【閲覧注意】怪談の森【怖い話】

実話怪談・都市伝説・未解決の闇・古今東西の洒落にならない怖い話。ネットの闇に埋もれた禁忌の話を日々発信中!!

カテゴリ: 師匠




423 :顔:2006/06/03(土) 12:07:12 ID:3rNkYIQb0

大学1回生の冬。 
大学生になってからの1年弱、
大学の先輩でありオカルト道の師匠でもある人と、様々な心霊スポットへ足を踏み入れた俺だったが、
さすがに寒くなってくると出不精になってくる。 

正月休みにめずらしく師匠が俺の下宿に遊びに来た。 
とくにすることもないので、コタツにもぐりこんで俺はゲームボーイを、師匠はテレビをぼーっと見ていた。 
ふと、師匠が「あれ?」と言うので顔を向けると、
テレビにはダイバーによる、どこかの海の海底探査の様子が映っていた。 
「この石像って、あ、消えた」
すぐに画面が切り替わったが、一瞬だけ見えた。 
地中海のエジプト沖で、海底にヘレニズム期の遺跡が発見されたと、アナウンサーが報じていた。 
海底に沈んだ石造りの古代の建造物が、ダイバーの水中カメラに映し出されている。 
その映像の中に、崩れた石柱の下敷きになっている石像の姿があったのだ。 
なにかの神様だろうそれは、泥の舞う海の底で、苦悶の表情としか思えない顔をしていた。 

最初からそんな表情の石像だったとは思えない、不気味な迫力があった。 
何ごともなく番組は次のニュースへ移る。 
「こんなことって、あるんですかね」と言う俺に、師匠は難しい顔をして話しはじめた。 
「廃仏毀釈って知ってる?」
師匠の専攻は仏教美術だ。日本で似たような例を知っているという。 
江戸から明治に入り、神仏習合の時代から、仏教にとっては受難といえる神道一党の時代へ変化した時があった。
多くの寺院が打ち壊され、仏具や仏像が焼かれ、
また、神社でも仏教色の強かったところでは多くの仏像が収められていたが、それらもほとんどが処分された。 
「中でも密教に対する弾圧は凄まじかった」
吉野の金峰山寺は破壊され、周辺の寺院も次々と襲われたが、その寺の一つで不思議なことがあったという。 

僧侶が神官の一党に襲われ、不動明王など密教系の仏像はすべて寺の庭に埋められて、のちに廃寺とされた。 
弾圧の熱が収まりはじめたころ、
貴重な仏像が坑されたという話を聞きつけて、近隣の山師的な男がそれを掘り起こそうとした。
ところが、土の中から出てきた仏像は、すべて憤怒の顔をしていたという。 
元から憤怒の表情の不動明王はともかく、
柔和なはずの他の仏像までもことごとく、地獄の鬼もかほどではないという凄まじい顔になっていたそうだ。 
その怒りに畏れた男は、掘り出した仏像に火をかけた。
木製の仏像は6日間(!)ものあいだ燃え続け、
その間「おーんおーん」という、唸り声のような音を放ち続けたという。 
あまりに凄い話に、俺は気がつくと正座していた。 

「何年かまえ、人間国宝にもなっている仏師が、外国メディアのインタビューを受けた記事を読んだことがある。
 記者が『どうしてこんなに深みのあるアルケイックスマイルを表現できるのでしょうか』と聞くと、
 仏師はこう答えた。
 『彫るのではない。わらうんだ』 
 これを聞いたときは痺れたねぇ・・・」 
めずらしく師匠が他人を褒めている。
俺は、命を持たない像が感情をあらわすということもあるかも知れない、と思い始めた。 
「そうそう、僕が以前、多少心得のある催眠術の技術を使って、面白いことをしたことがある」 
なにを言い出したのか、ちょっと不安になった。
「普通の胸像にね、ささやいたんだ。『お前は石にされた人間だよ』」 
怖っ。なんてことを考えるんだこの人は。 
そしてどうなったのか、あえて聞かなかった。








941 :超能力  1/9:2006/02/22(水) 23:45:38 ID:CqBHiC0Y0

大学時代、霊感の異常に強いサークルの先輩に会ってから、やたら霊体験をするようになった俺は、
オカルトにどっぷり浸かった学生生活を送っていた。
俺は一時期、超能力に興味を持ち、ESPカードなどを使って、半ば冗談でESP能力開発に取り組んだことがあった。
師匠と仰ぐその先輩はと言えば、畑違いのせいか超能力なんていうハナシは嫌いなようだった。 
しかし、信じてないというわけではない。
こんなエピソードがある。 

テレビを見ていると、日露超能力対決!などという企画の特番をやっていた。 
その中で、ロシア人の少女が目隠しをしたまま、箱に密封された紙に書かれている内容を当てる、という実験があった。
ようするに透視するというのだ。
少女が目隠しをしたあとで芸能人のゲストが書いたもので、事前に知りようがないはずなのに、
少女は見事にネズミの絵を当てたのだった。 
しかし、テレビを見ていた師匠が言う。 
「こんなの透視じゃない」 

目隠しがいかに厳重にされたか見ていたはずなのに、そんなことを言い出したので、
「どういうことです?」と問うと、真面目くさった顔で「こんなのはテレパスなら簡単だ」。
意表をつかれた。
ようするに、精神感応(テレパシー)能力がある人間なら、
その紙に書いたゲストの思考を読めば、こんな芸当は朝飯前だというのである。 
どんなに厳重に目隠しをしようと、箱に隠そうと、それを用意した人間がいる限り中身はわかる。 
師匠は、
「テレビで出てくるような透視能力者はすべてインチキで、ちょっとテレパシー能力があるだけの凡人だ」と言った。
『テレパシー能力のある凡人』という表現が面白くて笑ってしまった。 
師匠はムッとしたが、俺が笑い続けているのは他に理由があった。 
ロシア人の少女の傍に立つ通訳の男をよく知っていたからだ。 

インチキ超能力芸で何度も業界から干された、その筋では有名な山師だ。
俺は今回の透視実験のタネも知っている。
時々「続けて大丈夫か」というようなことを言いながら少女の身体に触る、
その触り方で、絵の情報を暗号化して伝えているのだ。以前雑誌で読んだことのある、彼のいつもの手口だった。
松尾何某がそこにいれば、『通訳にも目隠しさせろ』などと意地悪なことを言い出すところである。 
俺はあえて、この少女をテレパスだと信じている師匠に、この特番の裏を教えなかった。 
なんだかかわいらしい気がしたから。

そんなことがあった数日後、師匠が俺の下宿を訪ねてきて、「今日はやりかえしに来た」と言う。 
あの番組のあと、雑誌やテレビでインチキが暴露されてちょっと話題になったから、師匠の耳にも入ったらしい。
俺が知っていてバカにしていたことも・・・
俺は嫌な予感がしたが、部屋に上げないわけにはいかない。 
師匠はカバンから厚紙で出来た小さな箱を二つだし、テーブルの上に置いた。 

