺は、こんどはビビらないぞと踏ん張っていたが、やはり右から来た誰かに右肩を掴まれビクリとするのだった。

そして、『俺が次のスタート走者になったら方向を変えてやる』と密かに誓いながら進むことしばし。 
誰かの肩ではなく垂直に立つ壁に手が触れた。
一瞬声をあげそうになった。
ポケットだった。
誰もいない隅を、なぜかその時の俺は頭の中でそう呼んだ。たぶんエア・ポケットからの連想だと思う。 
ポケットについた俺は、念願の次のスタート権を得たわけだ。 
今4人は四隅のそれぞれにたたずんでいることになる。 
俺は当然のように反時計回りに進み始めた。 
ようやく京介さんを触れる! 
いや、誤解しないで欲しい。なにも女性としての京介さんを触れる喜びに浸っているのではない。
ビビらされた相手へのリベンジの機会に燃えているだけだ。 
ただこの闇夜のこと、変なところを掴んでしまう危険性は確かにある。
だがそれは仕方のない事故ではないだろうか。 
俺は出来る限り足音を殺して右方向へ歩いた。 
そしてすでに把握した距離感で、ここしかないという位置に左手を捻りこんだ。 

次の瞬間、異常な硬さが指先を襲った。指をさすりながらゾクッとする。 
壁?ということはポケット?そんな。俺からスタートしたのに……
呆然とする俺の左肩を何者かが強く掴んだ。京介さんだ。 
俺は当然、壁に接している人影を想像して左手を出したのに。なんて人だ。 
暗闇の中、壁に寄り添わずに立っていたなんて。
あるいは罠だったか。
人の気配が壁伝いに去っていく。 
悔しさがこみ上げて、残された俺は次はどういくべきか真剣に思案した。

そしてしばらくしてまた右肩を掴まれたとき、恥ずかしながら「ウヒ」という声が出た。 
くそ!京介さんだ。また誰か逆回転にしやがったな。 
こんどこそ悲しい事故を起こすつもりだったのに。 
頭の中で毒づきながら時計回りに次の隅へ向かう。そしてみかっちさん(たぶん)には遠慮がちに触った。 

次の回転でも右からだった。その次も。その次も。 
俺はいつまでたっても京介さんを触れる反時計回りにならないことにイライラしながら、
はやくポケット来いポケット来いと念じていた。
次ポケットが来たら当然反時計回りにスタートだ。 
俺はそれだけを考えながら回り続けた。 

何回転しただろうか、闇の中で気配だけが蠢く不思議なゲームが急に終わりを告げた。 

「キャー!」という悲鳴に背筋が凍る。 
みかっちさんの声だ。 
ドタバタという音がして、懐中電灯の明かりがついた。 
京介さんが天井に向けて懐中電灯を置くと、部屋は一気に明るくなった。 
みかっちさんは部屋の隅にうずくまって頭を抱えている。 
CoCoさんが「どうしたの?」と近寄っていくと、 
「だって、おかしいじゃない!どうして誰もいないトコが来ないのよ!」 
それは俺も思う。ポケットが来さえすれば京介さんを……まて。なにかおかしい。 
アルコールで回転の遅くなっている頭を叩く。
回転が止まらないのは変じゃない。5人目がいなくても、ポケットに入った人が勝手に再スタートするからだ。 
だから、ぐるぐるといつまでも部屋を回り続けることに違和感はないが……
えーと、最初の1人目がスタートして次の人に触り、4人目がポケットに入る。これを繰り返してるだけだよな。
えーと、だから……どうなるんだ?
こんがらがってきた。 
「もう寝ようか」というCoCoさんの一言で、とりあえずこのゲームはお流れになった。 
京介さんは俺に向かって「残念だったな」と言い放ち、人差し指を左右に振る。 
みかっちさんもあっさりと復活して、「まあいいか」なんて言っている。 
さすがオカルトフリークの集まり。 
この程度のことは気にしないのか。むしろフリークだからこそ気にしろよ。 
俺は気になってなかなか眠れなかった。 

夢の中で異様に冷たい手に右肩をつかまれて悲鳴をあげたところで、次の日の朝だった。 
京介さんだけが起きていてあくびをしている。 
「昨日起ったことは、京介さんはわかってるんですか」 
朝の挨拶も忘れてそう聞いた。 
「あの程度の酒じゃ、素面も同然だ」 
ズレた答えのようだが、どうやら『わかってる』と言いたいらしい。 
俺はノートの切れ端にシャーペンで図を描いて考えた。 