「こちらを箱A、こっちを箱Bとする」
同じような箱に、マジックでそう書いてある。 
なにが始まるのかドキドキした。
「Aの箱には千円、Bの箱には1万円が入っている。この箱を君にあげよう」 
ただし、と師匠は続けた。
「お金を入れたのは実は予知能力者で、
 君がABどちらか片方を選ぶと予知していたら、正しく千円と1万円を入れている。
 しかし、もし君が両方の箱を選ぶような欲張りだと予知していたら、Bの箱の1万円は入れていない」
さあ、どう選ぶ?
そう言って、選択肢をあげた。 
「1箱Aのみ
 2箱Bのみ
 3箱AB両方
 おっとそれから、
 4どちらも選ばない」 

どういうゲームかよく分からないが、頭を整理する。 
ようするに、Bだけを選んだらちゃんと1万円入ってるんだから、2の『箱Bのみ』が一番儲かるんじゃないだろうか。
師匠は嫌らしい顔で、「ほんとにそれでいいのぉ?」と言った。 

ちょっと待て、冷静に考えろ。 
「その予知能力者は、本物という設定なんですか」 
肝心なところだ。 
しかし師匠は、「質問は不可」というだけだった。
目の前を箱を見ていると、
『そこにあるんだからいくら入ってようが両方もらっといたらいいじゃん?』
と、俺の中の悪魔がささやく。
『待って待って、予知能力が本物なら両方選べばBはカラ。Aの千円しか手に入らないぞ?』
と、俺の中の天使がささやく。
『予知能力が偽者ならどうよ?
 そう予知してBにお金を入れなかったのに、実際はBだけを選んでしまったらもうけは0円だぞ』
と悪魔。 
そうだ。だいたい予知能力というのがあやふやだ。 
目の前にあるのに、その箱の中身がまだ定まっていないというのが、実感がわかない。 
お金を入れる、という行為はすでに終わった過去なのだから、
今から俺がどうしようが箱の中身を変えることは出来ない、という気もする。 
じゃあ、3の箱AB両方というのが最善の選択なんだろうか。 

「さん」と言い掛けて、思いとどまった。
これはゲームなのだ。所詮、師匠が用意したものだ。あやうく本気になるところだった。 
たぶん、3を選ばせておいて箱Bは空っぽ、「ホラ、欲をかくから千円しか手に入らないんだ」と笑う。 
そういう趣向なのだろう。
なんだか腹が立ってきた。
2のBだけを選んでおいて、『片方しか選んでないのに、1万円入ってないぞ』とゴネることも考えた。 
しかし3の『両方』を選んでおけば、最低でも千円は手に入るのだから、
次の仕送りまでこれで○千円になって・・・と、生活臭あふれる思考へと進んでいった。 
すると師匠が「困ってるねえ」と、嬉しそうに口を出してきた。 
「そこで、一つヒントをあげよう。
 君がもし透視能力、もしくはテレパシー能力の持ち主だったとしたらどうする?」 
きた。また変な条件が出て来た。
予知能力という仮定の上にさらに別の仮定を重ねるのだから、ややこしい話になりそうだった。 

そんな顔をしてると、師匠は「簡単簡単」と笑うのだった。 
「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう?だったら再現するのは簡単。
 箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な透視能力者だ」 
「ちょ、そんなズルありですか」と言ったが、
「透視能力ってそういうものだから」
そっちがOKなら全然構わない。 
「テレパシーの方ならもっと簡単。入れた本人に聞けばいい。頭の中を覗かれた設定で」 
なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。 
「で、僕は超能力者になっていいんですか?」 
「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。
 と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人がここにいないから、遠慮してもらおうかな」 
本人がいない?嫌な予感がした。 

「もしかして、彼女が絡んでますか?」と問うと頷き、「僕も中身は知らない」と言った。 
俺は青くなった。
師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどいというのか、
予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくない人だった。 
「本物じゃないですか!」 
俺は目の前の箱から思わず身を引いた。 
ただのゲームじゃなくなってきた。 
仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまたまのレベルを超えて、
ひょっとしてもしかして本物の予知能力だった場合、これってマジ・・・? 
俺は今までに何度か、その人にテストのヤマで助けてもらったことがある。 
あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。 
「さあ、透視能力を使う?」
師匠はカッターを持って箱Bにあてがった。 
「ちょっと待ってください」 
話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。 
予知能力が本物だとした場合、
両方の箱を選ぶという行為で、Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか? 
それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がなされていて、
俺がどう選ぶかということも完全に定まっているのだろうか。 

「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」 
という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。 
俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗かれているのだろうか? 
そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不確定な過去が定まるのだろうか? 
その『同時』ってなんだ?
考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。
人間が触れていい領域のような気がしない。 
渦中の箱Bは、何事もなくそこにあるだけなのに。 
そして、その箱を選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、なんだか訳がわからなくなってくる。 

俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの答えを出した。 
「4どちらも選ばない、でお願いします」 
師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。 
「前提が一つ足りないことに気がついた? 
 片方を選ぶ場合はそれぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。 
 じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?
 決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分からないんだなぁ」
師匠はそう言いながら、無造作に二つの箱をカバンに戻した。
俺はこの人には勝てないと思い知った。








934 :雨   1/7:2006/02/22(水) 23:37:54 ID:CqBHiC0Y0

大学1回生の夏ごろ。 
京介さんというオカルト系のネット仲間の先輩に、不思議な話を聞いた。 
市内のある女子高の敷地に夜中、一箇所だけ狭い範囲に雨が降ることがあるという。 
京介さんは地元民で、その女子高の卒業生だった。 
『京介』はハンドルネームで、俺よりも背が高いがれっきとした女性だ。 
「うそだー」と言う俺を睨んで、「じゃあ来いよ」と連れて行かれた。 

真夜中に女子高に潜入するとはさすがに覚悟がいったが、
建物の中に入るわけじゃなかったことと、セキュリティーが甘いという京介さんの言い分を信じてついていった。

場所は校舎の影になっているところで、もとは焼却炉があったらしいが、今は近寄る人もあまりいないという。 
「どうして雨が降るんですか」と声をひそめて聞くと、
「むかし校舎の屋上から、ここへ飛び降りた生徒がいたんだと。
 その時飛び散って地面に浸み込んだ血を、洗うために雨が降るんだとか」
「いわゆる七不思議ですよね。ウソくせー」
京介さんはムッとして足を止めた。
「ついたぞ。そこだ」
校舎の壁と敷地を囲むブロック塀のあいだの寂しげな一角だった。暗くてよく見えない。
近づいていった京介さんが「おっ」と声をあげた。 
「見ろ。地面が濡れてる」 

僕も触ってみるが、たしかに1メートル四方くらいの範囲で湿っている。
空を見上げたが、月が中天に登り雲は出ていない。
「雨が降った跡だ」 
京介さんの言葉に釈然としないものを感じる。 
「ほんとに雨ですか?誰かが水を撒いたんじゃないですか」 
「どうしてこんなところに」 
首をひねるが思いつかない。 
周りを見渡してもなにもない。敷地の隅で、とくにここに用があるとは思えない。 
「その噂を作るためのイタズラとか」
だいたい、そんな狭い範囲で雨が降るはずがない。 
「私が1年の時、3年の先輩に聞いたんだ。『1年の時、3年の先輩に聞いた』って」 
つまり、ずっと前からある噂だという。 

目をつぶって、ここに細い細い雨が降ることを想像してみる。 
月のまひるの空から、地上のただ一点を目がけて降る雨。 
怖いというより幻想的で、やはり現実感がない。 
「長い期間続いているということは、つまり犯人は生徒ではなく教員ということじゃないですか」 
「どうしても人為的にしたいらしいな」
「だって、降ってるとこを見せられるならまだしも、これじゃあ・・・ 
 たとえば残業中の先生が、夜食のラーメンに使ったお湯の残りを窓からザーッと」 
そう言いながら上を見上げると、黒々とした校舎の壁はのっぺりして、窓一つないことに気づく。 
校舎の中でも端っこで、窓がない区画らしい。

雨。雨。雨。 
ぶつぶつとつぶやく。
どうしても謎を解きたい。 
降ってくる水。降ってくる水。 
その地面の濡れた部分は、校舎の壁から1メートルくらいしか離れていない。 
また見上げる。
やはり校舎のどこかから落ちてくる、そんな気がする。 
「あの上は屋上ですか」 
「そうだけど。だからって誰が水を撒いてるってんだ」 
目を凝らすと、屋上の縁は落下防止の手すりのようなもので囲まれている。 
さらに見ると、一箇所、その手すりが切れている部分がある。この真上だ。 
「ああ、あそこだけ何でか昔から手すりがない。だからそこから飛び降りたってハナシ」 
それを聞いてピーンとくるものがあった。 

「屋上は掃除をしてますか?」 
「掃除?いや、してたかなあ。つるつるした床で、いつも結構きれいだったイメージはあるけど」 
俺は心でガッツポーズをする。
「屋上の掃除をした記憶がないのは、業者に委託していたからじゃないですか」 
何年にも渡って月に1回くらいの頻度で、放課後生徒たちが帰った後に派遣される掃除夫。
床掃除に使った水を不精をして屋上から捨てようとする。
自然、身を乗り出さずにすむように、手すりがないところから・・・ 
「次の日濡れた地面を見て、噂好きの女子高生が言うんですよ。『ここにだけ雨が降ってる』って」 
僕は自分の推理に自信があった。幽霊の正体みたり枯れ尾花。
「お前、オカルト好きのくせに夢がないやつだな」 
なんとでも言え。
「でも、その結論は間違ってる」 
京介さんはささやくような声で言った。 

「水で濡れた地面を見て小さな範囲に降る雨の噂が立った、という前提がそもそも違う」 
どういうことだろう。
京介さんは真顔で、「だって、降ってるところ見たし」。
僕の脳の回転は止まった。先に言って欲しかった。 
「そんな噂があったら、行くわけよ。オカルト少女としては」 
高校2年のとき、こんな風に夜中に忍び込んだそうだ。
そして、目の前で滝のように降る雨を見たという。 
「水道水の匂いならわかるよ」と京介さんは言った。 
俺は膝をガクガクいわせながら、
「血なんかもう流れきってるでしょうに」 
「じゃあ、どうして雨は降ると思う」 
わからない。

京介さんは首をかしげるように笑い、
「洗っても洗っても落ちない血の感覚って、男にはわかんないだろうなあ。
 その噂の子はレイプされたから、自分を消したかったんだよ」 
僕の目を見つめてそう言うのだった。








910 :将棋  1/8:2006/02/22(水) 20:03:27 ID:CqBHiC0Y0

師匠は将棋が得意だ。
もちろん将棋の師匠ではない。大学の先輩でオカルトマニアの変人である。
俺もまたオカルトが好きだったので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。

大学1回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負を挑んだ。俺も多少心得があったから。
しかし結果は惨敗。角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。 
1週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取り戻した俺は、再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。
結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散らされてしまった。 
感想戦の最中に師匠がぽつりと言った。 
「僕は亡霊と指したことがある」 
いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして身を乗り出した。 

「手紙将棋を知ってるか」と問われて頷く。 
将棋は普通、長くても数時間で決着がつく。1手30秒とかの早指しなら数十分で終わる。
ところが手紙将棋というのは、盤の前で向かい合わずに、お互い次の手を手紙で書いてやり取りするという、
なんとも気の長い将棋だ。 
風流すぎて若者には理解出来ない世界である。
ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だけというサイクルでしていたそうだ。 
夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。 
年に2手しか進まない。将棋は1勝負に100手程度かかるので、終わるまでに50年はかかる計算になる。 
「死んじゃいますよ」 
師匠は頷いて、祖父は5年前に死んだと言った。 

戦時中のことだ。 
前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、小隊で将棋を指せるただひとりの戦友と、
紙で作ったささやかな将棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。

その戦友が負傷をして本土に帰されることになったとき、二人は住所を教えあい、
ひと時の友情の証しに、戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。 
戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たっていた。 
戦争が終わり復員した祖父は、約束どおり冬至に手紙を出した。『2六歩』とだけ書いて。 
夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたとき、祖父は泣いたという。 
それ以来、年に2手だけという将棋は続き、
祖父は夏至に届いた手への返し手を半年かけて考え、
冬至に出した手にどんな手を返してくるか、半年かけて予想するということを、
それは楽しそうにしていたそうだ。 
5年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近づいていたが、まだ勝負はついていなかった。 
師匠は祖父から将棋を学んでいたので、
ここでバカ正直な年寄りたちの生涯をかけた遊びが途切れることを残念に思ったという。 

手紙が届かなくなったらどんな思いをするだろう。 
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかとも考えた。それでもやはり悲しむに違いない。
ならばいっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そう、と考えたのだそうだ。 
宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていたので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだけでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。 
「どちらが優勢ですか」俺が問うと、師匠は複雑な表情でぽつりと言った。 
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。 
2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は最善手を指してくる。 
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに気づいてないはずはない。 
それでも投了せずに続けているのは、
この遊びが途中で投げ出していいような遊びではない、という証しのような気がして、胸がつまる思いがしたという。

「これがその棋譜」と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。 
2六歩、3四歩、7六歩・・・ 
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。 
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ指されなくなった手が迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような新しい手が指される。
戦後進歩を遂げた将棋の歴史を見ているような気がした。 
7四歩突き、同銀、6七馬・・・局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。 
「ここで僕に代わり、2四銀とする」 
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。 
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。 
「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど最善で、そして助からない1手だったとき、
 僕は相手のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたってたった1局の将棋を指してきた友だちとはどんな人だろう。 

思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。 
不謹慎な怪談と傍若無人な行動こそ、師匠の人となりだったからだ。 
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っていることも忘れて・・・ 
「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」 
俺が想像していたのは、80歳を過ぎた老人が、古い家で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。 
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」
ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものがあった。 
師匠が相手のことを思って祖父の死を隠したように、相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。 
いわば、優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。
しかし、師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少しドキドキした。 