ACoCo    B京介 

Dみかっち  C俺 

そしてゲームが始まってから起ったことをすべて箇条書きにしていくと、ようやくわかって来た。
酒さえ抜けると難しい話じゃない。
これはミステリーのような大したものじゃないし、正しい解答も一つとは限らない。
俺がそう考えたというだけのことだ。でもちょっと想像してみて欲しい。あの闇の中で何がおこったのか。 

1 時計 
2 時計 
3 時計 
4 反時計 
5 時計 
6 時計 
7 時計 
8 時計 
9 時計 
10 時計 
……

俺が回った方向だ。 
そして3回目の時計回りで、俺はポケットに入った。 
仮にAが最初のスタートだったとしたら、時計回りなら1回転目のポケットはD、
そして同じ方向が続く限り、2回転目のポケットはC、3回転目はB、と若くなっていく。 
つまり同一方向なら、必ず誰でも4回転に一回はポケットが来るはずなのだ。 
とすると、5回転目以降の時計回りの中で俺にポケットが来なかったのはやはりおかしい。 
もう一度図に目を落とすと、3回転目で俺がポケットだったことから逆算するかぎり、
最初のスタートはBの京介さんで、時計回りということになる。
1回転目のポケット&2回転目のスタートはCoCoさんで、
2回転目のポケット&3回転目スタートはみかっちさん、そしてその次が俺だ。
俺は方向を変えて反時計回りに進み、4回転目のポケット&5回転目のスタートはみかっちさん。
そしてみかっちさんはまた回転を時計回りに戻したので、5回転目のポケットは……俺だ。 
俺のはずなのに、ポケットには入らなかった。誰かがいたから。

だからそのまま時計回りに回転は続き、そのあと一度もポケットは来なかった。 
どうして5回転目のポケットに人がいたのだろうか。 
『いるはずのない5人目』という単語が頭をよぎる。 
あの時みかっちさんだと思って遠慮がちに触った人影は、別のなにかだったのか。 
「ローシュタインの回廊ともいう」
京介さんがふいに口を開いた。 
「昨日やったあの遊びは、黒魔術では立派な降霊術の一種だ。
 アレンジは加えてあるけど、いるはずのない5人目を呼び出す儀式なんだ」 
おいおい。降霊術って……
「でもまあ、そう簡単に降霊術なんか成功するものじゃない」 
京介さんはあくびをかみ殺しながらそう言う。 
その言葉と、昨日懐中電灯をつけたあとの妙に白けた雰囲気を思い出し、俺は一つの回答へ至った。 
「みかっちさんが犯人なわけですね」 
つまり、みかっちさんは5回転目のスタートをして時計回りにCoCoさんにタッチしたあと、
その場に留まらずに、スタート地点まで壁伝いにもどったのだ。
そこへ俺がやってきてタッチする。 
みかっちさんはその後、二人分時計回りに移動してCoCoさんにタッチ。そしてまた一人分戻って俺を待つ。 
これを繰り返すことで、みかっちさん以外の誰にもポケットがやってこない。 
延々と時計回りが続いてしまうのだ。 
「キャー!」という悲鳴でもあがらない限り。

せっかくのイタズラなのにいつまでも誰もおかしいことに気づかないので、自演をしたわけだ。 
しかしCoCoさんも京介さんも昨日のあの感じでは、どうやらみかっちさんのイタズラには気がついていたようだ。
俺だけが気になって変な夢まで見てしまった。情けない。 

朝飯どきになって、みかっちさんが目を覚ました後、
「ひどいですよ」と言うと、「えー、わたしそんなことしないって」と白を切った。 
「このロッジに出るっていう、お化けが混ざったんじゃない?」 
そんなことを笑いながら言うので、そういうことにしておいてあげた。 

後日、CoCoさんの彼氏にこの出来事を話した。 
俺のオカルト道の師匠でもある変人だ。 
「で、そのあと京介さんが不思議なことを言うんですよ。
 5人目は現れたんじゃなくて、消えたのかも知れないって」 
あのゲームを終えた時には4人しかいない。
4人で始めて5人に増えて、また4人にもどったのではなく、
最初から5人で始めて、終えた瞬間に4人になったのではないか、と言うのだ。 
しかし、俺たちは言うまでもなく最初から4人だった。
なにをいまさらという感じだが、京介さんはこう言うのだ。
「よく聞くだろう、神隠しってやつには最初からいなかったことになるパターンがある」と。 