「死んだのは1945年2月。戦場で負った傷が悪化し、日本に帰る船上で亡くなったそうだ」 
びくっとする。俄然グロテスクな話になって行きそうで。 
では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ? 
『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭を回る。 
師匠は青くなった俺を見て笑い、「心配するな」と言った。 
「その後、向こうの家と連絡をとった」
こちらのすべてを明らかにしたそうだ。すると向こうの家族から長い書簡がとどいたという。 
その内容は以下のようなものだった。

祖父の戦友は船上で死ぬ間際に、家族に宛てた手紙を残した。その中にこんな下りがあった。 
『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてくる人間がいるだろう。
 その中に将棋の手が書かれた間抜けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでやってほしい。
 そして出来得れば、私の名前で応答をしてほしい。
 私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、大バカで気持ちのいいやつなのだ』 

師匠は語りながら、盤面をすすめた。 
4一角 
3二香 
同銀成らず 
同金
その同金を角が取って成ったとき涙が出た。
師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初めてだった。 
「あと17手、年寄りどもの供養のつもりで指すことにしてる」 
師匠は指を駒から離して、「ここまで」と言った。








902 :魚  1/7:2006/02/22(水) 19:55:14 ID:CqBHiC0Y0

別の世界へのドアを持っている人は確かにいると思う。 
日常の隣でそういう人が息づいているのを、僕らは大抵知らずに生きているし、生きていける。 
しかし、ふとしたことでそんな人に触れたときに、いつもの日常はあっけなく変容していく。 
僕にとってその日常の隣のドアを開けてくれる人は二人いた。それだけのことだったのだろう。 

大学1回生ころ、地元系のネット掲示板のオカルトフォーラムに出入りしていた。 
そこで知り合った人々は、いわばなんちゃってオカルトマニアであり、高校までの僕ならば素直に関心していただろうけれど、
大学に入って早々に師匠と仰ぐべき強烈な人物に会ってしまっていたので、物足りない部分があった。 
しかし、降霊実験などを好んでやっている黒魔術系のフリークたちに混じって遊んでいると、1人興味深い人物に出会った。
『京介』というハンドルネームの女性で、年歳は僕より2,3歳上だったと思う。 

じめじめした印象のある黒魔術系のグループにいるわりにはカラっとした人で、背が高くやたら男前だった。
そのせいか、オフで会っても「キョースケ、キョースケ」と呼ばれていて、本人もそれが気にいっているようだった。

あるオフの席で、『夢』の話になった。
予知夢だとかそういう話がみんな好きなので盛り上がっていたが、京介さんだけ黙ってビールを飲んでいる。 
僕が「どうしたんですか」と聞くと、一言「私は夢をみない」。
機嫌を損ねそうな気がしてそれ以上突っ込まなかったが、その一言がずっと気になっていた。 

大学生になってはじめての夏休みに入り、
僕は水を得た魚のように、心霊スポットめぐりなどオカルト三昧の生活を送っていた。 
そんなある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいたのだった。 

暗闇の中で寝ていたソファーから身体を起こす。 
服がアルコール臭い。酔いつぶれて寝てしまったらしい。 
回転の遅い頭で昨日のことを思い出そうとあたりを見回す。 
厚手のカーテンから幽かな月の光が射し、その中で一瞬闇に煌くものがあった。 
水槽と思しき輪郭のなかににび色の鱗が閃いて、そして闇の奥へと消えていった。 
なんだかエロティックに感じて妙な興奮を覚えたが、すぐに睡魔が襲ってきて、そのまま倒れて寝てしまった。 

次に目を覚ましたときは、カーテンから朝の光が射しこんでいた。 
「起きろ」
目の前に京介さんの顔があって、思わず「ええ!?」と間抜けな声をあげてしまった。 
「そんなに不満か」 
京介さんは状況を把握しているようで教えてくれた。 
どうやら昨夜のオフでの宴会のあと、完全に酔いつぶれた俺をどうするか残された女性陣たちで協議した結果、 
近くに住んでいた京介さんが自分のマンションまで引きずって来たらしい。 

申し訳なくて途中から正座をして聞いた。 
「まあ気にするな」と言って、京介さんはコーヒーを淹れてくれた。 
その時、部屋の隅に昨日の夜に見た水槽があるのに気がついたが、不思議なことに中は水しか入っていない。 
「夜は魚がいたように思ったんですが」 
それを聞いたとき、京介さんは目を見開いた。 
「見えたのか」と身を乗り出す。 
頷くと、「そうか」と言って、京介さんは奇妙な話を始めたのだった。 

京介さんが女子高に通っていたころ、学校で黒魔術まがいのゲームが流行ったという。
占いが主だったが、一部のグループがそれをエスカレートさせ、怪我人が出るようなことまでしていたらしい。
京介さんはそのグループのリーダーと親しく、何度か秘密の会合に参加していた。 
ある時、そのリーダーが真顔で「悪魔を呼ぼうと思うのよ」と言ったという。

その名前のない悪魔は、呼び出した人間の『あるもの』を食べるかわりに、災厄を招くのだという。 
「願いを叶えてくれるんじゃないんですか?」
思わず口をはさんだ。普通はそうだろう。
しかし、「だからこそやってみたかった」と京介さんは言う。 
京介さんを召喚者としてその儀式が行われた。 
その最中に、京介さんとリーダーを除いて全員が癲癇症状を起こし、その黒魔術サークルは以後活動しなくなったそうだ。
「出たんですか。悪魔は」 
京介さんは一瞬目を彷徨わせて、 
「あれは、なんなんだろうな」と言って、それきり黙った。 
オカルト好きの僕でも、悪魔なんて持ち出されるとちょっと引く部分もあったが、
ようは『それをなんと呼ぶか』なのだということを、オカルト三昧の生活の中に学んでいたので、笑い飛ばすことはなかった。
「夢を食べるんですね、そいつは」 
あの気になっていた一言の意味とつながった。 
しかし京介さんは首を振った。 

「悪夢を食べるんだ」 
その言葉を聞いて、背筋に虫が這うような気持ち悪さに襲われる。 
京介さんはたしかに「私は夢をみない」と言った。 
なのにその悪魔は悪夢しか食べない・・・その意味を考えてぞっとする。 
京介さんは眠ると、完全に意識が断絶したまま次の朝を迎えるのだという。 
いつも目が覚めると、どこか身体の一部が失われたような気分になる・・・ 
「その水槽にいた魚はなんですか」
「わからない。私は見たことはないから。
 たぶん、私の悪夢を食べているモノか、それとも・・・私の悪夢そのものなのだろう」
そう言って笑うのだった。 
京介さんが眠っている間にしか現れず、しかも、それが見えた人間は今まで二人しかいなかったそうだ。 

「その水槽のあるこの部屋でしか私は眠れない」 
どんな時でも部屋に帰って寝るという。
「旅行とか、どうしても泊まらないといけない時もあるでしょう?」と問うと、
「そんな時は寝ない」とあっさり答えた。
たしかに、飲み会の席でもつぶれたところをみたことがない。 
そんなに悪夢をみるのが怖いんですか、と聞こうとしたが止めた。 
たぶん、悪夢を食べるという悪魔が招いた災厄こそ、その悪夢なのだろうから。

僕はこの話を丸々信じたわけではない。京介さんのただの思い込みだと笑う自分もいる。 
ただ、昨日の夜の暗闇の中で閃いた鱗と、何事もないように僕の目の前でコーヒーを飲む人の強い目の光が、
僕の日常のその隣へと通じるドアを開けてしまう気がするのだった。 

「魚も夢をみるだろうか」
ふいに京介さんはつぶやいたけれど、僕はなにも言わなかった。









898 :麻雀 1/4:2006/02/22(水) 19:51:17 ID:CqBHiC0Y0
師匠は麻雀が弱い。もちろん麻雀の師匠ではない。 
霊感が異常に強い大学の先輩で、オカルト好きの俺は彼と、傍から見ると気色悪いであろう師弟関係を結んでいた。
その師匠であるが、2,3回手合わせしただけでもその実力の程は知れた。 
俺は高校時代から友人連中とバカみたいに打ってたので、
大学デビュー組とは一味違う新入生として、サークルの先輩たちからウザがられていた。 
師匠に勝てる部分があったことが嬉しくてよく麻雀に誘ったが、あまり乗ってきてくれなかった。 
弱味を見せたくないらしい。

1回生の夏ごろ、サークルBOXで師匠と同じ院生の先輩とふたりになった。 
なんとなく師匠の話になって、俺が師匠の麻雀の弱さの話をすると、
先輩は「麻雀は詳しくないんだけど」と前置きして、意外なことを話し始めた。 

なんでもその昔、師匠が大学に入ったばかりのころ、健康的な男子学生のご多聞に漏れず麻雀に手を出したのであるが、
サークル麻雀のデビュー戦で、役満(麻雀で最高得点の役)をあがってしまったのだそうだ。 
それからもたびたび師匠は役満をあがり、麻雀仲間をビビらせたという。 
「ぼくはそういう話を聞くだけだったから、へーと思ってたけど、そうか。弱かったのかアイツは」 
「いますよ、役満ばかり狙ってる人。役満をあがることは人より多くても、たいてい弱いんですよ」
俺がそんなことを言うと、
「なんでも、出したら死ぬ役満を出しまくってたらしいよ」と先輩は言った。 
「え?」
頭に九連宝燈という役が浮かぶ。 
一つの色で、1112345678999みたいな形を作ってあがる、麻雀で最高に美しいと言われる役だ。
それは作る難しさもさることながら、
『出したら死ぬ』という麻雀打ちに伝わる伝説がある、曰く付きの役満だ。 

もちろん僕も出したことはおろか拝んだこともない。ちょっとゾクッとした。 
「麻雀牌を何度か燃やしたりもしたらしい」 
確かに九連宝燈を出した牌は燃やして、もう使ってはいけないとも言われる。 
俺は得体の知れない師匠の側面を覗いた気がして怯んだが、同時にピーンと来るものもあった。 
役満をあがることは人より多くてもたいてい弱い・・・さっきの自分のセリフだ。 
つまり、師匠はデビュー戦でたまたまあがってしまった九連宝燈に味をしめて、
それからもひたすら九連宝燈を狙い続けたのだ。 
めったにあがれる役ではないから普段は負け続け、
しかし極々まれに成功してしまい、そのたび牌が燃やされる羽目になるわけだ。 
俺はその推理を先輩に話した。 
「出したら死ぬなんて、あの人の好きそうな話でしょ」 

しかし、俺の話を聞いていた先輩は首をかしげた。 
「でもなあ・・・チューレンポウトウなんていう名前だったかなあ、その役満」
そして、うーんと唸る。 
「なんかこう、一撃必殺みたいなノリの、天誅みたいな」
そこまで言って先輩は手の平を打った。
「思い出した。テンホーだ」
天和。
俺は固まった。 
言われてみればたしかに天和にも、出せば死ぬという言い伝えがある。 
しかし、狙えば近づくことが出来る九連宝燈とは違い、
天和は最初の牌が配られた時点であがっているという、完璧に偶然に支配される役満だ。 
狙わなくても毎回等しくチャンスがあるにも関わらず、出せば死ぬと言われるほどの役だ。
その困難さは九連宝燈にも勝る。
その天和を出しまくっていた・・・
俺は師匠の底知れなさを垣間見た気がして背筋が震えた。 
「出したら死ぬなんて、あいつが好きそうな話だな」 
先輩は無邪気に笑うが、俺は笑えなかった。 

それから一度も師匠とは麻雀を打たなかった。








967 :1/5:2006/01/21(土) 11:43:38 ID:9bX5hJte0

大学2回生の夏休み。 
オカルトマニアの先輩に「面白いものがあるから、おいで」と言われた。 
師匠と仰ぐその人物にそんなことを言われたら行かざるを得ない。
ノコノコと家に向かった。 
師匠の下宿はぼろいアパートの一階で、あいかわらず鍵をかけていないドアをノックして入ると、 
畳の上に座り込んでなにかをこねくり回している。 
トイレットペーパーくらいの大きさの円筒形。金属製の箱のようだ。表面に錆が浮いている。 
「その箱が面白いんですか」と聞くと、 
「開けたら死ぬらしい」
この人はいっぺん死なないとわからないと思った。 
「開けるんですか」 
「開けたい。けど開かない」 
見ると箱からは小さなボタンのようなでっぱりが全面に出ていて、円筒の上部には鍵穴のようなものもある。
「ボタンを正しい順序で押し込まないとダメらしい」 
師匠はそう言って、夢中で箱と格闘していた。 

「開けたら、どうして死ぬんですか」 
「さあ」 
「どこで手に入れたんですか」 
「××市の骨董品屋」 
「開けたいんですか」 
「開けたい。けど開かない」 
死ぬトコ見てみてェ。
俺はパズルの類は好きなので、やってみたかったが我慢した。 
「ボタンは50個ある。
 何個連続で正しく押さないといけないのかわからないけど、音聞いてる限り、だいぶ正解に近づいてる気がする」
「その鍵穴はなんですか」 
「そこなんだよ」 
師匠はため息をついた。 
2重のロックになっていて、最終的には鍵がないと開かないらしい。 
「ないんですか」 
「いや。セットで手に入れたよ。でも落とした」と悲しそうに言う。 
「どこに」と聞くと、「部屋」。
探せばいいでしょ。こんなクソ狭い部屋。 
師匠は首を振った。 