つまり、消えてしまった人間に関する記憶が周囲の人間からも消えてしまい、
矛盾が無いよう過去が上手い具合に改竄されてしまうという、オカルト界では珍しくない逸話だ。 
しかしいくらなんでも、5人目のメンバーがいたなんて現実味が無さ過ぎる。
その人が消えて、何事もなく生活できるなんてありえないと思う。 
しかし師匠はその話を聞くと、感心したように唸った。 
「あのオトコオンナがそう言ったのか。面白い発想だなあ。 
 その山岳部の学生の逸話は、日本では四隅の怪とかお部屋様とかいう名前で古くから伝わる遊びで、
 いるはずのない5人目の存在を怖がろうという趣向だ。
 それが実は5人目を出現させるんじゃなく、5人目を消滅させる神隠しの儀式だったってわけか」 
師匠は面白そうに頷いている。 
「でも、過去の改竄なんていう現象があるとしても、
 初めから5人いたら、そもそも何も面白くないこんなゲームをしますかね」 
「それがそうでもない。山岳部の学生は一晩中起きているためにやっただけで、むしろ5人で始める方が自然だ。
 それから、ローシュタインの回廊ってやつは、もともと5人で始めるんだ」 
5人で始めて、途中で一人が誰にも気づかれないように抜ける。 
抜けた時点で回転が止まるはずが、なぜか延々と続いてしまうという怪異だという。 
「じゃあ自分たちも5人で始めたんですかね。それだと途中で一度逆回転したのはおかしいですよ」 

5人目が消えたなんていうバカ話に真剣になったわけではない。 
ただ師匠がなにか隠しているような顔をしていたからだ。 
「それさえ、実際はなかったことを、5人目消滅の辻褄あわせのために作られた記憶だとしたら、
 ストーリー性がありすぎて不自然な感じがするし、なんでもアリもそこまでいくとちょっと引きますよ」 
「ローシュタインの回廊を知ってたのは、追加ルールの言いだしっぺのオトコオンナだったね。
 じゃあ、実際の追加ルールはこうだったかも知れない
 『1.途中で一人抜けていい。2.誰もいない隅に来た人間が次のスタート走者となり、方向を選べる』とかね」
なんだかややこしい。 
俺は深く考えるのをやめて、師匠を問いただした。 
「で、なにがそんなに面白いんですか」 
「面白いっていうか、うーん。
 最初からいなかったことになる神隠しってさ、完全に過去が改竄されるわけじゃないんだよね。 
 例えば、誰のかわからない靴が残ってるとか、集合写真で一人分の空間が不自然に空いてるとか。
 そういうなにかを匂わせる傷が必ずある。
 逆に言うと、その傷がないと誰も何か起ってることに気づかない訳で、そもそも神隠しっていう怪談が成立しない」
なるほど、これはわかる。 
「ところでさっきの話で、一箇所だけ違和感を感じた部分がある。
 キャンプ場にはレンタカーで行ったみたいだけど……
 4人で行ったなら、普通の車でよかったんじゃない?」
師匠はそう言った。 

少なくとも、京介さんは4人乗りの車を持っている。
わざわざ借りたのは、師匠の推測の通り6人乗りのレンタカーだった。 
確かにたかが1泊2日。ロッジに泊まったため、携帯テントなどキャンプ用品の荷物もほとんどない。 
どうして6人乗りが必要だったのか。
どこの二つの席が空いていたのか思い出そうとするが、あやふやすぎて思い出せない。 
どうして6人乗りで行ったんだっけ……
「これが傷ですか」
「どうだかなぁ。ただアイツが言ってたよ。かくれんぼをしてた時、勝負がついてないから粘ってたって。
 かくれんぼって、時間制限があるなら鬼と隠れる側の勝負で、時間無制限なら最後の一人になった人間の勝ちだよね。
 どうしてかくれんぼが終わらなかったのか。あいつは誰と勝負してたんだろう」
師匠のそんな言葉が頭の中をあやしく回る。 
なんだか気分が悪くなって、逃げ帰るように俺は師匠の家を出た。 

帰り際、俺の背中に「まあそんなことあるわけないよ」と師匠が軽く言った。 
実際それはそうだろうと思うし、今でもあるわけがないと思っている。 
ただその夜だけは、いたのかも知れない、いなくなったのかも知れない、
そして、友達だったのかも知れない5人目のために祈った。




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