「拾っちゃったんだよ」 
「ハァ?」
意味がわからない。 
「だから、ポケットに入れてたのを部屋のどっかに落としてさ。まあいいや、明日探そ、と寝たわけ。
 その夜、夢の中で玄関に落ちてるのを見つけてさ、拾ったの」 
バカかこの人は。
「それで目が覚めて、正夢かもと思うわけ。で、玄関を探したけどない。
 あれー?と思って、部屋中探したけど出てこない。
 困ってたら、その日の晩、夢見てたら出てきたのよ。ポケットの中から」 
ちょっとゾクっとした。なんだか方向性が怪しくなってきた。 
「その次の朝、目が覚めてからポケットを探っても、もちろん鍵なんか入ってない。そこで思った。 
 『夢の中で拾ってしまうんじゃなかった』」
やっぱこぇぇよこの人。
「それからその鍵が、僕の夢の中から出てきてくれない。いつも夢のポケットの中に入ってる。
 夢の中で鍵を机の引き出しにしまっておいて、目が覚めてから机の引き出しを開けてみたこともあるんだけど、
 やっぱり入ってない。
 どうしようもなくて、ちょっと困ってる」
信じられない話をしている。
落とした鍵を夢の中で拾ってしまったから現実から鍵が消滅して、夢の中にしか存在しなくなったというのか。 
そして、夢の中から現実へ鍵を戻す方法を模索してると言うのだ。 

どう考えてもキチ○ガイっぽい話だが、師匠が言うとあながちそう思えないから怖い。 
「あー!また失敗」と言って、師匠は箱を床に置いた。 
いい感じだった音がもとに戻ったらしい。 
「ボタンのパズルを解いても、鍵がないと開かないんでしょ」と突っ込むと、師匠は気味悪く笑った。 
「ところが、わざわざ今日呼んだのは、開ける気満々だからだよ」 
なにやら悪寒がして、俺は少し後ずさった。
「どうしても鍵が夢から出てこないなら、思ったんだよ。夢の中でコレ、開けちまえって」 
なに?なに?
なにを言ってるのこの人。 
「でさ、あとはパズルさえ解ければ開くわけよ」 
ちょっと、ちょっと待って。 
青ざめる俺をよそに、師匠はジーパンのポケットを探り始めた。 
そして・・・
「この鍵があれば」 
その手には錆ついた灰色の鍵が握られていた。 

その瞬間、硬質な金属が砕けるような物凄い音がした。 
床抜け、世界が暗転して、ワケがわからなくなった。 

誰かに肩を揺すられて光が戻った。 
師匠だった。
「冗談、冗談」 
俺はまだ頭がボーッとしていた。 
師匠の手にはまだ鍵が握られている。 
「今ので気を失うなんて・・・」と俺の脇を抱えて起こし、「さすがだ」と言った。やたら嬉しそうだ。 
「さっきの鍵の意味が一瞬でわかったんだから、凄いよ。
 もっと暗示に掛かりやすい人なら、僕の目の前で消滅してくれたかも知れない」 

・・・俺はなにも言えなかった。
鍵を夢で拾った云々はウソだったらしい。 
その日は俺をからかっただけで、結局師匠は箱のパズルを解けなかった。 
その箱がどうなったか、その後は知らない。







962 :1/5:2006/01/21(土) 11:37:01 ID:9bX5hJte0

子どものころバッタの首をもいだことがある。 
もがれた首はキョロキョロと触覚を動かしていたが、胴体のほうもピョンピョンと跳び回り続けた。 
怖くなった俺は、首を放り出して逃げだしてしまった。 
その記憶がある種のトラウマになっていたが、大学時代にそのことを思い出すような出来事があった。 

怖がりのくせに、怖いもの見たさが高じてよく心霊スポットに行った。 
俺にオカルトを手ほどきした先輩がいて、俺は師匠と呼び、尊敬したり貶したりしていた。 
大学1回生の秋ごろ、その師匠と相当やばいという噂の廃屋に忍び込んだ時のこと。 
もとは病院だったというそこには、夜中に誰もいないはずの廊下で足音が聞こえる、という逸話があった。 

その話を仕込んできた俺は、師匠が満足するに違いないと楽しみだった。 
しかし、「誰もいないはずはないよ。聞いてる人がいるんだから」。
そんな森の中で木を切り倒す話のような揚足取りをされて少しムッとした。 
しかるに、カツーン カツーンという音がほんとに響き始めた時には、
怖いというより『やった』という感じだった。
師匠の霊感の強さはハンパではないので、『出る』という噂の場所ならまず確実に出る。 
それどころか、火のない所にまで煙が立つほどだ。
「しっ」
息を潜めて、師匠と俺は多床室と思しき病室に身を隠した。 
真っ暗な廊下の奥から足音が均一なリズムで近づいてくる。 
「こどもだ」と師匠が囁いた。 

「歩幅で分かる」と続ける。 
誰もいないのに足音が聞こえる、なんていう怪奇現象にあって、
その足音から足の持ち主を推測する、なんていう発想はさすがというべきか。 
やがて二人が隠れている病室の前を足音が。
足音だけが通り過ぎた。もちろん、動くものの影も気配さえもなかった。 
ほんとだった。
膝はガクガク震えているが、乗り気でなかった師匠に勝ったような気になって嬉しかった。 
ところが、微かな月明かりを頼りに師匠の顔を覗き込むと、蒼白になっている。 
「なに、あれ」
俺は心臓が止まりそうになった。
師匠がビビッている。はじめてみた。 
俺がどんなヤバイ心霊スポットにでも行けるのは、横で師匠が泰然としてるからだ。 
どんだけやばいんだよ!
俺は泣いた。

「逃げよう」と言うので、一も二もなく逃げた。 
廃屋から出るまで足音がついて来てるような気がして、生きた心地がしなかった。 
ようやく外に出て師匠の愛車に乗り込む。 
「一体なんですか」 
「わからない」
曰く、足音しか聞こえなかったと。 
いや、もともとそういうスポットだからと言ったが、「自分に見えないはずはない」と言い張るのだ。 
「あれだけはっきりした音で人間の知覚に働きかける霊が、本当に音だけで存在してるはずはない」と言うのである。
俺は、この人そこまで自分の霊感を自負していたのか、という驚きがあった。 

半年ほど経って師匠が言った。
「あの廃病院の足音、覚えてる?」 
興奮しているようだ。 
「謎が解けたよ。たぶん」 
ずっと気になっていて、少しづつあの出来事の背景を調べていたらしい。 
「幻肢だと思う」と言う。 

あの病院に昔、両足を切断するような事故にあった女の子が入院していたらしい。
その子は幻肢症状をずっと訴えていたそうだ。なくなったはずの足が痒いとかいうあれだ。 
その幻の足が、今もあの病院にさまよっているというのだ。 
俺は首をもがれたバッタを思い出した。
「こんなの僕もはじめてだ。オカルトは奥が深い」
師匠はやけに嬉しそうだった。
俺は信じられない気分だったが、「その子はその後どうなったんです?」と聞くと、 
師匠は冗談のような口調で、冗談としか思えないことを言った。 
「昨日殺してきた」







27 :降霊実験  1/9:03/05/10 00:13
大学一年目のGWごろから、僕はあるネット上のフォーラムによく顔を出していた。 
地元のオカルト好きが集まる所で、深夜でも常に人がいて結構盛況だった。 
梅雨も半ばというころに、そこで『降霊実験』をしようという話が持ち上がった。 
常連の人たちはもう何度かやっているそうで、オフでの交流もあるらしかった。 
オカルトにはまりつつあった僕はなんとか仲間に入りたくて、
『入れて入れて。いつでもフリー。超ひま』とアピールしまくってokがでた。 
中心になっていたkokoさんという女性が、彼女曰く霊媒体質なのだそうで、
彼女が仲間を集めて降霊オフをよくやっていたそうである。 

日にちが決まったが都合がつく人が少なくて、koko、みかっち、京介、僕というメンバーになった。 
人数は少ないが3人とも常連だったので、
「いいっしょー?」 
もちろん異存はなかったが、僕は新入りのくせにある人を連れて行きたくてうずうずしていた。 
それは僕のサークルの先輩で、僕のオカルト道の師匠であり、霊媒体質でこそないが、いわゆる『見える』人だった。
この人の凄さに心酔しつつあった僕は、オフのメンバーに自慢したかったのだ。 
しかし、師匠に行こうと口説いても、頑として首を縦に振らない。 
「めんどくさい」「ばかばかしい」「子守りなんぞできん」
僕はなんとか説得しようと詳しい説明をしていたら、kokoさんの名前を出した所で師匠の態度が変わった。

「やめとけ」と言うのである。
「なぜですか」と驚くと、「怖い目にあうぞ」。
口振りからすると知っている人のようだったが、こっちは怖い目にあいたくて参加するのである。 
「まあ、とにかく俺は行かん。何が起きてもしらんが、行きたきゃ行け」
師匠はそれ以上なにも教えてくれなかったが、師匠のお墨付きという思わぬ所からのオフの楽しみが出てきた。

当日、市内のファミレスで待ち合わせをした。 
そこで夕食を食べながらオカルト談義に花を咲かせ、
いい時間になったら会場であるkokoさんのマンションに移動という段取りだった。 
kokoさんは綺麗な人だったが、抑揚のないしゃべり方といい、気味の悪い印象をうけた。 
みかっちさんはよく喋る女性で、kokoさんは時々それに相槌をこっくり打つという感じだ。 
驚いたことに、2人とも僕の大学の先輩だった。 
「キョースケはバイトあるから、あとで直接ウチにくるよ」とkokoさんが言った。 
僕はなんとなく、恋人どうしなのかなあと思った。 

そして夜の11時を回るころ、みかっちさんの車で3人でマンションに向かった。 

京介さんからさらに遅れるという連絡が入り、もう始めようということになった。 
僕は俄然ドキドキしはじめた。
kokoさんはマンションの一室を完全に目張りし、一切の光が入らないようにしていた。 
こっくりさんなら何度もやったけれど、こんな本格的なものははじめてだ。 
交霊実験ともいうが、降霊実験とはつまり、霊を人体に降ろすのである。 
真っ暗な部屋にはいるとポッと蝋燭の火が灯った。 
「では始めます」
kokoさんの表情から一切の感情らしきものが消えた。 

「今日は初めての人がいるので説明しておきますが、
 これから何が起こっても決して騒がず、心を平静に保ってください。
 心の乱れは、必ず良くない結果を招きます」
kokoさんは淡々と喋った。みかっちさんも押し黙っている。 
僕は内心の不安を隠そうと、こっくりさんのノリで「窓は開けなくてもいいんですか?」と言ってみた。 
kokoさんは能面のような顔で僕を睨むと囁いた。
「窓は霊体にとって結界ではありません。通りぬけることを妨げることはないのです。 
 しかし、これから行なうことは私の体を檻にすること。
 うまく閉じこめられればいいのですが、万が一・・・」 
そこで口をつぐんだ。僕はやりかえされたわけだ。 
逃げ出したくなるくらい心臓が鳴り出した。しかしもう後戻りはできない。 
降霊実験が始まった。

僕は言われるままに目を閉じた。
蝋燭の火が赤くぼんやりと瞼に映っている。 
どこからともなくkokoさんの声が聞こえる。 
「・・・ここはあなたの部屋です。見覚えのある天井。窓の外の景色。 
 ・・・さあ起き上がってみてください。伸びをして、立つ。 
 ・・・すると視界が高くなりました。あたりを見まわします。 
 ・・・扉が目に入りました。あなたは部屋の外に出ようとしています」 
これはあれではないだろうか。
目をつぶって頭の中で自分の家を巡るという。そして、その途中でもしも・・・という心理ゲームだ。 
始める直前にkokoさんが言った言葉が頭をかすめた。 
『普通は霊媒に降りた後、残りの人が質問をするという形式です。 
 しかし私のやりかたでは、あなた方にも“直接”会ってもらいます』 
僕は事態を飲みこめた。恐怖心は最高潮だったが、こんな機会はめったにない。 
鎮まれ心臓。鎮まれ心臓。
僕はイメージの中へ没頭していった。

「く」と言う変な声がして、kokoさんが体を震わせる気配があった。 
「手を繋いでください。輪に」 
目を閉じたまま手探りで僕らは手を繋いだ。 
フッという音とともに蝋燭の火照りが瞼から消え、完全な暗闇が降りてきた。 
かすかな声がする。 
「・・・あなたは部屋を出ます。廊下でしょうか。キッチンでしょうか。 
 いつもと変わりない、見なれた光景です。あなたは十分見まわしたあと、次の扉を探します・・・」 
僕はイメージのなかで、下宿ではなく実家の自室にいた。すべてがリアルに思い描ける。 
廊下を進み、両親の寝室を開けた。
窓から光が射し込んでいる。畳に照り返して僕は目を細める。 
僕は階段を降り始めた。キシキシ軋む音。手すりの感触。 
すぐ左手に襖がある。客間だ。いつも雨戸を降ろし昼間でも暗い。
僕は子供の頃ここが苦手だった。
かすかな声がする。 
「・・・あなたは歩きながら探します。 
 ・・・いつもと違うところはないか。 
 ・・・いつもと違うところはないか」 
いつもと違うところはないか。僕は客間の電気をつけた。 
真ん中の畳の上に、切り取られた手首がおちていた。 

僕は息を飲んだ。 
人間の右手首。切り口から血が滴って、畳を黒く染めていた。 
この部屋にいてはいけない。 
僕は踵を返して部屋を飛び出した。 
廊下を突っ切り1階の居間に飛びこんだ。 
ダイニングのテーブルの上に足首がころがっていた。 
僕はあとずさる。
まずい。失敗だ。この霊はやばい。 
もう限界だ。僕は目を明けようとした。 
開かなかった。僕は叫んだ。
「出してくれ!」
だがその声は、誰もいない居間に響くだけだった。 
僕は走った。家の勝手口に僕の靴があった。  
履く余裕もなくドアをひねる。だが押そうが引こうが開かない。 
「出してくれ!」
ドアを両手で激しく叩いた。 
どこからともなくかすかな声がする。 
しかしそれはもう聞き取れない。 
僕は玄関の方へ走った。途中で何かにつまずいて転んだ。 
痛い。痛い。本当に痛い。 
つまづいたものをよく見ると、両手足のない人間の胴体だった。 

玄関の扉の郵便受けがカタンと開いた。 
何かが隙間から出てこようとしていた。 
僕はここで死ぬ。そんな予感がした。 
そのときチャイムの音が鳴った。 
ピンポンピンポンピンポンピンポン 
続いてガチャっという音とともに、明るい声が聞こえた。 
「おーっす!やってるか~」 
気がつくと僕は目を開いていた。 
暗闇だ。だが、間違いなくここはkokoさんのマンションだ。 
「おおい。ここか」 
部屋のドアが開き、蛍光灯の眩しい光が射し込んできた。 
kokoさんとみかっちさんの顔も見えた。 
「おっと邪魔したか~?スマン、スマン」 
助かった。安堵感で手が震えた。 
光を背に扉の向こうにいる人が女神に見えた。 
その時kokoさんが「邪魔したわ」と小さく呟いたのが聞こえた。 
僕は慌ててkokoさんから手を離した。 
僕は全身に嫌な汗をかいていた。 

僕は後日、師匠の家で事の顛末を大いに語った。 
しかし、この恐ろしい話を師匠はくすくす笑うのだ。 
「そいつは見事にひっかかったな」 
「なにがですか」
僕はふくれた。 
「それは催眠術さ」 
「は?」 
「その心理ゲームは、本来そんな風に喋りつづけてイメージを誘導することはない。
 いつもと違うところはないか。なんてな」 
僕は納得がいかなかった。しかし師匠は断言するのだ。 
「タネをあかすと、俺が頼んだんだ。お前が最近調子に乗ってるんでな。ちょっと脅かしてやれって」 
「やっぱり知りあいだったんですか」 
僕はゲンナリして、臍のあたりから力が抜けた。 
「しかしハンドルネーム『京介』で女の人だったとは。僕はてっきりkokoさんの彼氏かと思いましたよ」 
このつぶやきにも師匠は笑い出した。
「そりゃそうだ。kokoは俺の彼女だからな」 

翌日サークルBOXに顔を出すと、師匠とkokoさんがいた。 
「このあいだはごめんね。やりすぎた」
頭を下げるkokoさんの横で師匠はニヤニヤしていた。 
「こいつ幽霊だからな。同じサークルでも初対面だったわけだ」 
kokoさんは昼の陽の下に出てきても青白い顔をしていた。 
「ま、お前も、霊媒だの下らんこと言って人をだますなよ。 
 俺が催眠術の触りを教えたのは、そんなことのためじゃない」 
kokoさんはへいへいと横柄に返事をして、僕に向き直った。 
「茅野、歩く、と言います。よろしくね、後輩」
それ以来、僕はこの人が苦手になった。

その後で師匠はこんなことを言った。 
「しかし、手首だの胴体だのを見たってのはおかしいな。 
 いつもと違うところはないかと言われて、お前はそれを見たわけだ。 
 お前の中の幽霊のイメージはそれか?」
もちろんそんなことはない。
「なら、いずれそれを見るかもな」 
「どういうことですか」 
「ま、おいおい分るさ」 
師匠は意味深に笑った。








504 :ウニ:03/05/13 02:27

大学1年の夏の始めごろ、当時俺の部屋にはクーラーはおろか扇風機もなくて、毎日が地獄だった。 
そんな熱帯夜にある日、電話が掛かった来た。 
夜中の一時くらいで、誰だこんな時間に!と切れ気味で電話に出た。 
すると電話口からは、ゴボゴボゴボ・・・という水のような音がする。 
水の中で無理やりしゃべっているような感じだ。 
混線かなにかで声が変になっているのかと思ったが、喋っているにしては間が開きすぎているような気がする。 
活字にしにくいがあえて書くなら、
ゴボゴボ・・・ゴボ・・・シュー・・・・ゴボ・・・・シュー・・・シュー・・・ゴボ・・・・ゴボリ・・・ 
いつもならゾーっするところだが、その時は暑さでイライラしていて頭から湯気が出ていたので、
「うるせーな。誰じゃいコラ」と言ってしまった。
それでも電話は続き、ゴボゴボと気泡のような音が定期的に聞こえた。
俺も意地になって「だれだだれだだれだだれだ」と繰り返していたが、
10分ぐらい経っても一向に切れる気配がないので、いいかげん馬鹿らしくなってこっちからぶち切った。

それから3ヶ月くらい経って、そんなことをすっかり忘れていたころに、留守電にあのゴボゴボゴボという音が入っていた。
録音時間いっぱいにゴボ・・・ゴボ・・・・シュー・・・・ゴボ・・・・ 
気味が悪かったので消そうかと思ったが、なんとなく友人たちの意見を聞きたくて残していた。

それで3日くらいして、サークルの先輩が遊びに来ると言うので、そのゴボゴボ以外の留守録を全部消して待っていた。
先輩は入ってくるなり、「スマン、このコーヒー飲んで」。
自販機の缶コーヒーを買ってくるつもりが、なぜか『あったか~い』の方を間違えて買ってしまったらしい。
まだ九月で残暑もきついころだ。
しかし例の留守電を聞かせると、先輩はホットコーヒーを握り締めて、フーフー言いながら飲みはじめた。 
先輩は異様に霊感が強く、俺が師匠と仰ぐ人なのだが、その人がガタガタ震えている。 
「もう一回まわしましょうか?」と俺が電話に近づこうとすると、「やめろ!」とすごまれた。 
「これ、水の音に聞こえるのか?」
青い顔をしてそう聞かれた。
「え?何か聞こえるんですか?」 
「生霊だ。まとも聞いてると寿命縮むよ」 

「今も来てる。首が」 
俺には心当たりがあった。
当時、俺はある女性からストーキングまがいのことをされていて、
相手にしないでいるとよく『睡眠薬を飲んで死ぬ』みたいなこを言われていた。 
「顔が見えるんですか?女じゃないですか?」 
「そう。でも顔だけじゃない、首も。窓から首が伸びてる」
俺はぞっとした。
生霊は寝ている間、本人も知らない内に首がのびて、愛憎募る相手の元へやってくると聞いたことがあった。 
「な、なんとかしてください」
俺が泣きつくと、先輩は逃げ出しそうな引き腰でそわそわしながら、
「とにかく、あの電話は掛かってきても、もう絶対に聞くな。本人が起きてる時にちゃんと話しあうしかない」 
そこまで言って、天井あたりを見あげ目を見張った。 
「しかもただの眠りじゃない。これは・・・へたしたらこのまま死ぬぞ。見ろよ、首がちぎれそうだ」 
俺には見えない。
引きとめたが先輩は帰ってしまったので、俺は泣く泣くストーキング女の家に向った。 

以降のことはオカルトから逸脱するし、話したくないので割愛するが、
結局俺は、それから丸二年ほどその女につきまとわれた。 
正直ゴボゴボ電話より、睡眠薬自殺未遂の実況中継された時の電話ほうが怖かった。





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